七不思議制作委員会

鷹見道可

①『はなしさん』と自由研究

 これは、お姉ちゃんから聞いた話だ。

 お姉ちゃんが小学三年生のころ「はなしさん」という遊びが流行った。

 やり方はこうだ。「はなしさん」専用のノートを作って、そこに質問を書く。質問の最後には、必ず「聞いてください」と三回書かなくてはいけない。

 質問を書いたノートは、放課後に教室の使っていない机の引き出しにしまっておく。机は、絶対に誰も使っていないものでないといけない。机がない場合は、教卓の引き出しにこっそり入れておくのでも良い。

 翌朝、一番に教室に入り、ノートを回収する。そこには質問の答えが書かれている。未来のことでも、誰かの隠し事でも、ずばり当ててしまうという。

 お姉ちゃんも、一度やってみたことがあるそうだ。

 友達と三人で、新しいノートを買い、一ページ目に質問を書いた。

『Aくんの好きな人は誰ですか? 聞いてください 聞いてください 聞いてください』

 Aくんというのは、お姉ちゃんのクラスの人気者だ。お姉ちゃんも、彼に憧れているらしい。

 ちょうど、お姉ちゃんのクラスには使っていない机が角に置かれていたから、そこにノートをしまった。教室には、お姉ちゃんのグループ以外誰もいなかった。

 教室を出るとき、お姉ちゃんは誰かに呼ばれた気がしたそうだ。小さな女の子の声で「――さい」といったように聞こえた。だけど、他の友達は誰もそんな声は聞いていなかった。

 怖くなって、三人は走って教室を出たそうだ。

 翌朝、ノートを回収すると、ただ一言「いない」とだけ書かれていた。妙に大人びた字で、三人のうちの誰の字でもなかった。

 教室には三人しかいなかったが、ノートを開ける瞬間、教室の入り口から「――てください」と聞こえた気がした。今度は、三人ともその声を聞いていて、一人の子が「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。

 教室の入り口には、誰もいなかった。

 あれ以来、なんとなく怖くなってしまって、「はなしさん」をやったことはないそうだ。


     ***


 話し終えた僕は、みんなの顔を見回した。

「ど、どうかな」

 みんなが何も言わないので、僕は聞いた。ケンタが「まあ、よかったんじゃない?」と言うと、メイも頷いてくれた。

 やっと反応してくれた、と僕はほっとした。

「でもさ」

 神経質そうな高い声でポロが言った。

「『はなしさん』なんて遊び、僕は聞いたことないけど」

 ポロは、作り話なんだろ、と言いたいようだ。

「だって、君のお姉さんって、六年生だったよね? そういう遊びがあるなら、一つ学年が下の僕らも聞いたことがあると思うけど」

「確かに。検索しても出てこないね」

 半笑いでユーキがスマホの画面を見せた。

『はなしさん 該当する検索結果はありません』

「おい、授業中なんだからスマホ出すなよ」

 先生の目を気にしたポロが焦ったように言ったが、ユーキは余裕そうに「はいはい」と聞き流している。

「もう三年も前で、お姉ちゃんのクラスで流行っただけみたいだから」

 説明しても、ポロとユーキは信じてくれていないようだった。この二人は人の揚げ足ばかりとってきて、話しているとイライラする。

「で、結局どうする? 自由研究」

 ちょっと悪くなりかけた空気を変えるように、メイが言った。そうだ、無駄な話をしている場合ではなかった。

 黒板の横にかかっている時計を見る。残り時間はあと十五分もない。

「だから、『七不思議を作ろう』でいいじゃん」

 ヤマトが言った。みんなの顔を見回すが、反論を聞こうという気はなさそうだった。

 もうすぐ夏休みで、僕たちは自由研究のお題を話し合っていた。総合学習の時間に決めてしまわなければ、放課後、集まって決めなくてはいけない。どうしてもこの時間に決めてしまいたかった。

 そもそも、と僕は担任の柴田をにらみつけた。あいつが今年の夏休みの自由研究は六人グループでやってもらう、なんて言いださなければ。いや、柴田が決めたわけではないのだろうが、それでもむかつく。


     ***


「じゃあ、グループを作ってください」

 総合学習の時間、自由研究をグループでやることの説明がされた。研究内容はどんなものでもいい。理科の実験でも、地域の歴史の調べ学習でも、お題は自由。とにかくグループで自由研究をすること。模造紙一枚の資料を作ること。夏休み明けに発表をすること、とのことだった。

 柴田の合図で、みんなが友達同士で集まる中、僕はおろおろと周りを見回した。時々話す山本くん、図書委員で一緒の坂田さん――だめだ。みんなグループが出来上がっている。机を動かして島を作るクラスメイトを眺めながら、どうしよう、どうしよう、と焦った。

「お前、あまり? じゃあ、俺らのところ来いよ」

半分泣きそうになっていたところを、ケンタが声をかけてくれた。僕は一もにもなく飛びついた。

ヤマト、ユーキ、ポロ、ケント、メイに僕を加えた六人。メンバーを見て「ああ」と思った。僕が言えたことではないが、このグループはあまり者の寄せ集め、だ。

 怖い話が大好きで、いっつも変な雑誌を読んでいるヤマト。学校に持ってきてはいけないスマホをいつも眺めているユーキ。家が金持ちで、なんか感じが悪いポロ(いつも駄洒落みたいなブランドのポロシャツを着ているから、こんなあだ名になったらしい)。サッカー部で人気者のケント。全員がなんとなくクラスから浮いているメンバーだ。

