濡れた快楽 ー二人で溺れるー


いつの間にか手首を抑えられている。


こうなってしまえばいつだって女は男に敵わない。


しかし一方的に好きにさせるのは郁も気に入らない。


机から、はみ出していた足に力を入れ、ゆっくりと扇の体と郁の体の狭間に滑り込ませる。


自分の太腿ふとももと腹部を近付けるほど上げれば、足首に扇の股間が届く。


裸足の素肌で布越しの一物いちもつり、撫で上げる。


密着させたまま、ゆっくり足を降ろし、ひざで押し上げ何度も何度も撫でた。



扇は低いうめき声を短く出し、郁の鎖骨に熱い息を吐いた。



「……糞餓鬼くそがきが」



其処そこでどんどん硬くなっていく熱を知っていれば、呟かれた暴言も怖くない。


低く呟いたと同時に扇は郁から体を離し、彼女の両膝りょうひざの裏を掴んで、持ち上げた。



「……あ」



さすがにその体勢に羞恥を覚えて頬を赤くした郁は今日着けているショーツが何色かを思い出そうとする。


その前に脚の付根に歯を立てられた。



「……ーっあぁ!」



もう一度少し批判めいた声を上げたが、行為を緩めてはもらえなかった。


音を立てて吸い上げられて、脚の付根の肉に痛みと熱が生まれる。



郁は熱を帯びている其所そこを自分で確認出来ないが、恐らく内出血を起こしていることを想像して呻いた。


口を離され、赤くなっているであろう場所を舌でなぞられ更に熱くなる。



無理矢理に笑いをこぼしてみた。


「今日はしないって言ったのに……ガキのちゃっちい誘いに結局乗っちゃうんだ?センさん、大人なのに堪え性なくて、いけないんだぁ〜」


「は?堪え性ない?何のこと?」



男の指が布越しの柔肉を爪で軽く引っ掻いた。


れ出した果実を指で押せば、簡単に果汁が染み出てしまうのは女の摂理せつり



焦れる刺激が余計に敏感に伝わり、仰け反った郁のあごは天を向く。



「誘いに乗ってなんかいねぇだろ。俺はいつだって此処ここで止めてもいいんだけど?お前に合わせてちょっと付き合ってやってるだけだよ」


「……それを乗ってるって言うんじゃないの?」


「じゃあ終わろうか」


「……」



期待している水源は熱く膨れているのが触らずとも郁自身にもわかる。



「……止めないで……ください」


「……はっ。ほら、レベルの低い挑発だったな。白旗が早いこと」


「……ん」


「主導権がどっちか……それぐらいわかっておけ」



郁は甘えた声を出そうとしたが扇が再び脚の付根に噛み付いてきたから大きな悲鳴を上げた。



「痛い!!」


「うるせ」



痛みで脚が震えたのに、同時に蜜も垂れた。



吸っては息継ぎで離してを繰り返されて、時々舐められる。


痛みに慣れてきて郁は抑えきれない乱れた呼吸を整えようと深く息を吐いたあと、自分の足を確認した。



「……ねぇ、それ楽しいの?私の太もも美味しい?」



ひじを着いて少し上体を浮かせて脚の間に埋まっている黒髪を撫でた。


ち合った瞳はどこか気怠けだるげ。



「は?いや別に」


「何ソレ」


「若くて張りが合って滑べるから噛みにくい。風船かじってるみてぇ」


「……センさん、風船をかじったことがあるの?」


「お前、無いの?」



当たり前のように答えてきた扇に郁は呆気にとられたが、すぐに自分と郁の『ずれ』を理解した彼は緩やかに笑った。



「凄く不味いからかじんなよ、風船」


「……そう」


「うん」


「……ねぇ」


「あ?」


「……」



扇の先程の言い切った様子から、肉を比べることができるような……たとえば郁よりも年上の張りが足りない肌で馴染むような柔らかいれをかじった経験があるのだろうかと問おうとしたが、郁は止めた。


