第8話 完治したシルヴィアと紋章制御
あの出来事から二週間が経過した。
やっと身体を自由に動かす許可を貰い朝の鍛錬を再開したのだ。
冷静になってみると、私とんでもない事を言ったよね。それでもシルヴィがあの言葉をきっかけに自分を許すのなら、言った事に対して後悔は何一つも無いと思っているけど…凄く恥ずかしい気持ちなのは変わらないかな…
思い返すと身悶えするやり取り、特に深い意味はなく、言葉に出してしまうと何もかもが終わりそうなシルヴィの様子に私は元々の関係で居て欲しい率直な気持ちを伝えたのだ。
それは昨日の話、シルヴィの身体が治り、朝から何度も繰り返し謝罪を言っていたのだが…
そのつもりがないとはいえ巻き込んでしまったと、何度も暗い表情で謝り続けていた。
それは私が初めてシルヴィと出会った時のような心を封じた辛い表情、余計なことは一切話さず、必要最低限しか話さない冷酷無慈悲な瞳は目を合わせるだけでゾクッと感じてしまう。
当時は他のメイドと違う素振りに何この人と率直に感じたが、次第に反応が欲しくなり様々なやり取りをした。時に怒ると怖いが喜怒哀楽を表に出すようになり、時々笑う表情も好きになった。
父様とサラマンダーの話を聞き、シルヴィの抱く闇を少し垣間見たような、誓約を結ぶ流れは不明でも不老と死の概念が薄い事が精神的に反映されていたと思う。
「シルヴィ、身体大丈夫?無理してない?」
父様の言うように聞いた秘密は一旦忘れて、私は純粋に身体が心配だった。
半聖霊の身体となり、誓約を破った事で身体の内側は想像できない事となったはず、それが口から流れ出る血の正体だった。
息苦しさは肺でその後の苦しみと吐血は腹部などの内臓器官、不老でも不死とは違う。死んでも蘇るという半聖霊の呪いに等しい。人の理から外れた事で生物の死が迫る恐怖は感じず、臆する事なくあらゆる事に対応できる反面、死が迫る恐怖は生存本能を高め、一時的に秘めた力を使えたり、時に閃きも出てくる。
父様とサラマンダーの話を聞く限り、それらがない。それどころか怪我の度合いで一時的に無視できる痛覚も変わらず、生物は一定以上の怪我や病気に痛みを軽減したり無視したり、一時的に気力を高めたりと、身の危険が迫れば迫るほど生に固執する。それらが無いと言う事は一種の拷問にも思える。
酷く激痛を受けても痛みの軽減がなく、死んでも再構築され誓約を守り続ける。紋章を宿した者の守護、それは終わりのない永遠の牢獄のようだ。破れば痛みを感じて死に再び再生後、同じような事の繰り返し、初めに見せていた暗く冷たい表情はある種の絶望が原因だと思う。
「クラウディアお嬢様、ご心配をおかけしました。私はもう大丈夫です、何回重ねても許されることではありませんが、私が軽率な言葉を言ってしまった事で巻き込んでしまいました。」
何度も繰り返す謝罪、それだけシルヴィは自分自身を許せないのだろう。
「私も何回気にしないでって言ってるのかな?謝ることはないよ、まず第一に私が気にしていない、特に何が起きたとかは無いからね。暫く軟禁されていたのは紋章関係みたいだし、だから…お願いだから…自分の事をもっとよく考えて、自分をそんなに責めないでほしいの…」
「私をお嬢様の専属から…」
「シルヴィ!!その先の言葉言わないでよ…」
私は続く言葉を聞きたくないと、言葉に声を遮るように重ねて止めた。
それは単純な言葉の意味ではなく、とても嫌な感じがしたからだ。
「クラウディアお嬢様…それでは私が私を許せないのです!!この世界に呪われた私の心を人の心に戻してくださったお嬢様を、守るべきお嬢様を私自ら危ない目に合わせてしまった事に対して許せないのです!」
シルヴィは私が知る中で一番大きな声を出し、感じた通り自分が許せないと言ったのだ。
「シルヴィは少し勘違いしてるよ、助けられたり救われたり、これまで何度も何度も助けてもらってるけど、守る守られるの関係じゃなくお互いに手を取り合って前に進んでいるつもりなの、守ってもらうのは心強いけど、私はその関係より互いを支え合って成長したいと思うの…シルヴィはそんな関係嫌かな?」
私は私が目指したい関係性を言葉に出した。
今回の事を抜きにしても最初に出会った時から目指す関係性は同じ、だから積極的に話しかけたり反応が薄いシルヴィに何度も何度も話す機会を作ったり、それこそ普通なら相手の方から嫌ってしまうような関わり方だろう。
「クラウディア…お嬢様…」
シルヴィは私の言葉が予想外だったのか、若干驚いた様子で言葉は続かないが私を呼び、そして静かに涙が頬を濡らしたのだ。
うええ、泣いてる!?
