第3.5話 信用

 朝九時。




 「おはよう、みんな。今日は球技大会が十時に行われるわ。大事な一日でもある。気合入れていくよ」




 いつもより気を引き締めながら、仲間に挨拶をした雫。


 世界の秘密、過去の記憶を知ることが出来るからだ。




 「では、今日の役割を言うね。まず、球技大会の参加者は、私、七、利木くん、海、陣、吉久の六人で球技大会に挑むわ。情報管理は、はる、凛の二人が担当してもらう。優奈は七の代わりとして連絡係をしてもらうわ」




 役割が発表されたとき、その場の空気が変わった。引き締まったような。


 僕を含める男子四人はもちろん、参加させられた。そうでないと、戦力が大幅に落ち勝てるものではない。




 この球技大会は男子、女子の混合チームで形成される仕組みだ。必ず女子を入れなければならないルールになっている。


 各クラスには約三十人ほどの人数が四組ある。残りのクラスメンバーは違う球技に参加することになっている。


 「ソフトボール」「テニス」「フットボール」の三部門に分かれている。


 生徒会メンバーは、フットボール部門に参加することになっている。




 「この世界、過去の記憶を知るためには優勝をする必要があるわ。私たちにしてみれば、とても大事なことなの。みんなはわかっていると思うけど。優勝をするためには、はると凛が重要な役割になっているわ。その情報をもとに、私たちが試合で活かす。任せたわよ、はる、凛」




 その言葉を聞いた、はると凛は頷いた。


 「任せて」と言っているように。




 「雫、あのバカはなんで今、焼きそばの入ってない焼きそばパンをたべてるの!」




 今更、昨日のミッションの物を食べている吉久。


 昨日、それを買ってきてくれよ…そう僕は言いたい。




 「凛…バカは何を言ってもしょうがないわ…今日に限ったことではないし…ね」




 雫も呆れている様子で、手をつけれないようだ。


 僕も、この環境に慣れてしまったのが不思議なくらいだ。まだ、この世界に来て三日目だけど、この仲間たちと長い間共にしてきた気分だ。




 「凛、これ美味しいけど食べる?」




 吉久が食べているものを凛におすそ分けしようとしたが、




 「いらないわよ!バカ!」




 これがこの二人の日常なんだろう。


 横からにらみを利かせている人がいた。


 優奈だった。




 「吉久くん…ちょっといいかな?」




 おーっと、優奈様がお怒りのようで。


 これは、どこかに連れていかれるな吉久は。




 「優奈様、落ち着い…いやー!」




 連れていかれました…と。


 いつものお仕置きですね。


 吉久も何というかマイペースで。そんな性格だからムードメーカーでこの場を和ますいい奴なんだろう。


 


 「始まったよ、いつものバカが優奈に説教されているのが」




 凛はどこか嬉しそうな顔をしながら、出ていくところを見届けた。


 


 「みんな、そろそろ準備にかかって。はる、凛、情報よろしくね」


 


 雫が一人ひとりに挨拶をして周った。


 


 「海、陣、今日もよろしく頼む。吉久のことは…雫が何とかしてくれるだろうし、がんばろう!」




 僕は海と陣に今日も一日よろしくと挨拶をした。


 


 「わくわくするね。今日もこうして、みんなと一緒に楽しめるなんて僕は嬉しいよ」




 陣は相変わらず、楽しそうな表情を見せる。




 海はというと一言だけ、 




 「よろしく」


 


 と言った。その一言には、いろんな意味が込められているんだろうと感じた。




 海、陣に挨拶をした後、球技大会組は各自体操着に着替えて、体育館へと向かうことになった。




 体育館に着いたころ、こっぴどくお説教をされた吉久と、満足そうな優奈が帰ってきた。


 


 「優奈よ、ちょっと酷くない?試合前だけど、もう疲れたよ…」




 「吉久くん、あなたが悪いんでしょ!」




 吉久よりも優奈が疲れていそうだ。


 吉久の事だから試合になれば、体力なんて関係なく暴れてくれるに違いない。




 「いつも吉久くんは優奈に怒られてるね。これもまた面白い」




 陣って少し変わっているのか?まあ陣らしいからいいか。




 雫が参加メンバーに今回の作戦を伝えた。


 


