俺は天真爛漫な笑顔まで失いたくなかったから近くにいる

のんびりした緑

俺は天真爛漫な笑顔まで失いたくなかったから近くにいる

「東雲ー。お風呂入りたい」

「分かった、準備する」

 女の子である神崎望央かんざきみお

 男の子である東雲想支しののめそうしにお風呂入りたいと甘えた。

 普通なら思春期真っ盛りな男女がお風呂入りたいと甘える事はほぼないだろう。

 だが甘える理由がある。

 神崎は下半身不随で足を上手く動かせないのだ。


 神崎望央はかつて学園のマドンナと言われ

 触ればサラサラしてると思わさせる茶色がかったボブヘアー

 スラっとした理想的なスレンダー体型

 なにより彼女のその天真爛漫な笑顔は男達を虜にし

 告白が後を絶たない日々を過ごしていた。


 そんな彼女の生活が一変する出来事が起きてしまった。

 飲酒運転による交通事故


 それによって彼女は大けがを負い救急搬送され、

 命に別状は無くとも検査やら治療の為に入院を余儀なくされた。

 そして彼女を絶望させる事実を突きつけられた。


 脊髄が損傷した事が原因で、下半身に中度の麻痺が残る事を。


 今まで何処へでも普通に歩いて行けた足が

 ただ立つだけが生まれたての小鹿の様に足を震わせながらになり

 歩くなんて支えが無いと無理という状態になってしまい

 移動は車椅子での移動に余儀なくされた。


 病院生活では下肢筋力を衰えさせない為に毎日歩く訓練をし

 立てなくなる、歩けなくなる事自体の防止。

 車椅子込みでの生活の仕方のレクチャー。

 トイレも清拭も女性の介護職員の手伝いもあって問題無くできていた。

 交通事故によって負ったケガは、中度の麻痺を残して回復に向かった為

 退院し中度の麻痺と共に日常に戻ろうとした。


 だが足が言う事を聞かない。

 いつもできた事ができなくなった。

 神崎は日常に戻った事で現実を突きつけられ、荒れた。

 皆が離れる中、神崎の両親は当然として東雲が残った。

 東雲は幼馴染が大変な事になってるから手伝うだけだとそっぽを向き

 顔を赤くして言っていたが

 神崎からしたら荒れた自分を見てなお残ってくれた事が嬉しかったのだろう。

 日常に、自宅に異性である東雲が近くにいるのを受け入れている。


 神崎の両親は共働きで夜遅くまで働いてる

 帰ってきてクタクタの状態で彼女の介護は厳しいと思い

 東雲はある日から代わりを請け負った。

 元々幼い頃から交流があり、校内での羞恥が起きて皆が離れていく中

 変わらず校内でも一緒にいてくれてるからこそ得た信頼があるのだろう。

 日々過ごす姿から体目的じゃないのが伝わったのもある。

 神崎も、神崎の両親もそれを了承した。


 車椅子から浴室に置いてある介護用の椅子に移動できるように

 神崎の両脇に腕を差し込み、掛け声と共に立位をしてもらう。

 立位と歩行は支えがあれば可能なのだ

 そのままゆっくりと歩いてもらい

 神崎を浴室用の介護椅子に座ってもらう。

 滑り止めマットを全面に敷いてるので滑るって事は無いと思うが

 念のためと言う奴だ。


 衣類の脱衣だが、手っ取り早いのが車椅子の時点で上着を脱ぎ

 浴室に取り付けられた手すりを持ってもらい

 立位保持してズボン等を下す

 その後、浴室用介護椅子に座ってもらう。

 これが立位可能な人で手っ取り早いやり方だが彼女は流石にこれを拒否した。

 見られたくないから、恥ずかしいからと

 プライバシーの侵害を考慮した結果、この手法になっている。

 普通ならば思春期真っ盛りな男女なのだ。これが出来る最大限の譲歩だろう


「はいバスタオル、これで胸隠して」

「うん」

「じゃ、今から脱がすから。ブラジャー緩めたら隠してくれ」

 そう言って脱がす事を伝え

 東雲は後ろから神崎の服を脱がしブラジャーを緩めた。

 すぐに外さないよう緩めたのを神崎に確認させたのち、

 神崎は渡されたバスタオルで自身の胸とブラジャーの間に

 バスタオルを差し込み前面を隠す。

 洗面台に取り付けられている鏡で反射する事によって映る胸を見せない為に。

 隠す他にも脱いだ事で時間経過で冷えるのを防止するために

 厚めのバスタオルを渡している。意外と暖かいのだバスタオル。


「ズボン脱ぐから、念のため支えて欲しいな」

「分かった」

 そう言って神崎はズボンを傾きながらちょっとずつ脱いでいく。

 東雲は左右傾く方に合わせて横転しないように支える。

 手すり付きの浴室用の介護椅子とはいえ

 傾きすぎるとそのまま横転する可能性がある。

 それが怖いから支えるのは頼まれる。

 見ちゃいけないという恥ずかしさも相まって

 横から支える時は神崎の体を視界から外すようにしながら。


「これ、お願いね」

 布と肌がこすれる音を聞きながら

