第2話

 目目が暮らす町には、四つの小さな祠があり、現在、その内の三つが破壊されている。


 はじめに壊された祠は、目目が壊したわけではない。彼女は近寄って祠に触れただけだ。それも、最初は車通りの多い道路の隅で、野良猫が行き倒れているように見えて駆け寄ると、彼女が触れた途端に、粉々に壊された祠へと姿を変えたのだ。


『お前、その祠壊したんか!』


 いきなり聞こえてきた老爺の怒鳴り声に驚き、目目は急いでその場を後にした。この町の住人なら家にまで来るんじゃないかと恐怖したが、待てども待てども老爺が来る気配はなく、安心してベッドに横になると、目目は不思議な夢を視る。


『貴様が我を起こしてくれたのか』


 彼女は暗い空間に座り込み、目の前には生首が浮いていた。

 短い黒髪に金色の瞳の生首は、端正な顔立ちをし、艶めいた低い声で語り掛けてくる。不思議と目目は怖がることはなく、穏やかな気持ちで生首と会話をした。


『私、あなたを起こした覚えはないわ』

『いいや、優しく触れて起こしてくれたではないか』

『私が触ったのは祠よ』

『そう、祠に触れた。我はその祠の中にいたんだ。貴様が触れてくれたおかげで、祠が壊れたことに気付き、目覚めることができたのだ』

『……どうして祠の中で眠っていたの? 生首さん』

『そこで眠っておれと言われたのだ、随分昔に』

『何かやらかしたわけ?』

『大したことはしていないがな』


 この時を境に、目目は眠ると生首と夢で会えるようになった。

 生首との会話は起きても忘れることはなく、いつも笑いの絶えない一時を過ごすようになる。それだけでなく、目目の悩みごとにも真摯に耳を傾けてくれ、生首なりに助言をしてくれる姿に、次第に目目は、惹かれていくようになった。


『あなたに身体があればいいのに。お喋りは楽しいけれど、それだけじゃ物足りないの』

『首だけじゃ満足できないか』

『……うん』

『なら、頼みがある』


 神妙な顔をして、生首は目目に告げた。

 ──この町の祠を全て壊してほしいと。


『我の胴体、両腕、両足が残り三つの祠の中に封印されている。祠を壊してくれれば我の部位は解放され、我の元へと戻ってくるのだ』

『そうしたら……』

『貴様を満足させることもできるだろうな』

『……』


 だから目目は、祠を壊した。

 愛する男に会う為に、町に火をつけた女もいるくらいだ。愛しい生首の身体を取り戻す為に、祠を壊す少女もいるだろう。

 地図で祠の場所を調べ、家にあったトンカチを持ってそこへ赴き、何の躊躇いもなく破壊した。そのまま次の祠もサクサク壊しに行きたかったが、またあの老爺の怒鳴り声を耳にして、逃げるように家に帰る。

 その日の夢で、生首には胴体がくっついていた。


『ありがとう、目目』


 名前は既に告げていたものの、生首、いや元生首は一度も目目の名を呼ぶことはなかったのに、胴体が戻ったことではじめて、彼女の名前を口にした。目目は堪らずに元生首に抱きつき、人とは速度の違う、生きているのか不安になるくらいにゆっくりとした元生首の鼓動に聞き入った。

 目目に後悔はない。

 少し日を空けてから、三つ目の祠を壊しに行った。今度は老爺の声が聞こえる前に逃げ出した。その日の夢での元生首には、肩から腕が生えていた。

 目目が抱きつけば、元生首は彼女の背を撫で、彼女の短くなってしまった髪を撫でる。そして彼女の顔に手を添えて、自身の顔を寄せてきた。目目に拒む意思はなし。


『後は、両足だけだな』


 目目は迷わない。

 翌日は学校があったが、家族には具合が悪いと言って休み、頃合いを見て、病院に行ってくると言って外に出る。向かうは最後の祠。それを壊せば、ようやく自分は心から満たされるだろう。軽い足取りで向かっていたが──もう少しで着く、という所で、男に話し掛けられたと。

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