 「参加メンバーは、これで全員揃ったわね。試合の役割分担をするわ。まずは、ゴールキーパーは吉久が担当してもらうわ。特に理由はないけど、いつもの暴れっぷりをトップに置きたいところだけど、今回はゴールを守ってもらうわ」




 これがプラスに働くのか、マイナスに働くのか、どっちに転んでもおかしくないけど、変に走り回られるよりは良いか。




 「久吉くん、ゴールはしっかり守って。応援してるよ」




 陣は吉久に「頑張ろう」という意味で声をかけた。


 久吉は「任せろ」と言わんばかりに、ラジオ体操をしていた。




 またなぜラジオ体操なんだ!


 元気に運動しているし!


 まあ…準備運動としていると思うから、何も言わないでいよう。




 「ゴールよりも一個前で守るのは、私と七が担当するわ。今回は七がリーダーとして頑張ってもらうわ。頭もよく、相手を観察する能力があるから、私より的確で優秀だからね」




 今回は七がリーダーを行うのか。雫でも問題なさそうだけど、雫がここまで言うということは、それ以上に能力があるということなんだろう。


 


 「得点を狙う役割は、今残ってる海と陣、そして利木くんでお願いしてもらうわ」




 残ってるメンツならそう来ると思っていた。


 重要なところに僕が入るのか…


 それくらい、信頼されてると言っていいのかわからないけど。


 でも、託されたからには頑張るしかないな。




 「陣は得点狙うというよりは、七との連携で動いてもらうことにするわ。陣も頭は良いから、この二人が揃えば問題ないはずよ」


 


 一個引いた位置に陣がいるということか。


 ディフェンダーとアタッカーの役割をすると考えると大変そう。




 「作戦だけど監督役として優奈がこの場に残ってもらうわ。はると凛が生徒会から情報を取得し、その情報を優奈に送ってもらう。そこから、私たちへと情報が来る作戦よ」




 普段なら七がここの役割だけど、優奈が担当するということか。七の能力を試合で発揮させるために参加させたか。


 情報取得能力は、あの二人なら朝飯前だし、後は僕たちが得点を取らないといけないのは、ちょっとプレッシャーがかかる。




 「試合中は七の指示でみんな動いてもらうわ。吉久以外はね。あいつは…バカだから何とかなるでしょ」


 


 適当にまとめたな。雫は。




 「三回試合に勝てば優勝だから、気合入れて頑張っていきましょう!」




 参加メンバーに気合入れて士気を上げた雫。


 


 男子メンバーで集まったあと、拳と拳でタッチして「頑張ろう!」という意味合いも込めて行った。




 


 一回戦は十時に開始された。


 それと同時に各種目の球技も行われた。




 優奈は参加メンバーの分の水分を用意して、はると凛の連絡を取れるように待機していた。監督役として。


 その他のメンバーは自分の各配置について試合が始まるのを待っていた。




 相手チームを見る限り、私たちと同じような感じで特に強いという印象はなかった。


 情報担当から優奈に連絡が届いた。




 「優奈聞こえる?はるだけど。相手チームにサッカー部が一人いるの。だから、ボールはサッカー部の子に集まると思うから注意してね」




 さっそく、はると凛の情報が優奈に届いた。


 それを聞いた優奈は、雫に伝えた。


 そこから、七にも情報が伝えられた。


 


