第4話
餌取と話を終えて別れると、裏路地をそのまま進んでいき、日の当たらない行き止まりに設置されていた最後の祠を、目目はいつも通り、トンカチで破壊した。
壊れた祠からは黒い影が飛び出し、目目の横に浮いて大きくなっていく。徐々に人の形になっていき、そして、
「──目目」
夢と同じ声で、完全体となった元生首が、目目に声を掛けてきた。
当たり前のように抱き締めてくる元生首を、目目は抵抗することなく受け入れる。
「よくぞやってくれた。これで貴様が満足するまで、貴様を愛することができる」
「……嬉しい」
「目目」
甘い声で名を呼びながら、顔を近付けてくる元生首。目目は微笑みを浮かべながら、そっと元生首の顎に手を添えて動きを止める。
「一つ、訊かせて」
「そんなこと後でいいだろう、時間がないんだ」
「──あなた、何て名前なの?」
「名前なんて何でもいいだろう。色々な呼ばれ方をされてきたんだ、こだわりはない」
「あなたの名前を呼びたいの」
「我は呼ばれたくはない。もういいだろう、この手を退けろ」
顎に添えられた目目の手を払い除け、尚も顔を近付けてくる元生首。
目目の瞳から、生気が消えた。
「あぁ……これが最後の賭けだったのに……信じたかったのに」
「目目?」
「私は結局、利用されてきただけだったのね」
目目は口を大きく開けた。そして、
「──はーい、吸ってー吸ってー吸ってー!」
餌取の声がしたと同時に、目目は空気を吸い込み始める。
「なっ! 目目、やめろ、何を!」
「吸ってー吸ってーかーらーの!」
目目達の背後から餌取が現れる。その手には数珠が握られており、目目と元生首に向けて掲げると、何かを呟きだす。途端に、元生首は苦しみだした。
「目目、目目! これは、どういうことだ!」
せっかく完全体になった元生首の身体が徐々に小さくなっていく。
否。
吸われているのだ、目目に。
目目の両手の指はそれぞれがあらぬ方向に折れていき、生気のなくなった瞳は忙しなく動き回っている。
「目目!」
最後に彼女の名前を呼んで、元生首の姿は消えた。
それと同時に、目目の首に黒い紐が現れ、目に見える形で力強く絞まっていく。
目目は膝から崩れ落ち、そのまま、餌取に顔を向けた。
餌取は笑っていた。笑いながら目目を見つめていた。
目目も笑った。首を締められる苦痛を感じながら、笑い、そしてそのまま、後ろ向きに倒れていく。
「──封!」
そう声高らかに叫ぶと、餌取は目目の傍へ駆け寄り、手にしていた数珠を目目の手首に着けた。
「目目ちゃん、目目ちゃん。君は目目ちゃん。目目ちゃんは──俺のもの」
餌取がそう呟いた瞬間、少しぶかぶかだった目目の手首の数珠が、切らないと取れないくらいに短くなる。
「──ぶはっ!」
それが合図だったかのように、目目は瞬時に飛び起きた。
瞳を大きく見開き、呼吸は荒い。黒い紐で縛られた首を擦りながら、辺りを見回し、餌取の姿を見つけると、掠れた声で言った。
「──貴様は誰だ?」
「君の飼い主だよ、目目ちゃん」
「……目目? 目目だと? あの裏切り者、さんざん可愛がってやったというのに、こんな、こんな真似を……!」
元生首の声で、元生首のような話し方をする目目。
それもそうだ、目目の身体の中に入っているのは、目目ではない。目目に吸い込まれていった、元生首だ。
「恋する乙女を誑かすから、そんな目に遭うんだよ、目目ちゃん」
目目の魂はもうどこにもいない。最後の祠を壊したことで、首の紐が一気に絞まり、彼女は命を落とした。空っぽになった目目の身体、餌取はそれを、彼女の同意を得た上で、有効活用することにしたのだ。
餌取はそっと、目目に手を差し伸べる。目目は憎々しげに餌取を見て、その手を払い除けようとするが、逆に手首を掴まれてしまった。
「お腹、空いてるでしょう? 俺に協力してくれるのなら、いっぱい食べさせてあげるよ」
「は?」
「あ、人も妖怪も神も関係なく、男オンリーね? 女はどんな存在でも食べさせるなって、前の目目ちゃんと約束したから」
「貴様は、何を言って」
「これからよろしくね、新・目目ちゃん」
そしてまた何かしらの言葉を呟き始める餌取。途端に、目目の首の紐と手首の数珠が絞まり始め、目目は目を剥いて暴れだす。
「俺や俺の大切な人に手を出そうとしたり、俺の意に反するようなことをしたらそうするから、身を持って覚えてね?」
そう笑いながら言うと、餌取は懐から棒付きキャンディーを取り出して、封を切って口に運ぶ。そして、息も絶え絶えに地面に転がる目目を、晒された右目を愉快そうに歪めながら見下ろすのだった。
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