私ダメな事言ったの!?
ああ、もう!胸にしまっておくつもりだった事を言うしかないよね!!
「恥ずかしくて誰にも言えない秘密だけど、私はシルヴィの事姉様と同じぐらい大好きな…二人目の姉様だと思ってるんだよ…」
私は言葉に出した後、ものすごく恥ずかしくなり、顔に熱を感じつつ言っちゃった!と言葉にし難いムズムズした表情をしてしまう。
声に出している途中から火照る顔を僅かに逸らし、言い切って自分自身に身悶えした後、涙は止まったかなと恐る恐る顔を上げた。
シルヴィは更に涙を流していたのだ。
なんでよ!
「クラウディアお嬢様…私はこれまで厳しく、時にも厳しく、手を抜かず必要なら叩きのめす事も進んでおこないました。私をそんな風に思われていたとは…思っていませんでした。」
んん?わざと言っているのか違うのか、判断つきにくい事を言ってない?
父様もサラマンダーも模擬戦に驚いていたけど、滅多な時しか気絶まで追い込まれないし、打ち込む時に手心を込められてる感じはするけど…なんだろ、声に出されると何とも言い難いね。
「シルヴィがどうしても自分を許せず、私に罰を与えて欲しいなら、今後も離れず私のそばに居てよね!これなら文句はないでしょ!」
「お嬢様…」
「もう!涙拭いて泣き止んでよ、シルヴィは時々見せる笑顔も可愛くて素敵だけど、キリッとした普通の表情もカッコいいから、いつものシルヴィに戻って!って、私何言ってるのよ!」
私は泣き止まないシルヴィに思った事を考えるより先に言葉に出してしまう。
当然言った後に私自身が恥ずかしくなるのだ。
「本日より気持ちを改めて入れ直し、今後ともよろしくお願いします。私は剣にもなり盾にもなります。粉骨砕身の心構えで身を犠牲に賭してもクラウディアお嬢様をお守りいたします!」
「だから!その考えが違うって!自己犠牲しないでって言ったでしょ!でも、やっといつものシルヴィに戻ったね、これからも宜しくね!」
涙が止まり元の顔に戻り、意気込みを語るが求めていた言葉とは少し違う。
それでも、シルヴィの誓約を知ったからには破らせないように、共に助け合って前に進む気持ちで、今日からよろしくと笑顔で返した。
これが身悶えし続ける昨日の出来事だった。
シルヴィはこれまでと変わらないキリッとした表情で朝の目覚めを告げ、変わらぬやり取りと再開した朝の鍛錬を行う。
私が一人恥ずかしくなっているだけだ。
朝の鍛錬を終え、朝食を食べに向かう。
もうその時には昨日のやり取りは綺麗に消えてなくなるような、身体を動かすと悩みが消え清々しさを感じ、身体を動かした事でお腹が減り朝食の事しか考えていなかったのだ。
美味しい朝食を食べ終え、身体が完全に動かせると言う事で、ある意味ことの発端となった紋章制御の鍛錬を午後に行う事となった。
食後自室へ戻り、朝食を食べ終え戻ってきたシルヴィに改めて本日の紋章制御をすると伝えたのだ。
前が前なのでシルヴィは取り乱さず冷静だ。
私はふと、あの時の言葉を思い返し、シルヴィは確か聖霊に力を認めさせるような屈服させて制御するとも受け取れる事を言っていたはずだ。
一瞬シルヴィに聞こうかと考えたが、再びあの騒動を繰り返す可能性もある為、私は頭を左右に振り聖霊関係はダメダメと自問自答する。
聖霊に力を示し認めてもらうと仮定する。
相手がトカゲだったらどうだろうか?と、力を示す事が仮に模擬戦のような勝負の場合、私はあのトカゲモドキを攻撃できるだろうか?いや、無理だと思う…
あーもっと触れ合いたかった!!
