②『もう一人』と夏休み初日
自由研究計画シート
【グループメンバー】
長塚大和 小田原健人 飯塚祐樹 水島芽衣 香田純一郎 中瀬幸助
【研究テーマ】
K小学校の七不思議
【研究する内容】
K小学校にまつわる怖い話を調べる。
どうしてそんな話ができたのかを研究する。
【研究するきっかけ】
K小学校にはなぜか七不思議がないので、自分たちで調べて作りたいと思った。
怖い話にはいろいろ原因があるので、調べたら研究になると思った。
【研究の方法】
一人ずつ、知っている怖い話を出し合って、それを調べる。
知っている人に聞いてみる。インターネットで調べる。図書館で調べる。
【発表の方法】
模造紙にどんな話があるかまとめて、原因といっしょに発表する。
【先生からのコメント】
ただ怖い話を調べるのではなく、この町の歴史などに関係を見つけて、しっかりと調べ学習をしてください。
これは総合学習の宿題で、遊びではありません。自由「研究」であることを忘れないようにしてください。
***
夏休みが始まって二日目。
外は三十五度を超える暑さで、外で遊んじゃいけません、とお母さんは夏休みが始まる前から毎日のように言っている。
昨日はなんの予定もなかったから、家でずっとゲームをしていた。お母さんから「宿題はしなくていいの?」とことあるごとに言われたが、一日目から一生懸命宿題をするような小学生は、この世にいるのだろうか?
今日はみんなで自由研究を進めることになっていた。
「行ってきまーす」
声をかけて家を出ようとすると、
「外で遊んじゃダメだって、いってるでしょ」
お母さんがあきれたように台所から顔を出した。
「だから、遊ぶんじゃないんだよ。宿題するの。昨日の夜言ったじゃん。みんなで集まって、自由研究するんだよ」
そう答えると、お母さんは「ああ、そうだったわ」と納得したようだった。一度台所の方に引っ込むと、すぐに出てきて水筒を渡してくれた。一年生のころに買った、犬と猫のかわいいイラストの水筒だ。本当は、もっと大人っぽいやつにしたんだけど、なんとなく言い出せないで使い続けている。
「暑いから、本当に気を付けてね」
わかった、と生返事して、僕は外に出た。
外は立ち眩みするほどの暑さだった。今日はメイの家に集まることになっている。自転車で十分くらいのところだ。
クラスメイトの家に行くなんて、本当に久しぶりだ。いつだったか、本当に思い出せない。四年生……いや、三年生のころだったかな。
しばらく自転車をこぐと、メイの家が見えた。ベージュの壁がかわいらしい、二階建ての家だった。教えられた通りに着いたので、ほっと胸をなでおろす。
チャイムを押すと、すぐにメイが出てくれた。
「いらっしゃい。ケントとヤマトくんも、もう来てるよ」
すぐにリビングに案内された。薄いピンク色のかわいいマットの上に、ふかふかの白いソファと小さ目のローテーブルが置かれている。壁際には大き目のテレビと長い一本足のランプ。庭に面した壁一面は窓で、スペースよりも広々とした感じだ。
なんだか甘い匂いがする。
うちとは違うなあ、と思った。なんか、女子の家という感じだ。あと、お金持ち。
「じゃあ、始めようぜ」
マットに直接座っていたヤマトが立ち上がった。
あれ、まだ四人しか集まっていない。ポロとユーキは?
そんな僕の戸惑いにメイが気づいたのか、「あとの二人は来ないよ。今日、私の番だから」と教えてくれた。
そうだ。今日はメイの番だった。だからって、初日から来ないなんて。
グループで自由研究するための『当番制』は、テーマを決めたあの日に合わせて決まったことだ。言い出したのはユーキだった。
夏休みは忙しい。予定を合わせて、何回もみんなで集まるのは難しいし、面倒くさい。けど、七不思議を作るんだから、七つは調べないといけない。それじゃあ、一日じゃ終わらない。
だから、自分が当番の日を決めておいて、当番の人以外は予定が空いていれば来るようにする。一人一つ、怖い話が好きなヤマトは二つ、怖い話を当番の日までに探しておくこと。当番の日に、そいつが探してきた怖い話について調査をすれば、効率的だ。そうすればまとめの日も入れて全部で八日間、それぞれが使う時間は「調査一日」と「まとめの一日」の最低二日間で済む。
――これがユーキの提案した「当番制」だ。ポロが「それ最高。僕も夏休みは塾があるから、あんまり集まれないよ」とすぐに賛成した。
でも、とメイが口をはさんだ。
「これだと、誰も集まらないかもしれない。まとめの時だって、大変じゃない? いちいち、まとめるときに説明からしなきゃいけないし」
それに対するユーキの解決策はこうだ。
ナカセがまとめ役をやれば良い。どうせ、暇だろうから、毎回来られるだろう。まとめの時も、ナカセさえいれば大丈夫なようにしておけばいいんだ。それに、さっきナカセは怖い話を一つ出しているんだから、ラクしてるようなもんだよ。
メイが「そんなのひどい」と抗議したが、ユーキは全く聞き入れなかった。さっき怖い話をしていたとしても、調べる手間は同じなのに。