 七は陣と雫に相手のサッカー部の子をマークするように指示した後、私たちの一回戦の試合が始まった。




 先行は相手のボールから始まった。




 情報通りに相手のサッカー部へボールが渡った。


 それを停めようと、海が詰めていったが抜かれてしまった。


 作戦通りに陣と雫でマークした後、相手は味方へとパスをした。


 マークを徹底的にしているため、相手もなかなか前に出てこれない状況が続いた。サッカー部一人だけでは何もできないため、この作戦は有効だった。


 まずは、作戦通りに試合が進んだ。




 マークを徹底しているのもあって、相手のサッカー部の子は焦りが見えてきた。


 味方へとパスしようとしたが、焦りもあってパスがずれてしまい、僕がボールを奪った。


 それを見た、海は前へと進んでいった。それと同時に陣も前に出ていった。




 七は相手の戦況をみて手薄そうなところを、僕たちに伝えてくれた。七の観察眼はすごかった。一瞬の隙を見逃すことはなく、七の言うとおりに試合を進めた。 




 手薄なとことに僕は海にボールを渡した。


 さらに、相手を惑わせるように陣が動いてくれているのもあって、相手のチームの連携は崩れてしまった。




 僕は、相手のゴール前まで着くことが出来た。


 それをみた海は僕にパスをして、渾身のシュートを決めた。


 攻防が続いていたがやっと一点手にすることが出来た。




 海と僕、そして陣でハイタッチを交わした。


 後ろでは、雫と七が喜んでいた。


 久吉はというと、喜びの舞をしていた。


 優奈も、手を胸に当ててほっと一息した様子だ。




 その後の試合はというと、相手は思うようなことが出来ず、僕たちのところに攻めることが出来ずにいた。


 そんな状況が続き試合は終わり、僕たちが一点を取ってこの試合は終わった。


 


 二回戦も同じように事が進んだ。


 相手チームをマークして、七が手薄なところを探す。そして、その場所に飛び込みゴールを決める。


 七の観察眼と、はると凛の情報能力で勝ちをもぎ取った。


 こうして、二回戦も無事勝利に終わった。




 ここでお昼の時間になり、仲間と一緒に一度生徒会室へと戻り、お昼ご飯を食べることにした。




 「みんな、無事に二回戦が終わったわ。ありがとう」




 全て終わったかのように言った雫。


 そう、まだ決勝が残っている。僕たちが目指すのは優勝で、勝って『この世界の謎』について知る必要があるのだ。




 優奈はお昼ご飯の支度をしながら、雫に声をかけた。




 「雫ちゃん、まだ早いよ。最後の決勝戦が残っているんだから。さてと、みんなでお昼ご飯にしましょうか」




 まだ気が早い。


 優勝。それが私たちの目指す場所だ。




 優奈がお昼の準備が終わり、机の上には優奈の手作りのご飯が並べられていた。


 おにぎり、卵焼き、焼いたソーセージなど、運動会のお弁当のように豪華な料理が並べられていた。




 「いただきます」


 


 生徒会メンバーが一斉に手を合わせて、ご飯を食べ始めた。




 どの料理を食べても美味しかった。


 いつも、みんなにお茶を入れたり、お菓子を配ったりとしていたから、料理系には流石といった腕前だ。




 「おい!吉久!唐揚げばっかり食べたら俺たちの分が無くなるだろ!」




 隣では海が吉久に注意をしていた。


 気が付けば唐揚げだけが、他の物よりも少なくなっていた。




 「久吉くん、みんなの分がなくなるでしょ?」




 優奈様のお怒りが、にこっとしながら吉久に近寄って行った。




 「はい…」




 「うん!よろしい」




 優奈の威圧で吉久は素直に手を止めた。


 


 みんな、美味しそうに会話をしながら食べていた。


 僕もその中の一人だ。


 優奈の作った料理は本当に美味しかった。




 食べ終わったところで、はると凛が決勝の相手について話し始めた。




 「決勝の相手だけど、サッカー部が多く困難だと凛と話して結論が出ました。球技大会もあって流石に分が悪いあり、大会のメンバーは多く試合に出ないようにするルールがあります。今回においては控えメンバーなら、出ても良いルールにもなっています」




 はるがみんなに相手のチームの情報を伝えた。


 


 それを聞いた雫は頭を抱えていた。


 流石に、決勝となれば相手は強くなるのも仕方ない。


 勘弁してほしいよ…




 「ただ、全員が参加できるわけではないの。公平を保つために、三人以上の参加は不可とされてるの。だから、サッカー部でなくても、運動神経の良いメンバーが半数いる状態よ。それに女子も参加することになっているの。だから、まだ勝ち目がないわけではないわ」




