第3話

「変なことを言わないで!」


 男の言葉に怒りながら、目目は首を擦った。確かにここ数日、首に違和感があったが、元生首のことを考えていれば忘れられるくらいの違和感だった。


「祠ってさ、壊したら祟られるもんなんだよ、大なり小なり。そういう風に作ってあるもんなんだよね。一種の警備システムって言えばいいのかな。君の首のそれはね、祠を壊した時点でもう取り返しがつかないんだよ。解除方法はない。遅かれ早かれ、その黒い紐が君の首を締めていき、君を死なせる」

「……っ」

「大昔にこの町の祠を作った人の末裔だっていうおじいさんからさ、祠を壊してる小娘がいるからどうにかしてくれって電話が来て、その祠が封印してた存在についても教えられたんだけど、厄介なのが封印されてたみたいだよ」


 何だと思う? と訊ねられても、目目にとって元生首は、ただただ愛しい存在だ。封印されるような何かをしたなど、どうでも良いことだった。


「知りません」


 目目は先を急ごうとした。壁にもたれる男は、話し掛けてくるだけで通せんぼしているわけでもない。無視してさっさと最後の祠を破壊しよう。自分はその為にここにいるのだと。……そう思うのに、男が語り出すと、つい彼女の足は止まってしまう。男の声にはそんな力があるようだった。


「──人も妖怪も神も、何でも食べる神だったらしい」

「……は?」

「特に女を好んで食べてたようでね、あんまりにも食い散らかすから封印されたとか」

「食べる?」

「物理的にもそういう意味でも」

「……」

「ちょっと気になってたけど、その髪さ──食われてたりしてない? その神に」


 言われた瞬間、目目は髪を片手で押さえていた。

 目目の髪は元々腰くらいまであった。けれど気付いた時には、耳がぎりぎり隠れるくらいまでの短さになってしまっていた。彼女に切った覚えはないし切る理由もなかったというのに。

 ──元生首と夢で会うようになってから、徐々に短くなっていった。


「相手は神だからね、大部分が封印されていても、反則技とか使って獲物に接触できたりするのか」

「獲物って」

「その神は髪フェチで、最初に獲物の髪を食べる。髪がなくなれば獲物と交わり、獲物が一番快楽を感じている瞬間に、喉笛を噛み千切って食べていくんだよ」

「なに、それ」

「そういう風に聞いたよ。だから君、黒い紐に絞め殺されて死ぬか、食い殺されて死ぬ、かもしれないね、このままだと」

「やだ、やだ……!」


 目目と元生首は愛し合っていたはずだ。

 ──祠を壊すように言ったのは元生首だった。

 元生首は目目にそんな酷いことするはずがない。

 ──元生首は、目目が祟られる心配をしてくれなかったのか。

 元生首を信じたいのに、目目の髪が、目目の首が、目目の気持ちに疑惑を持たせる。

 ──元生首は、目目をただ利用しているだけなのか。


「ちがっ、わたし、たち、は」

「──所でさ、君、祠に封印されていた神の名前って知ってる? 知ってると仕事が楽になるんだけど」

「………………あぁ」


 目目はその場に崩れ落ち、頭を抱えて涙を流す。

 今の今まで気にしたことはなかったが、彼女は、元生首の名前を知らなかった。

 それなりの時間を共に過ごしてきて、目目は自分の名前を言っていたというのに、元生首が教えてくれなかったということは──元生首と彼女は、その程度の関係でしかない、ということではないか。

 そんな相手の為に、目目は祠を壊し、祟られたというのか。


「……ねえ、君。俺の話を聞きたくないかもしれないけれど、もう少し聞いてほしいんだよね」

「……」

「さっき言ったみたいな方法で、君はもう死ぬけどさ、そうやってべそべそ泣きながら何もせず頭抱えて死ぬのを待つか──神に一矢報いて死ぬかは選べるよ」

「……!」


 目目が顔を上げると、男は口から棒キャンを取り出し、先端を向けながら彼女を見下ろす。


「今ならこの俺、餌取聡えとりさとしが君に協力してあげられるけれど、どうする?」

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