僕は何も言えず、ユーキとメイの顔をちらちらと交互に見ていただけだった。しばらく口喧嘩のように二人は言い合っていたが、結局決着はつかず、なんとなく「当番制」でいくことになった。ただし、メイも一緒にまとめ役をしてくれると言ってくれた。ケントが「さすがにまとめはみんなでやらないといけないだろ」というと、ユーキは反論しなかった。
そして、「当番制」の初日、さっそくユーキとポロは欠席している。
「まあ、こうなるとは思ってたけどね。あの二人の連絡先とかって知ってる? 文句言ってやりたいんだけど」
今日の当番であるメイは、珍しくイライラしている。ケントが「知らん。俺、スマホ持ってないし」とソファにほとんど寝転がりながら言った。ずいぶんくつろいでいる。
ヤマトも首を振った。僕もスマホは持っていない。キッズ携帯ならあるけど、電話とメールは家族にしかできない。
つまり、あの時に決めた「当番」と「まとめ」の日にしっかりと来ることを祈るしかない、ということだ。家まで行くのは労力の無駄、という気がする。
メイはため息をつくと、「仕方ない」と切り替えたようだった。
「じゃあ、とりあえずはじめようか」
僕はリュックからノートと筆箱を取り出す。表紙には、マジックで自由研究ノートと書かれている。書いたのはメイだ。夏休みが始まる前に渡された。これに調べたことを書き込んでいって、最後まとめるときに使おうとのことだった。
「私の知っている怖い話はね」
***
私の知っている怖い話はね、去年卒業しちゃったミサトちゃんから聞いた話なんだ。
ミサトちゃんとは通ってるピアノの塾が一緒で、今も連絡とったりしてるんだ。
でね、この話はミサトちゃんが実際に体験したことなんだよね。
その日、朝の体調確認の時にそれは起こった。
〇〇さん、はい元気です、〇〇さん、はい風邪気味です、って先生がみんなのことを読んでいく。ミサトちゃんも普通に答えた。前の日までずっと風邪で休んでいて、まだちょっとだるかったんだけど、いちいち突っ込まれるのがめんどくさくて「元気です」って答えた。
最後の子まで答え終わって、先生が「あれ?」って言った。
そうしたら、生徒みんなを指さしながら数え始めたんだって。何度も、何度も数え始めた。
「一人多いな」
先生がそう言ったんだって。みんな顔を見合わせた。一人多い? ミサトちゃんもクラスメイト全員を見回したんだけど、知らない子はいない。
「あれ、でもみんないるしな」
先生は名簿も指さし確認しながら、もう一度人数を数えている。
ミサトちゃんも数えてみた。一、二、三……三十五人。確かに、一人多いんだって。ミサトちゃんのクラスは全部で三十四人。何度数えても、一人多い。だけど、やっぱり、知らない子はいない。
なんだか、みんな怖くなってしまって、泣き出す子もいたみたい。
先生が慌てて、「大丈夫、大丈夫。ごめん、先生の数え間違えだった」って言ったんだけど、納得できるはずなかった。その日はずっと、みんなびくびくしたように過ごした。このクラスにいちゃいけない子が紛れている。だけど、それが誰なのかわからない。
怖いけど、どうしようもない。
その日はそれ以上何も起こらなかった。
翌日、びくびくしながらミサトちゃんは学校に行った。教室に入ると、友達も同じ気持ちみたいで顔色が悪かった。
朝の会が始まって、先生が体調確認を始めた。
みんなわかってた。クラスの人数は三十四人だった。もとに戻っていたんだ。
――だけど、教室の隅っこに、誰も座っていない机があった。昨日まではなかった机。先生も置いた記憶のない、誰のものかわからない机だった。
学年が上がるまで、教室にはその机がずっと置いてあったんだって。
***
話し終わると、メイが「ってことで」と明るく言った。
「この話について調べようと思うよ」
怖い話が苦手な僕はノートに記録をとりながら、部屋の中を見回してしまった。もし、この部屋に五人目がいたらどうしよう? メイ、ケント、ヤマト、僕、それから――
そんなことはあり得ない。
そんな僕をよそに、ヤマトが意気揚々と話し始める。
「人数を数えるとなぜか多い。だけど、知らない顔はいない。そういう話ってよくあるんだよな。座敷童とか狐が化かしたとかってオチがつくことが多いけど、今回はそうじゃない。原因が全く分からない。まさか、座敷童が出やすい教室ってことはないだろうし。もしそんなのがあれば俺達が知らないわけがない」
「そうだね。ミサトちゃんから聞いたときは、怖いねーって言ってそれ以上聞かなかった。正直、あんまり本気にしてなかったし。ミサトちゃんも怖がらせようとして大げさに話してた感じもあるから」
「じゃあ、本当の話じゃないってこと?」
ちょっと残念そうなヤマト。
「うーん、だけどそれにしてはリアルじゃない? 作り話するならさ、もっと派手な方が良いっていうか」
「たしかにな。俺だったら、実はクラスメイトの一人が宇宙人で、みんなに催眠をかけていた、とかにするな」