 はるが言った後に凛が話した。




 「それならまだ勝算はあるわね。作戦を考える必要がありそうだけど、難しいわ…」




 流石の凛もお手上げの状態だ。


 


 僕もその話を聞いて勝てるビジョンが見えない。


 隣では陣が座っているが、陣も考えてるのか、それともお手上げの状態なのかわからない仕草で手を顎に乗せていた。




 八方塞がりの状態だったが、七が案を出した。




 「確かに勝算は難しいと思いますが、一回戦と二回戦のように相手をマークすれば良いと思います。例えば一回戦を例に挙げると、サッカー部がいたが、こちらは一点も取られてないです。つまり、今回は点の取り合いになると予想されます」




 一回戦は相手チームにシュートをさせる暇を与えなかった。そのため、吉久は暇そうにしていた。




 続けて二回戦ではシュートをされたものの、吉久の機敏な動きで止めていた。マークもしっかりできていたし、うまく作戦がいった。


 ただ、今回は失点はされてしまうのが事実だ。


 七はどういう作戦を立てていくのだろうか。




 「失点は不可欠なため、マークの数を増やす作戦で生きたいと思います。カウンター狙いで相手の懐に入り、点を取る作戦が良いと判断します。」




 具体的な作戦が練られている。


 失点は必ず起きるのはわかっていた。今までの作戦で通用する相手ではない。


 カウンター狙いは良い作戦だ。




 さらに七は詳しい作戦を話し始めた。




 「点を取るためには音野くんだけ相手のところに残りゴールを決めてもらいます。海は体幹が良いため、相手のアタッカーを一人でも止められると思います。陣と雫でアタッカーの二人目を止めてほしい。私は女子を相手にマークする。その場の状況で動く。吉久は…」




 久吉よ…君に説明など不可能と判断されたようで、お決まりになっている気がするが…


 七の戦略なら勝てそうな気がする。


 ここまで具体的に話してくれれば、優勝も狙えそうだ。




 「それじゃあ、最後の戦いにいくよ」




 生徒会室から体育館へと足を運んだ。はると凛を置いて。






 決勝戦。


 相手の雰囲気が今までと違う。


 流石に決勝戦ということもあって、生半可な相手ではないのがみてわかる。


 観客も決勝戦ということもあり、大勢見ている生徒がいる。




 「作戦通りにいくわよ。点が取られるのは必然的だけど、必要最低限の失点で抑え、利木くんや海に任せるしかないからね。よろしくお願い。行くよ、みんな!」


 


