第10話 特殊ダンジョン

 独特の燃える扉、領主邸の地下深くに聖霊が存在する領地の深部。領地に満ちる魔力の源で障壁に力を送り、生まれる者に等しく魔力を与える聖霊は見方を変えれば神と呼称されても不思議ではないのだ。


 私はシルヴィと共にダンジョン内部へと進む。


 事前にダンジョン自体の知識はある。


 燃える扉の中は想像と違う過ごしやすそうな気温で数歩程度の違いがここまでの差を生むとは不思議な現象に、私は驚いてしまう。


 知識を蓄えるより重要な実体験、話を聞き不思議な場所と知っていたが、実際に踏み入ると地下深くとは到底思えない空があり、風が吹き、心地よい日差しを感じたのだ。


「凄い…ダンジョンの事知ってたけど、本当にこんな不思議があるんだね。」


 私は何かに取り憑かれたようなダンジョンそのものの神秘性に感動してしまう。


 ダンジョンを見つける事を生業にする者や各地のダンジョンを探索している人の気持ちがよくわかる。それだけ未知の体験を恋焦がれるような、新しい出会いでもあった。


「ダンジョンによってはだいぶ雰囲気が変わりますので、必ずしも美しく魅了される場所だとは限りません。特に大地の魔力が安定しない場所は不定期に地形が変わる事もあります。この場所は理想系のダンジョンと言ったところでしょう。」


 シルヴィは私に注意を促すようにそう言う。


 それを聞き実際にこの場所は聖霊による魔力安定が大きいと思った。


 普通の地面と何かの草花が生えている平凡な大地、遠目で背の高そうな木々も見え、屋外だと錯覚してしまう。


 見る物全てが驚きの塊とも限らず、シルヴィは私に魔生物や環境罠に注意しながら先に進むと言うのだ。


 何処から魔生物が襲ってくるかわからない危険な場所がダンジョン。障壁による魔生物の被害が最小限に抑えられている領地とは異なり、景色に夢中のままでは命を失うのだ。


 シルヴィは何処から取り出したのか特殊な武器をいつの間にか左手に握っていた。


「さっきまで持ってなかったよね。何処からその大きさの武器取り出したのよ…」


 最近驚く事が多く驚き慣れてしまった事で、平常心を保ち不思議な現象に順応している。


「詳しくはお答えできませんと、お伝えいたします。大抵の魔生物は私が倒しますので、クラウディアお嬢様は後々を考え、極力手を出さないようにお願いしますね。」


 シルヴィは私の体力を温存させる目的で襲ってくる魔生物を退けると言う。


 武器の取り出し方は流されるように言われたが、シルヴィが答えれないという時点で意味は限られ、聖霊による力の一つだと考えた。


 原理不明な見え方の違いによる多次元干渉、実際私も体験したような次元そのものを入れ替える仕組みと考え、人からほぼ聖霊に等しい誓約の力だと考えたほうが自然だからだ。


 模擬戦の時は刃引きされた片手剣を使うシルヴィだったが、左手に長く大きな鞘の一部を握り、抜剣が大変そうな長さの剣に見える。


 何処かで似た武器見たことがあるような…


 私はそんなことを考えながらシルヴィの後に続き歩いている。


 父様の大剣とも違う独特な感じ、よく思い出すように考えた所、姉様の扱う特注で作った専用武器に近く、大剣の半分程度で厚みがある姉様よりも長く、大剣未満の不思議な武器だと思った。


「姉様の武器に似てるよね。」


「あの武器は私がオススメした形状で、この武器が原型ですので似て当然かと思います。流石にこの大きさと長さでは持ち歩きが困難でしょう。大剣とも異なる為背負う訳にもいきません。何より本来の持ち味が損なわれますので、背負えないが正しいでしょう。」


 シルヴィは特に隠す必要はないと言うように、似ていると感じたのは当たり前だと姉様の武器の大元が左手に握る武器だと教えてくれた。


 持ち歩くだけなら背負う手段もあるはずが、それでは武器の良さが消えてしまうらしく、バランスを整えた結果姉様の武器に変わったようで、私はその意味が全く理解できなかった。


