第2話:深い眠り
翌日。
「ねえ、そろそろ起きてよ」
ケイは午後になっても目を覚まさなかった。
呼吸や心臓の鼓動は、普段寝ている時と同じくらい。
ただ、大声で呼びかけても、身体に触れても、全く反応が無い。
髪をかきわけて、ぶつけた痕跡がないか確認してみたけど、特に何も見つからない。
まさか、急性の脳の病気?!
不安になった僕は、総合病院でケイを診てもらうことにした。
今年18歳になってすぐ自動車免許はとっていて、まだ初心者マークだけどよく知る道なら行ける。
僕は全く動かないケイを背負って車まで運び、慎重に運転しながら病院へ向かった。
「体内からアルコールは検出されませんでしたが、昨夜は何時にどのくらい飲んでいましたか?」
「それが、飲んでいるところは誰も見ていないんです。パーティが終わって片付けているときに、ベンチで寝ているのを発見しました」
飲み会の後から眠り続けていると話したら、先生は急性アルコール中毒を予想して調べてくれた。
【急性アルコール中毒の症状】
顔面や全身のはっきりとした紅潮・灼熱感、発汗
動悸、呼吸困難、胸痛、低血圧
頭痛、不穏、めまい、目のかすみ
嘔気・嘔吐、口渇
脱力、低血圧、起立性低血圧(急に座ったり立ち上がったりしたときに起こる失神)
アルコールの臭いがする、意識がなく、呼びかけたり揺すったりしても反応しない、呼吸が少ない、嘔吐している、口から泡を吹いている、体が冷えているなどの状態が確認されれば、急性アルコール中毒が疑われる。
ケイは意識が無く、呼びかけたり揺すったりしても反応が無い。
でも、呼吸や身体の温かさは普段眠っているときと変わらない感じで、吐いたり泡を吹いたりはしていない。
昨日一緒に寝たときのことを思い返してみると、吐息にお酒臭さは無かった。
「血圧、心拍数、呼吸数、どれも正常な範囲ですね。粘膜の充血も無く、血糖値も正常です。腕や脚が何度も震えたりはしませんでしたか?」
「いえ。普段寝ているときと同じで、身体の痙攣は無かったです」
「CT検査で脳の状態を調べてみましょう」
ストレッチャーに乗せられて看護師に運ばれるケイに、僕は不安を感じながらついていった。
検査室の前で待つ時間が、凄く長く感じる。
「脳出血や脳梗塞ではないようです。腫瘍やがんも見当たりません。頭蓋骨や脳の損傷も無いので、怪我によるものでもなさそうです。現時点では、原因を特定できません」
CT検査でも、ケイの昏睡の原因は見つからなかった。
脳梗塞や脳腫瘍ではなかったのは少しホッとしたけど、原因を特定できないと言われてまた不安になる。
「意識が戻るまで入院させた方がよいでしょう。付き添えるご家族はいらっしゃいますか?」
「僕が唯一の家族です。僕がケイに付き添います」
「では個室を御用意しますので、そちらで一緒にお泊り下さい」
先生はケイの状態や有名人であることを考慮して、病室は一番奥の個室にしてくれた。
そこへケイが運び込まれ、ベッドに寝かされたのを確認すると、僕は入院するケイと付き添いの自分に必要なものを取りに自宅へ向かった。
ケイも僕も今まで入院なんてしたことがない。
何を用意すればいいかよく分からないけど、とりあえず着替えは持って行こう。
ウォークインクローゼット内の引き出しから衣類を出してボストンバッグに詰める。
ケイがいない家の中で、僕の気持ちは暗くなる一方だ。
病院は車で数分の場所だから行き来はしやすい。
僕は最低限の物を持って、自宅を出た。
病室に行ってみると、ケイは点滴や検査器具のケーブルなどを付けられて、相変わらず眠っている。
特に具合が悪いようには見えない。
いつも見ている寝顔だ。
「ケイ、起きてよ」
呼びかけてみた。
ケイはピクリとも動かない。
ケイに引き取られた小学生の頃は「お兄ちゃん」と呼んでいた。
声優養成所に通い始めた中学生の頃から「アニキ」と呼び始めた。
それが「ケイ」になったのは、僕が18歳の誕生日を迎えた時から。
「ヒロはもう大人だし、同じ業界で働く仲間だ。これからは対等な関係であるように名前呼びしてくれ」
ケイにそう言われて以来、僕は彼を名前呼びするようになった。
対等な関係と言ってもらえたことが嬉しい。
仲間と言ってくれたケイと、共演することが目標になった。
その夢がまさかデビュー作で叶うとは、想定外だったけど。
せっかく、夢が叶ったのに。
【天使と珈琲を】の主人公役は、もともと新人を起用する予定だったらしい。
主人公はプレイヤーの分身で、個性はなるべく出さないようにということから、台詞は少ない。
攻略対象たちとの絡みも、主人公側は「はい」「いいえ」の選択くらいで、音声会話は無かった。
それでも、ケイと同じ作品に出られたから凄く嬉しかった。
ゲームがヒットすれば、アニメ化してまた共演できるかもって期待もしている。
なのに……。
「なんで起きてくれないの? 僕を独りにしないでよ……」
覗き込んだケイの顔に、ポツッと落ちたのは悲しみの雫。
僕は大好きな人を抱き締めて、抑えていた感情が溢れるままに泣いた。
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