聞いたところでどうでもいいし、その程度の質問ではその肌が他の人間の所有物であったかの確認までにはどうせ届かない。



「……センさん」


「ん?」



腰を少し浮かせてショーツを自分でゆっくり脱いで、膝より下まで来たら重力で自然と足下から抜けた。


雨を受けたようなそこでうっすらと開きかけている欲望の入り口で痛いほどの視線を感じる。



「……お願い……します」



扇は笑った。


歳不相応で、少年のように。


性なんか知らない無垢な笑顔に見えたれに、恐怖と不快と羞恥がい交ぜになって、背徳感に近い興奮が郁に走る。


体を何回か重ねた関係の中、時折見てきた笑顔だが、いまだに慣れない。



「なぁ」



扇が郁の腕を引っ張ったことで机から降り、向かい合わせで彼の膝の上に乗った。



「もっと上手におねだりしてよ、かおる



こういう時になって、やっと名前を呼ぶなんてずるいと郁は顔を熱くした。



彼の首に腕を回して耳元に自分の口を寄せた。


出来るだけ具体的に自分を要求を伝える。


それだけでこれほど泣きそうになる。


小さく呟く震え声に扇は嬉しそうに笑った。



「……センさん」



郁の目から涙が溢れた。


そんな郁の泣き顔に扇は驚くことも困ることもなく、少し眉を動かしただけだった。



「何?」


「……っセンさん……、……」


「そんなハイレベルの屈辱な事させたつもりはないけど?」


「……センさん」


「だから何?」


「……私、……私以外もこういう関係の女の人がいても良いので、」


「……」


「今は私だけを愛してください」



扇はまた笑う。



「……お前って本当、愚かな女。そんなだから、部活の先輩のようにセックスだけの二番手にされちまう」


「……」


「どんな発想でそう思ったか知らないけど、ここ数ヶ月セックスしている相手はお前だけだよ」


「……うん」


「あと、」


「うん」


「過去のしょうもない男と俺を同じにするな」


「……うん」


「その男とも俺と出逢う前からお前は一人で自分から切り捨てられたんだ。大丈夫、お前はちゃんとこれから良い女になっていくよ」


「……今は?」


「いま?そうだなぁ……」



頬に伝う泣き痕を舌で舐められたあと、目尻に口付けて涙を吸い取られる。



「たくさん勉強して、たくさん遊んで、早く良い男見つけな」



今の二人の未来を示唆しない言葉に郁は彼の肩に顔を埋めた。


耳にキスされながら、こしょばさと快感に身をよじらせて、「うん」とだけ答えた。


シャツを引っ張り、裾をスカートから出しながら肩甲骨に添えられていたもう片方の手は滑るように下ろされ、双丘を揉みしだかれた。


耳たぶを吸っていた口がもう一度耳にキスして囁かれる。



「なぁ、自分で腰下ろしてごらん。出来るだろ?」



抱き合うお互いの腹部の間に挟まっている彼の物はびんじゃないかと思うほどの感触だった。


しかしガラスでは滅多にない熱さに生物である証を其処そこに感じる。


その硬さから男の興奮が伝わる。


もしこの場面で先程と同じ駆け引きを繰り返してみたのなら、ここで終わると言ってみたら、扇は先程と同じ余裕で返せるだろうか。


少しだけ脳裏に過らせただけで、郁はそんなやり取りをする気はなかった。



彼の掌の中で転がされている感覚を割と気に入っているのだ。



「………………扇さん、愛してる」



男は眩しそうに目を細めて「安い台詞……」とぼやいた。


引っ張られた肉の擦り切れに近い痛みが刺さった。



「……ん……くっ」


「わり。入れるの早かったか?」



首を振る。


濡れが足りなかったとしても、欲したのは郁だ。


痛みと快感の表裏一体は、女が明確に理解できる興奮であり、特権なのだ。



双丘を掴まれ、骨盤を密着させる。


物理的にこれ以上はないぜろの距離。



なのに足りない。



届かない。



中への侵入を許すのはいつも女ばかりで、男の中に触れることが出来ない。




『私達がひとつになる瞬間はきっとこういう結末だ』




もし男の中を覗けた時が来たら、『ひとつに重なったお互いの重さを支えられずに堕ちる』のだろうか。


だから開いてくれないのだろうか。



何度、泣き顔を晒してきただろうか。



「……かおる、キツい。しめすぎ」


「……うん」


「聞いてんのか?」


「……うん」


「……きもちいいか?」


「…………ん」



上下の揺さぶりに扇の体を掴んで着いていく。


何故、興奮と快感が高まるほどにこの男は無垢に嬉しそうに笑うのか。



だけどいつも、本音なのか仮面なのかも考える必要もないという結論に落ち着く。



「センさん、私……」


「……うん?」


「……私は貴方と一緒に堕ちていきたい……です」


「……」


「私は貴方となら堕ちて……構いません」



言い切っていないのに、歯が当たる勢いでキスを与えられた。



「お前は……なんて女だよ」



眉をひそめながら控えめに口を緩ませたニヒルな笑いは少年の笑顔……ではなく、郁が普段目に見る、無精髭が似合う年上の男だった。

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