餌取聡と祠の邪神

黒本聖南

第1話

「あーらら。ちょいとそこのお嬢さん、一瞬足を止めてよ」


 知らない男の声でそう呼び掛けられたなら、普段の夏見目目なつみめめであれば無視して通り過ぎたことだろう。

 だが、その声は、男にしては高めのその声には、彼女がそこで立ち止まらないことを許さない強制力みたいなものがあった。

 目目は言われた通りに足を止め、声のした方に視線を向ける。やはり知らない男が立っていた。


「もうすぐお昼だけど、こんな時間に登校? 不良だねぇ」

「……」

「いや、不良にしてはそのセーラー服、全然着崩してないし、その短い黒髪も全然派手じゃない。見るからに真面目って感じのお嬢さんだな。なら、ただ家に帰っている途中だろうか。それだったらこんな道を使うのはおすすめしないな。日の当たらない路地裏より、日の当たる表通りを歩きなよ」

「……あなたみたいな変なおじさんに絡まれるから?」

「おや、言うねぇ。三十四歳はギリギリおにいさんだと思うけど」


 男は、身なりを気にするタイプに見えなかった。

 長く伸ばした黒髪は輪ゴムで適当に括られ、まとめ損ねたのか前髪が左目を完全に隠してしまっている。

 男が身に纏っている、黒地に青いハイビスカスがプリントされたアロハシャツは皺が酷く、紺色のジーンズはダメージジーンズと呼ぶのも躊躇うほどに穴が異常に空いており、尻の辺りは下着が少し見えていた。

 晒された右目に生気はなく、髭の剃り残しが多い顔にはうっすら笑みが浮かべられ、その口に咥えられた白い棒は一見すると煙草に見えるが、男が口を開くたび、口内に赤い飴玉があるのが目に入る。どうやら棒付きキャンディーらしい。

 汚れるのも構わず近くの壁に身体をもたれさせ、男はじっとりとした視線を目目に向けている。そんな視線を向けられる心当たりなど目目にはなく、時間が経つごとに、男への嫌悪感が増していった。


「そうよ、あなたの言う通り、気分が悪くて家に帰る途中なの。用がないなら、もう」

「──あるよ、あるから話し掛けた」


 男の晒された右目が細くなり、笑みの色が増した。


「話聞いてすっ飛んできて、張り込んですぐに犯人が引っ掛かるとは思わなかったな」

「何の話をしているの?」

「言った方がいい? なら、言うけどさ」


 がしがしと男は強めに頭を掻きながら、目目の傍へ寄ってくる。彼女は後ろに足を引こうとしたが、次の言葉で動けなくなった。


「──あー、あの祠壊しちゃったの、君でしょ?」

「……っ」


 目目の無言の反応を肯定と受け取り、男は続ける。


「それじゃ、もうダメだね。君、たぶん死ぬ」

「……死ぬ?」

「死ぬ。黒い紐みたいなのが君の首に巻き付いてるんだけど、ぶっちゃけ苦しくない?」

「……」


 何で?

 それが、この町の祠を壊してきた犯人、夏見目目がまず最初に思ったことだった。

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