 メイだけは違う。彼女は女子の友達も多いし、みんなから慕われている。ただ、学級委員長である彼女は、こういうグループ分けの時、一人で困っている子や、人が足りないグループを助けてあげることがほとんどなのだ。

 ケントが僕に声をかけたのも、メイの指示があったのだろう。

 なんの自由研究をするか決めること。話し合いは三十分。できるグループは夏休み中のスケジュールまで決めるように。

「五年生にもなれば、それくらいできるでしょう」

 柴田は半分笑ってそう言った。ことあるごとに柴田は「五年生なんだから」というし、子どもを馬鹿にしたような話し方をするから、嫌われている。僕も嫌いだ。脂ぎった顔、べたべたな眼鏡、ダボっとしたスーツ、全部が嫌い。

 寄せ集めの僕たちの話し合いはすぐには始まらず、しばらくみんな黙ったままだった。このままじゃ、時間が無くなるな、放課後に残るのは嫌だな、と思いながら、僕も黙っていた。

 しびれを切らしたメイが「じゃあさ」とそれっぽい案を出そうとしたとき、ヤマトが勢いよく立ち上がった。

「七不思議、作ろう」

 僕たちはみんな「は?」という顔をした。

「ほら、この学校に七不思議ってないだろ?」

「それって、廊下を走る人体模型とか、夜人がいないのにピアノがなるとかっていう、あれ?」

 メイが恐る恐る聞いた。

「そうそう。二宮金次郎が真夜中に走るとか、音楽室の肖像画の目が動くとか――」

「二宮……なに、それ?」

 ユーキが馬鹿にしたように笑ったが、ヤマトは全く気にしなかった。

「テンプレの七不思議じゃなくてさ、K小学校独自の七不思議がほしいじゃん」

「あのさ」

 とポロが口をはさむ。

「作るってどういうこと? そもそも、それをどうやって自由研究にするのさ」

「だから、調べるんだよ。K小学校に伝わる怖い話がないか。で、その怖い話のルーツを研究する」

 怖い話にはな、とヤマトが生き生きとした表情でつづけた。こいつ、こんなに楽しそうに話しをするんだな。

「その場所の歴史とか、出来事とか、いろんなことが関係してることが多いんだよ。こういう事故があって幽霊が出る話が生まれたとか、おかしなことが起きる場所にはこんな言い伝えがあった、みたいな」

 なるほど、と僕は納得してしまった。それなら自由研究にはなるのかもしれない。だけど――嫌だな。

 僕は怖い話が大嫌いだ。

 教室の後ろの本棚に入っている、コミカルな絵柄の『学校に伝わる怖い話』すら読むのがつらいほどに。

「怖い話って、七つも見つかるものかな。作っちゃダメってことでしょう?」

 メイが聞くと、ヤマトが自信満々に答えた。

「そんなの簡単だよ。っていうか、みんな、一つは『本当にあった怖い話』、知ってるもんだろ。友達から聞いた、とか、兄弟から聞いた、とかさ」

 な、とヤマトはなぜか僕の方を見ていった。

 いきなり話を振られて、僕はものすごく焦った。何か、何か言わなくちゃ。それまで黙り込んでいたからか、声を出そうとすると、むせてしまった。そのせいで、僕が「何か言おうとした」とみんなが思い、視線が集中した。

「あ、あの」

 あうあう、言っていると、ため息交じりにユーキが「ナカセが知ってるわけないじゃん」と笑った。

 こいつ、つまんないやつなんだから。

 どうせそんな言葉が続くんだ。そんなの、嫌だ。

「知ってるよ」

 声が裏返った。知ってるよ、ともう一度言おうとして、

「嘘つけ」

 ユーキが遮ったから、むきになって「嘘じゃない」と言い返した。

「じゃあ、話してみてよ」

 ポロも馬鹿にしたように言った。

 思い出せ、思い出せ。誰かから聞いた本当にあった怖い話。でないと、僕はつまんないやつで、何にも言えないやつのまま

 そうだ、怖い話が大嫌いな僕をからかうため、お姉ちゃんが話してきたことがあった。確かあれは――

「これは、お姉ちゃんから聞いた話だ」


     ***


「なあ、『七不思議を作ろう』でいいだろ?」

 ヤマトがもう一押しだ、とでもいうように繰り返す。『はなしさん』を嘘だと馬鹿にしていたポロとユーキはとたんに黙り込んで、メイとケントをちらちらと見始めた。

 めんどうくさいから、お前らが決めろ。そういいたいのだろう。

「時間もないし、もうそれでいいだろ」

 ケントが言った。誰も反対しない。これまで、ケントがそういえば、誰も反対して

「しょうがないね。じゃあ、どんなふうに調べるか、決めちゃおう」

 時計に目をやって「やば、あと五分しかないよ」と慌てているメイに構わず、ヤマトがニコニコして、

「よっしゃ。じゃあ、まずはグループ名からだな。俺たちは今日から『七不思議制作委員会』。決まりだ」

「なんだよ、それ。だっさ」

「グループ名なんていらないよ」

 ユーキとポロが一斉に抗議すると、ヤマトは「なんか、あった方がかっこいいだろ」とむきになった。

「だとしてもなんで委員会?」

 メイもうっかりその話に乗ってしまった。あと、授業が終わるまで二分とちょっとだ。

「七不思議が漢字だから、全部漢字でまとめた方がいいだろ?」

 ヤマト以外の全員が首をかしげていると、授業終了のチャイムがなった。それまで暇そうにしていた柴田が、教卓に上がる。

「はい、終了。まだ全部決められてないグループは放課後残って決めてくれ」

『七不思議制作委員会』、できて初めての居残りが決定した瞬間だった。

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