 そんなことを考えながら進んでいると、シルヴィは歩みを止めて実際に見せる機会が訪れたと、そう魔生物が近づいている事を知らせる。


 ダンジョン内部の魔力で作られた魔生物はとても強く、突然襲われる事も少なくないと知っているからこそ、シルヴィの言葉を聞き、私は気を引き締める。


「動かないで下さい…」


 シルヴィは私に何が起きても動くなというような強い力が籠る言葉を言う。


 ゆっくり息を吐き右足を後ろに動かし、左手に握る武器の角度を下げたと同時に私は突風のような衝撃を感じた。


 正確には私の横で何かしらが勢いよく通過したような感覚が正しく、ハッと振り向いた時には既に様子を伺い近寄った魔生物が両断され、断面から燃え広がるよう全体は瞬く間に消失したのだ。


 一瞬、一瞬というより理解できない動きだ。


 シルヴィは私の正面に立ったままで今も後ろ姿を見せている。


 左手に握る武器は一度下がった時の位置で変わらず、そのはずが後方より近寄ってきたと思われる魔生物を攻撃したようだ。


「今何したの?こっち向いてないまま攻撃?嘘でしょ、意味がわからない!」


 私は脳が理解を拒み、言葉に出してシルヴィに確認する。


 どれだけ模擬戦の時手加減をされていたのだろうか、それ以上に物理的な意味で後ろを攻撃できるだろうか、魔法系統ならできそうな事も武器を使うとなれば話は変わり、だからこそ武器は攻撃が届く間合いが重要視され、対人先頭の場合は相手の武器を見て攻撃手段を変えたりする。


「簡単な事ですよ、後方に斬撃を行っただけです。今回は目的が違うので問題ありませんが、欠点があるとしたら敵が燃え散る事でしょうね。」


 シルヴィは私の言葉に対して、理解できない返答で単に後ろを攻撃しただけだと言ったのだ。


 衝撃のような圧は正しく剣圧、シルヴィの言った通りなら攻撃範囲が異常だ。


「ふふっ!冗談ですよ、後ろに剣が届くはずないでしょう、不思議な事に直面するとすぐ考え硬直する癖は直すべきですね。」


 シルヴィは本気で信じていた私を揶揄ったように軽く笑い違うと言う。


 信じたのに!酷い!けど安心したよ…


「もう、揶揄ったのね!シルヴィなら出来るかもって信じたのに!本当は如何やったの?」


 私も騙されたと軽く笑い実際の所を聞いた。


「剣が届く範囲まで移動して攻撃後同じ位置に戻っただけですよ。」


 はっ?


 そう、シルヴィが改めて言ったことは後ろを斬るより不思議な事を言ったのだ。


 剣で攻撃を当てるには届く範囲に移動して斬るごく普通の当たり前な事だが、私の目には移動した様子はなく、それこそありえない事だった。


「まだ揶揄ってるよね?」


「いえ、正真正銘事実です。おあつらえ向きに魔生物が近寄ってきましたね。」


 私達を感知した魔生物が複数近くにいるようで、複数集まると流石に私でも殺気を感じ取り、ハッと目線を動かした。


 既に攻撃は終わった後で、先ほど同様に両断されて燃える亡骸を見届けたのだ。


「過去に失った特殊な技術、それを私なりのアレンジで使う特殊な攻撃、抜剣すると理解できるかと思います…」


 シルヴィは大元となる武器や技があるようだが独自に改良した特殊だと言う。


 鞘から抜かれた剣は姉様の武器に近いが厚みはなく、長剣を細く長くした脆そうな武器だった。


 鞘に納めて抜き放つ抜剣、その勢いを利用した攻撃範囲を剣圧で伸ばす埒外の攻撃だった。


 片刃の刀と呼ばれる武器で抜刀術が過去に存在していたらしく、細長い剣で再現していると簡単に言うのだが、それは人を止めた身体能力が許す使い道、普通なら抜剣までの工程で扱いにくく、武器を振り回すどころか武器に使い手が振り回されるような得物なのだ。


 一体目の襲撃から次々と魔生物は集まり、近寄ると同時に燃えて消える。


 理解できないが可能性として高いのは私の一瞬とシルヴィの一瞬は大きく差があり、私が一歩前に足を進める間で何歩もシルヴィは進める体感時間や感覚が異なる事だ。


 初めてのダンジョンが特殊すぎる場所で、近寄る魔生物は私が感知した時には燃え尽きる。


 そんな状態のまま階層を下る特殊な階段に到着したのだ。


「階段周辺は雰囲気が違うね。」


 不自然な大自然が広がる境目、階段周辺は地下の作りと言える土色で硬質的な砂や石が周囲を作っているようだ。


「階層を繋ぐ階段は一種の次元移動と等しいでしょう、だからこそ全てのダンジョンに共通する話ですが階段周辺は異変がなく環境的な意味では安全とも言えます。そのような状況は少ないでしょうが特殊なタイミングを除けば魔生物は周囲に発生しませんので、視認や感知を除けば少しは安心できるとも言えます。」