アレを攻撃なんて私絶対無理…一回目は何この太ったトカゲモドキという感想だったけど、あの小動物可愛すぎるもん!
威厳溢れるように振る舞う仕草、見栄を張ろうと背筋を伸ばし腕?でいいか不明な両手を組み合わせる。人で言うところのエッヘン!仕草を気に入っているのか繰り返していた。
聖霊に関する話を含めて当たり前だが知識は豊富で、それを話すたびに褒めて褒めてと頭を撫でてもらいたいような仕草をしていた。
父様は所々で機嫌を取るように頭を撫でたり、その度に長い尻尾が嬉しそうに動いていた。
いや、あれ、トカゲ?違うよね…
考えるまでもなく当たり前の話だが、見た目と仕草で聖霊と言う認識ではなく、父様のペット認識に変わりつつある。
私が触れた時には何とも得難い感触で、聖霊特有なのか火の力を宿している為、ポカポカ温かく寒い時には有難いと、この領地の気候的には窓を開けない限り問題ないが、プニプニポカポカという感想しか出てこなかった。
いや、まてよ…紋章制御したら私専用の聖霊として呼び出し放題なのでは?
知能指数が低下しているのか、単純な考えを思い浮かべ、私は無意識にニヤニヤしていたようで、シルヴィに指摘をされてしまう。
すでに考えから外している召喚時の条件、一方の願いで呼び出せず、相手が応じる必要を忘れてしまうほど、私は気にいっていたのだ。
ワクワクするね!
そんな状態で昼まで座学を学び、昼食を軽く食べ、父様との予定時間になる。
当然のように行う場所を知っているシルヴィの案内で父様の待つ特殊な地下室へと向かう。
何も知らなかったらシルヴィは物知りだなという感想を抱くのだが、誓約を結ぶきっかけのダンジョンと知った後は複雑な気持ちで案内をしてくれているように感じた。
何が行われるのか聞けず、シルヴィも語らずだったが準備は万全に、既に知っているので不思議ではない準備、動きやすい服装で皮と何かの鱗で作られた軽装備、首元から胸までしっかり守り、左右の肩と脚部にも付けている。
中途半端な防具だと以前思ったが、かなり考えられた防具で一撃が致命傷となる部位を守れるように作られている。とは言っても金属フルプレートのような重厚感あふれる鎧ではないので、気休め程度、片手剣かつ盾を使わない私の戦闘スタイルは避けるか受け流すになる。隙を見つけて攻撃離脱が主なので、動きやすい方が良いのだ。
武器のホルダーを止めるベルト、片手剣と短剣をベルトに通し腰につける。
靴は足場が悪くても力強く踏み込めるように金属底で少し重たい分環境変化に強い装備だ。
本当の戦闘想定ならば道具など持ち込むべきだが、そこまでは必要ないはずだと言われた。
父様や姉様とは異なる装備だが、私の目指すスタイルは隙を剣で補う魔法剣士スタイルで、盾を握らず片手が空いている理由は魔法を使う為だ。
そうなんだけど…特大剣を振り回す父様も、特注の長細い大剣を使う姉様も、二人とも魔法剣士と自称してるんだよね。
どこから見ても重量系の戦士、特に父様は騎士甲冑という金属フルプレートの時点で見た目が違う。更に魔法を使っている姿は殆ど見ていない。姉様も影響を強く受けているのか、実用性不明なフェイスヘルムと変な防具を付けている。
あー思い出しちゃった…
私は姉様の姿を思い浮かべた事で、以前姉様に聞いた戦いのコツを思い出してしまったのだ。
『戦いのコツ?相手の動きより速く目の前に行き、相手の攻撃より速く攻撃するだけさ!』
私はその言葉を聞き、姉様に今後話を聞く事は無いだろうと思ってしまったのだ。
父様は違うが姉様はかなり直感で動くタイプ、だからこそ、自分ならこうだ!が人と違う。それは姉様だからできる事で、普通なら簡単にできない事も直感でできてしまう凄い人なのだ。
活躍を聞くたびに誇らしくなり、私と目指す先は違っても姉様の存在は私にとって憧れに等しいのだ。