 円陣を組んで士気が上がった。




 今回は僕たちのボールからスタートした。


 スタートしたと同時に、相手のサッカー部が前に詰めてきた。取られまいと海に送ろうとしたが、海もサッカー部の人にマークされて渡せなかった。


 周りを見て考えているうちにボールが取られてしまった。


 ボールを取り戻そうと追いかけるが、間に合わず七のところに向かった。七と陣でプレッシャーをかけて対処しボールは戻された。しかしまだ、ボールは敵のほうにある。


 海がプレッシャーを与えて相手を乱れさせはいるが、なかなか僕たちのボールにならない。




 時間は経過し、相手が攻め始めてきた。


 サッカー部同士の連携と、運動神経の良い人が前に出てきた。


 それを止めようと、七と陣で再びプレッシャーを与えようとするが、陣が守りに間に合わず七一人で対応することになり、そこをすり抜けられた。


 手薄な雫のところへ向かい、いとも簡単に抜けられて、サッカー部のシュートが吉久の手をかすめてゴールされた。


 最初の一点は敵が取り、流れが変わろうとし始めた。




 七は考え海をディフェンダーに加わるように指示した。僕はそのままカウンター狙いで前に残ることになった。


 僕たちのボールからスタートされる。




 サッカー部の前線をどうにかしない限りゴールをすることは難しい。そこで、七自ら前に出て一緒に戦うようになった。


 七の観察眼で敵の居場所、動きを察知し適切な指示をしながら、七が何とか相手のディフェンダーへとたどり着くことが出来た。


 海と陣も参加できる状態になり、海の体幹の良さを利用して海へとパスが通った。


 陣と七はサッカー部が来られないようにマークし、僕はフリーの形が取れた。海はそれを見てボールが僕の方に飛んできた。


 ゴールキーパーは手や足を大きく見せ、ゴール出来ないようにしたが、股の下が手薄なところを見つけ、シュートして何とか同店までたどり着いた。




 試合は点数の取り合いとなり、気が付けば四対四で試合が終わった。


 試合は延長戦に入った。




 一旦休憩の時間が入り、優奈のもとに集まった。


 優奈は全員分のタオルと飲み物を渡した。僕を含め、仲間、そして相手チームも疲労している。


 ここからは、気合で乗り越えるしかない。




 モニタリングしていた凛たちは、相手のディフェンダーが一番狙いどころだとわかった。


 そのことを優奈に伝えられ、僕たちに話した。


 それを聞いた七は何かを考えている様子だった。




 「これ以上はもう限界だ…早く決着つけないと体力が持たないぞ」




 海が珍しく弱音を吐いた。無理もない。相手にプレッシャーを与え続けながら、守っては攻撃に移っていたのだから。




 「一つ作戦があります」




 七の突然の作戦に、みんな七の方へと目線が集まった。




 「これは賭けではありますが、海くんをゴールキーパーに移ってもらい、吉久を前に出してはどうでしょうか。まだ体力はありますし、吉久の事ですから予測不可能な動きをするに違いありません。その混乱を利用して、疲労しきっている相手ディフェンダーに陣くんが向かい、その隙を音野くんが入ってゴールする作戦です」




 雫はこの作戦に反対するだろうと思っていた。なぜなら、あの吉久だ。何をするかわからない。昨日のこともそうだったから。


 だが、雫は即答した。




 「わかったわ。その作戦で行きましょう。吉久!自由に動きまわりなさい!相手を惑わせるのよ!」




 嘘だろ!?吉久を使う作戦なのか?


 僕にはわからなかった。なぜ、この作戦を決断できたのか。




 延長戦。


 運よく僕らのチームからボールはスタートした。




 作戦通り吉久は敵をかき乱していた。相手のサッカー部も予測不可能な吉久に対応できていなかった。


 僕は一度、陣へボールを渡した。その隙に僕は相手のディフェンダーの方へ向かった。


 それをみた七は前へ出た。




 「(よし!海の代わりに陣がいる。いつもの流れなら決めれる!)」


 


 僕はそう思っていた。


 ボールは陣から七へパスしたが相手も意地をみせ、それを止めた。


 


 「やばい!」




 陣は焦りをみせた。パスが通らなかったことに。


 


 すぐさま、僕たちは守りへ移ったが、自陣には雫しかいなかった。


 そこを見た相手は狙いを定め向かっていった。


 しかし、雫一人では対応はできるはずもなく海に向かってシュートをした。




 「(これは終わった…)」




 僕はあきらめた。




 「まだ終わってない!利木!ボールを受け取れ!」




 僕は海のほうを見た。


 海は相手のシュートを止めたのだ。


 僕だけが諦めていた。周りを見れば、仲間は諦めてはいなかった。


 情けなかった。


 そんな自分を殴ってやりたかった。




 考えてる余裕などなく、ボールは僕の足元へ届き、このままシュートへ持ち込めると思った。


 だが、相手も必死だった。すぐさまに、ディフェンスの体制になった。


 八方塞がりな状況に、




 「利木くん、僕にパスを!」




 大きく叫んだのは吉久だった。


 見てみれば、吉久は一人フリーの状態だった。


 