「なんで宇宙人? いるわけないじゃん」
「馬鹿だな、宇宙人はいるんだよ。これ、見てもらえばわかると思うけど、宇宙人がいた証拠っていうのは全国各地に残っていて、昔の技術レベルでは絶対作ることができない物、オーパーツが――」
ヤマトはごそごそとリュックから雑誌を取り出して広げる。宇宙人について力説するヤマトに対して、メイは律儀に「でもさ」とか「それは」とか反論していたが、ついには真剣な面持ちでヤマトが広げる雑誌を読み始めた。
ケントは二人のやり取りを興味なさげに眺めている。このやり取り、ノートに記録した方がいいんだろうか。
「とにかく!」
しばらく「宇宙人はいるのか」「オーパーツは捏造か」を議論していたメイが、我に返ったように言った。
「ミサトちゃんの話が本当かどうか、調べようと思うの。で、そのために、今日はミサトちゃんを呼んでいます」
メイが話し終えると同時に、チャイムが鳴った。メイのお母さんが「ミサトちゃん、いらっしゃったわよ」と声をかけてくれた。
***
ミサトさんは僕たちと二歳しか離れていないのに、ずいぶん大人っぽい感じがした。小学生と中学生って、いったい何が違うんだろうか。
「メイちゃん、久しぶり。元気だった? ラインくれてうれしかった」
ミサトさんが言うと、メイは照れたように笑った。
「ミサトちゃ……さん、ピアノ辞めちゃったから、会いたかった……んです」
「やだ、前みたいに話してくれて大丈夫だよ」
「え、本当?」
「ほんと、ほんと。ライン交換しておいてよかったー」
「私もうれしい。今日は来てくれてありがとう」
ほのぼのと女子トークが進む中、ヤマトが居心地悪そうにきょろきょろしながら、「で、どうすんの?」とぶっきらぼうにいうと、メイもハッとして「それで、聞きたいお話があって」と本題に入った。
「――ああ、あの話?」
ミサトさんの表情が曇った。
「怖い話を調べるって、変わった自由研究だね。先生、オッケーしてくれた? 担任誰だっけ。あ、柴田か。うーん、外れだね。あいつ、イヤミったらしいじゃん。ずーっとK小にいるけど、いつ異動するんだろうね」
明らかに話をそらしているように見える。
「ミサトちゃん、ごめん。あんまり話したくなかった?」
メイが恐る恐る聞くと、しばらく黙り込んだミサトさんは、意を決したように顔の前で手を合わせた。
「ごめん! あの話、実体験じゃないんだ。確か、私が四年生のころ、一つ下の学年の子から聞いた話で、それを盛りに盛って、自分が体験したことみたいに話したんだよ」
「そう、だったんだ。だいぶ前に聞いた話だったんだね」
拍子抜けしたようなメイ。僕はノートに「ほかの子から聞いた話だった」と記録する。これって自由研究になるのか?
「じゃあ、誰から聞いた話かは覚えてる? そうしたら、その人に本当かどうか聞きに行くから」
うーん、とミサトさんはうなった。
「確か、美会委員で一緒だった子だったと思うけど。名前、忘れちゃった。ごめんね」
残念、とメイが肩を落とした。
「あの」
それまでずっと黙り込んでいたケントが手を挙げた。
「さっき、話を盛りに盛ったって言ってましたけど、そもそも元の話はどんな感じなんですか?」
「めちゃくちゃ短い話だよ。『うちのクラス、いくら数えても数が合わないの。みんな知ってる子なのに、数えると一人多いんだよね』って。笑って言ってた」
ああ、とミサトさんはすっきりしたような顔で言った。
「思い出した。美化委員で一緒だったナツコちゃん。私が四年生だから、もう三年も前だね。私もよく覚えてたなあ。なんとなく、あんなこと笑いながら言うから、記憶に残ってたんだね、きっと」
うちのクラス、いくら数えても数が合わないの。
そんなことを笑いながら言う?
想像すると、なんだか怖い。
それ以上のことはミサトさんからは聞き出せなかった。お礼を言って、しばらくみんなでメイの家でお菓子を食べた後、僕たちは解散となった。
「ごめん、まともな話にならなかったね」
メイが帰り際にそういったが、僕は何も答えることができなかった
「いいんだよ。ミサトさんが話を盛りに盛ったみたいに、俺達も盛っちゃえばいいんだ」
ヤマトは無責任なことを言って笑っていた。メイにさっきの雑誌を渡して「興味あるなら読めば?」と、どうやらオカルト話ができたことでご機嫌みたいだ。怖い話が載っている雑誌なんて断るかと思っていたが、メイは素直に受け取っていたので驚いてしまった。
「じゃあ、また明後日」
メイが僕たち三人に手を振る。明後日の当番はポロ。あいつ、待ち合わせ場所にちゃんと来るだろうか。
帰りもまだまだ暑さは落ち着かない。
流れる汗をぬぐいながら、そういえば、と考えた。
ミサトさんの一つ年下ということは、お姉ちゃんと同じ学年だな。
だけど、それ以上のことは、あまりの暑さに考えることができなかった。
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