 神崎は脱いだのを終わった事を伝える様に脱いだズボン等を東雲に渡す。

 受け取った東雲は脱衣かごに入れる。

「あとは自分で出来るか?」

「うん、出来るよ」

「じゃあ任せた、終わったら言ってくれ。後ろ向いてるから」

 そう言い東雲は後ろを向き待機する。

 頭等は自分でできるので任せている。

 フンフーン♪と楽し気な鼻歌交じりに洗ってるのが分かる。

 東雲のちょっとした休憩時間だ。


 介護とは全部するのではなく

 出来る事は本人に任せて、出来ない所だけを誰かに頼んでサポートしてもらう。

 手や腕は動くのだ

 恥ずかしくて見られたくない所は本人が出来るのなら任せるのが適任だ。

 それに後ろを向いたのも

 前を見てたらバスタオルで隠してた胸が

 洗う為に外すので鏡に映って見えてしまう

 これでは隠す為に渡した意味が無くなる。

 なので東雲は視界に入らないよう配慮する。


「終わったからこっち向いて良いよ」

 その言葉を合図に東雲は

 バスタオルで身を隠した状態の顔を赤くした神崎の姿を視界に入れる

 いくら隠しててもバスタオルを外したら裸なので恥ずかしさはあって当然。

 これに欲情・・・する訳にもいかず、東雲は理性的に神崎を浴槽に案内する。

 浴槽で滑って溺れるのを防止する為に

 事前に浴槽内に沈めておいたゴム付き浴槽台を足場に

 浴槽手すりに摑まってゆっくりと浴槽台に腰を掛けていく浸かる。


「ふあぁ~・・・」

 浴槽に浸かった事で神崎の間延びした声を出した。

 これが聞けるのはゆったりできてると思えて東雲は心地よく感じる。

「毎度毎度ごめんねぇ」

「気にすんな、好きでやってるから」

「東雲とは幼馴染で良かったよぉ」

「と言ってもここまでしてたら幼馴染関係ない気がするけどな」

 とお互い何事も無かったかのように笑顔で軽口を叩き合う。

 神崎は自身の身に起きた事と向き合ってるからか悲壮感を漂っていない。

 漂わせようとしていないが正しいかもしれないが。

「いやいやー。お互いの素性を良く知ってるからでしょうに。」

 関係性が良好だからなせる技だろうと神崎は語る

 ここまで付き合ってくれるのはそうそういないと。


 と、会話に話に花を咲かせていたが

「そろそろでたいかな」

「分かった。バスタオル取ってくる」

 そろそろ出る事を伝え、東雲に準備をお願いする。

 さっきとは逆の手順でゆっくりと浴槽から出て

 このまま脱衣場に向かうのではなく介護椅子に座る。

 このまま出るとせっかくのお風呂が湯冷めして台無しになるからだ。

 出る前に介護椅子に座り用意したバスタオルで体を拭き水滴を無くしておき

 その場で服を着てもらう。

「ズボン、太ももまで上げたから、穿きたいから抱えてー」

「分かった」

 神崎の言葉を聞き、両脇に手を差し込む。

「右手抜くぞ」

「はーい」

 掛け声と共に立ち上がり

 立位が安定してきた所で片手を脇から抜き

 介護椅子に濡れないようにバスタオルを敷く。

「OK、右手また入れるわ」

「じゃあ穿き切るね」

 太ももで止まっていたズボンを穿ききり、介護椅子にゆっくりと座っていく。

「後は車椅子に戻って完了です!」

「はいはい」

 そう言って神崎の前面に立ち、ゆっくりと立ち上がりの補助をする。

 そして車椅子まで誘導する。

 後は髪の毛をドライヤーで乾かして入浴完了だ。


 神崎の部屋は元々2階にあったが

 状態を考慮しリビングを改築して神崎の部屋に変えた。

 ベッドや衣類等の私物も全て元リビングに集結してる

「眠たいからベッドに移りたいなー」

「OK」

 寝る事を伝えられ、神崎をベッドまで移動する。

 介護ベッドになっているので高さを合わせ

 柵を持ち、掛け声と共に立ち上がり、その勢いを利用して

 ベッドに移動する。膝下を持ちベッドの上に移動させて神崎は横になる。

「・・・今日、寂しいからこのまま居てほしいかな」

「分かった、と言っても寝たら離れるからな?」

「・・・それでいいよ。それ以上の我儘は言えないもん」

 そういい布団を被る。寂しいという言葉は本当のように手を差し出してきた。

 握っててほしいと甘えてきてるのだろう。

 東雲はそれに応えるように神崎の手を握った。


「すぅー・・・すぅー・・・」

「寝たか」

 と、神崎の寝顔を眺めながら東雲は思う。

 かつて、なぜここまで付き合ってくれるのか聞かれた事があるが

 恥ずかしくて答えられず、幼馴染が大変な事になってるからだと言ったが

 本当はこっちだ。

「天真爛漫な笑顔まで失いたくなかったんだよ」

 とぽつりと呟き繋いでない手でそっと神崎の髪の毛を撫でる。

 東雲は明日はきっと良い事がある、そう信じて。

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