 「(信用していいのか?吉久の事を…)」




 僕はまだ信用しきってなかった。


 それでも吉久は大声で、




 「パスを!」


 その声は本物の声だった。心からの声だ。


 僕はそれを信じ吉久にパスをした。




 「ありがとう!利木くん!」




 そういった後、僕の想像を超えるシュートが見えた。


 シュートしたボールは相手のゴールに入り、ネットが揺れるのが見えた。




 「試合終了!」




 終わりの声とホイッスルが聞こえた。




 「勝った…勝った!」




 心から嬉しかった。


 勝てたことに。


 後で吉久に謝らないといけない。




 「利木くん!僕やったよ!勝ったよ!信用してくれてありがとう!」




 久吉は嬉しそうに僕に抱き着いてきた。




 「久吉…僕は君に謝らないといけない」




 素直に僕は謝罪しようとした。


 久吉は「何を?」といった表情を見せたが、僕は続けてお話した。




 「僕は君を信用できなかった。七の作戦の時『吉久に任せられるはずがない』て思っていた。だけど、最後何度も僕に声をかけてきた。『信用していいのか』って、疑心暗鬼になっていた。そう思いながら、僕は君にパスをした。結果、吉久はゴールして成し遂げた。僕は君に酷いことを思っていた。ごめん…」




 僕は吉久に謝罪した。


 僕はなんて酷い人間だ…


 ずっと自分を責め続けていた。




 そんな様子をみて、そんな言葉を聞いて、吉久は言った。




 「利木くんは僕を信用してパスをしてくれたのでしょ?そうじゃなきゃパスなんてしないと思う。だから、謝る必要なんてないよ」




 そう僕に言ってくれた。


 久吉なりの気遣いなのか、それとも強がっているだけなのか、それさえもわからなくなった。




 そのやり取りを聞いていた陣は近寄って言った。




 「盗み聞きつもりはなかったのだけど、吉久くんはこれが本心だよ。だから、そこまで自分を責めないでよ、利木くん。それに、利木くんが謝りたいと思ったことを言えたことが、僕は偉いと思うよ。これからも、この仲間と、男子四人組で楽しく遊ぼうよ!ね!海くん」




 「久吉はバカだけどよ、これでも結構やるときはやる奴なんだから。いつも上手くいくわけではないけどな…」




 気が付けば海が後ろにいた。


 こんな僕でも受け入れてくれた。


 そして許してくれた。




 「ありがとう、みんな」




 それから、僕たちは生徒会室へ戻った。


 ドアを開けると、はると凛がクラッカーを持って、




 「優勝おめでとう!」




 と、クラッカーを鳴らしながらお祝いをしてくれた。


 


 「凛、びっくりが上手く行ったね!」




 はると凛は、二人で密かにびっくりを仕掛けていた。


 お祝いのクラッカー。




 雫も七もびっくりした様子だ。


 優奈はわかっていたようで、驚きはなかったが喜んでいた。




 「ひとまず優勝できたわね。みんなありがとう!」


 


 雫は仲間に感謝の言葉をかけた。


 


 話は一気に変わり、例の話題になった。




 「余韻に浸っているのもここまでにして、例の事。みんな心の準備はいつでも大丈夫だよね?」




 僕はいつでも大丈夫だ。


 仲間のみんなも「大丈夫」と言わんばかりに、みんな顔を合わせて頷いた。


 そして、メッセージが送られてきた。




 『球技大会の優勝おめでとう。この世界と、君たちの過去の記憶を教えてあげよう。この世界では記憶の無い出来事が関係してくる。君たちは自らの手で死んでいるんだよ。そして、この世界に来た。記憶をなくした状態にして。では、今回は七の記憶を蘇らせよう。ミッションをするかどうかは、君たちのタイミングでメッセージを送るといい。以上だ』




 僕たちは、自らの手で死んだ?


 つまり、みんな自殺したということになる。


 なんでそんなことになっているんだ?


 何のために?




 考え事をしていると七の様子がおかしかった。


 


 顔が真っ青になり、その後気を失った。


 七の過去に何があった?




 「七!しっかりして!」




 雫が話しかけるが目覚めることはなかった。




 「雫ちゃん、とりあえず私は七ちゃんをベッドに運ぶわ。起きるまでは私が面倒をみるから安心して。この話は、七ちゃんの聞こえないところでね」




 「わかったわ…」


 


 七は何をみせられたのだろう…


 七も心配だけど、今の状況は酷いことになってる。


 みんな、パニックになっている様子だ。




 僕だけでも冷静でいないと、この場を収めることはできないだろう。


 雫は少し動揺はしているが、まだマシと言ったところか。




 雫はどう対処するのだろうか。

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