姉様も手を抜かず日々鍛錬に励み、過去に細かく教えてもらえなかった出来事で大怪我を受け、その傷跡が残っている。領主の役割を果たす前に可能な限り力を試したいと、素性を隠して冒険者組合で特別な遠征に参加している。
「後少しで到着しますので、緩みきったお顔を直してください。」
「うぐっ!容赦ないよね…でもシルヴィのそう言うところは私大好き…って、私は何を…」
昨日の一件もそうだが、あの出来事に巻き込まれてシルヴィの事を知って以降、心に秘めておくべき言葉がスッと出てしまう。
距離感おかしくなってるかも…
実際シルヴィは特殊な半聖霊の影響なのか、言葉にハッキリださないと意図を汲みとってくれないようで、なるべき言葉に出すことにしている。結果的に後々恥ずかしさで悶えるのだ。
「ここから指定されている場所に向かいます。」
シルヴィは立ち止まりそう言うのだ。
私は「えっ!?」と驚いてしまう。
それもそのはず、今日も朝の鍛錬で使用した中庭の鍛錬場、その近くに様々な道具を入れている整備用の資材置き場があるのだが、その場所で立ち止まり此処だと言ったからだ。
朝食後の会話を思い出した。
『シルヴィアに案内してもらえば問題なく到着できるはずだ。先に準備が必要なので、一緒に行けなくてすまないな。』
そう父様が言ったので、シルヴィに伝えた所、問題なく案内できると、明確な場所は言われていないけど、あの話の通りならばワクワクと怖い地下のダンジョンだと思っていたのだ。
「ここって広いよね…でも私何度も入ってるから分かるけど、特別な場所は無いはずだよ?」
何度か片付けを手伝ったり壊れた的を入れ替えたりと中に入ったことがある。
使用用途の関係で大きく人が住めそうな広さ、内部は木材の道具、模擬戦用の武具、刃引きされた武器、木の的、各種掃除用具、整備用の油など、実際の武器として使える物や防具とはいかないが、綺麗に並べられていたり、手入れが行き届き初めて見た者は必ず驚く充実した資材置き場だ。
鍵が複数付けられた厳重さ、シルヴィはメイド服に仕舞い込む鍵束の中から、適切な鍵を鍵穴に差し込み次々と音を鳴らし開錠していた。
「普通の人が立ち入りできない場所なので隠してあるのです。詳しくは中で…」
シルヴィは私に何当たり前のことを言っている?と言うような眼差しでそう言うと、鍵を開けて扉を開いた。
窓がない特殊な作りの資材置き場は開いた扉より新鮮な空気が入り、代わりに若干埃と独特の匂いを感じさせる。
私この何とも言えない匂い嫌いじゃないね、本の乾いたインクの匂いも好きだし、何とも言えない閉ざされた空気感は好きだと言える。
一人頷き心の中でそう思う。
「見た目変わらず、使う鍵で何か変化するのかと思ったけど、そんな事なさそうだね。」
一定の価値がある鉄製の武具、一度も無いが奪われないように防犯意識で鍵を沢山つけていると思った。
実際四つの鍵が扉を開くには必要で、鍵を管理する人も別々で存在する。資材の入れ替えには最低二人の立ち合いが必要と徹底され、扉を開けるには無関係な鍵が余分にある。
私は冗談半分に、その鍵を使えば中の構造が変わるのかも!と少し思っていたのだ。
「そんな特殊な鍵があるなら欲しいですね。本来なら立ち入りを禁ずるべきですが、人は入るなと言えば入りたくなる頭の悪い生物です。だからこそ、繋ぐ道は隠していますが資材置き場として通常利用しているのです。」
シルヴィは手厳しいような事を言う。
実際その通りだと僅かな人生で私自身立ち入り禁止の場所を言われた好奇心で入った事がある。もちろんシルヴィに見つかり凄く怒られた為、ある意味的確な言葉は私を狙い撃ちしているようにも感じた。
私は何処がどうなるのかを部屋全体見まわし、あらゆるものが怪しく見えてしまう。
「時間が指定されていますので、推理中申し訳ありませんが私が仕掛けを動かします。」
シルヴィは私の考えを見透かしそう言うと、仕掛けを作動させ始めたのだった。
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