「そうなんだ…魔生物が発生しないだけなんだね、近寄れないとかなら安心して休憩に使えるのに、あっ…前に本でダンジョンを繋ぐ階段は危険って書いてあったような、あれは何故?」


 私は以前勉強で見た本にダンジョンの階層を繋ぐ階段は注意して進む事、途中で立ち止まることもましてや休憩をすることは危険と書いてあったことを思い出し、シルヴィの話を聞く限り安全に聞こえたので聞いてみたのだ。


 シルヴィは各階層自体が独立して存在する一種の次元と例え、別の次元同士を繋ぎ合わせる階段は歪で魔力が安定できないと話し、それが階段付近で魔生物が生成されない理由だと言う。


 そして、一呼吸おいた後に魔力が安定しない場合は一定周期で崩壊と即座に新しく生成が行われ、そのタイミングが階段を行き来する途中ならば次元の裂け目に落ちてしまう事、生きて戻れず楽にも死ねず気が狂うような状態で自然死もしくは自死を選ぶ末路だと教えてくれた。


「あ、危なすぎる…今は大丈夫なんだよね?」


「はい、兆候があるので、知識がない者を除けば回避しています。魔力が不安定かつ崩壊間近の時は肌の痛みも現れますし、階段周囲も揺らぎが現れます。言葉で説明は難しい為、一度体験していきますか?」


「なんでよ!嫌に決まってるでしょ!」


「本気にしないでください、今回は予定があるので待機はしませんよ、崩壊周期は短時間ではなくダンジョン内部では時間感覚が狂いやすい為管理しにくいですが半日で全てのダンジョンは崩壊と生成を行い、そのタイミングで魔生物や環境各種資源が生成されるのです。」


 シルヴィは冗談だと話した後にどの本にも載っていないダンジョンの生成について詳しく教えてくれたのだ。


 壁などを壊したり木や鉱石などを採取した場合は半日で作り直されると、そのタイミングが階段の崩壊と重なる為、一日に二回しか起きず、長時間滞在しない限りは調整可能だと教えてくれた。


 それを聞き安心するとシルヴィの後を追うように下の階層へと下りたのだった。


 若干生えている草花の違いがある程度で、色鮮やかな草花の森と言うような階層だ。


 現れる魔生物はと言うと、同じく何かの気配を感じたときにはシルヴィに斬られた後で燃え尽きている。


 途中から警戒する必要も無いように感じて周囲の変化を楽しみつつ後を追うだけだった。


 途中変な魔物が現れたが綺麗な二連斬撃で倒し終えたり、特殊ダンジョンとはいえ例外はなく階層を降りるだけ襲ってくる数は多くなる。


 そんな事が何度か繰り返され、数階層下った先にはこれまでと全く異なる透き通る様々な色の鉱石が見渡す限りに生え、これまでは青空に雲と太陽が出ていた空も白く光り輝く結晶の天井に変わっている不思議な場所に到着したのだ。


「なにこれ…すごく綺麗な場所…」


 私は圧倒される美しさに目を奪われてしまう。


 地面も見える範囲全てキラキラ鉱石で砂粒に見えるのは結晶の粒、草花も半透明の結晶化されている一度は夢見たような宝の山とも言える。


 空の違いもあるが全体的に広さは感じず、まるで一部だけをくり抜き変化させたような広さだ。


「綺麗だけど目が痛くなってきたかも…」


「これらが宝石であれば一財を築けるでしょうね、噂程度の話ですがダンジョンの崩壊と生成時に宝物庫と思えるような部屋が作られるとか流れているほど夢の話です。」


「夢が壊れて現実に引き戻された気分だよ!それでここは何なの?」


「各ダンジョンに存在する安全中層と言われダンジョン全体で散った魔力の残骸が集まる場所です。とは言っても非常に細かい魔力の粒子なので集まり結晶化しても脆く砕けます。それが地面に蓄積され吸い取られて再び生成に利用される。その仕組み上これらの結晶物は持ち帰れません。物理的にも、魔力的にも、存在自体がダンジョン限定だからですね。」


「所々気になる箇所あるけど、大体理解した。美しい光景は持ち帰れないから目に焼き付けるって事だね!」


 綺麗な景色に心が奪われる。


 魔力による結晶だが美しいのは間違いなく、持ち帰れないのが少しだけ残念だと思うのだ。

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