第4話 理解不能な理不尽と急展開の決着

 私自身何が起きたのか説明すら難しい状況、わかることはシルヴィが怪我をしている事、時間感覚が異常で私が酷く痛みを感じている事、考えようにも痛みと突然頭の中に響く声が邪魔をする。


 頭に直接聞こえる声が鬱陶しい!!


 声に出せないなら頭の中でそう強く思った。


 頭の中に声が聞こえることが普通ではないのだが、既に普通ではないことが多すぎるので、ある意味驚く感覚が麻痺しているようだ。


『我を鬱陶しいなどと思う者は初めてだな、本来なら焼き殺すのだが、楽しませた褒美として一度だけ殺さぬ。それと無理を通して我の領域に繋げた事は評価せぬが、久方に愉快な見せ物だった。傷を戻してやる、戻さぬと器の破損に繋がるやもしれん慈悲と思え。』


 私が鬱陶しいと思う気持ちが通じたのか、声に出せない分念じることで伝わるのか、原理は不明だが本来なら怒るような言葉をまるで面白いのか声の主は違う評価をしたようだ。


 言葉もそうだが、短剣を突き刺した事も知っているような声で身勝手にも私を一度だけ殺さないと言ったり、傷を治すのではなく戻すと言ったり、紋章を突き刺す行為は相当危険だったようで、器と称する意味も気になった。


 戻すって何?って!右腕の傷治ってる?時間感覚も戻った?でもこの場所から動けないのは何でなの?何が何やら…相変わらず声は出せないし、聞きたいことがあるのに!!


『何も知らぬ状態で立ち入ったのか、時間が無い故黙って聞け、我の領域に繋がる紋章の力が偶然起こした悪夢、偶然の産物故次は死ぬぞ。』


 何処の誰かわからないけど、頭の中に声流すのやめてほしいのだけど…紋章の傷治したのは感謝してる。でも、私よりシルヴィを助けてよ!!


『この先は関与せず立ち去るが良い、器としての価値は評価するがまだ早い。更に状況が良くないのだ。一度の邂逅すら干渉するのか、忌々しい偽りの神…極力手を出さぬ様に尽力する故、地に伏せ目を閉じ耳を塞ぎ何も答えず終わりを待て。』


 何なのよ…全身から声を聞くような気持ち悪いし、長々と一方的すぎるでしょ…


 !?


 一瞬だったが、私の身体と意識が離れたようにありえない感覚を感じた気がする。


 私の存在が私とズレた!?自分で言って意味不明だけど、何かこれ変な感じするよ!


『よもや力技で人の身で我の支配領域に迷いとは、直接の誓約とは異なるが、我も世界の仕組みに囚われた欠片、そこの愚者を殺せば終わる。本来の我と違うものでな、人の子よ、その場で動かぬなら命は取らぬ、愚者の処理を終えるまで誓約に縛られた結果を見るが良い。』


 同じように頭の中で声が聞こえる。


 聞こえる声は似たようなやり取りだったが、全く違うように感じる。


 そう頭の中で聞こえる感覚が違う、始めのは偉そうな言葉に僅かな優しさ、次に聞こえたのは圧倒的な恐怖、声が身体を支配するような縛る力?よく、わからないけど、上手く考えれないけど、同じなのに別だと思う。


『誓約に従うのは憤りしかないが、違えた事に変わりはない、命を返してもらう。』


 嫌な予感がする!


 動け私の身体!!シルヴィを守るんだ!!


「シルヴィに手を出すなぁ!!」


 私は強く願いを重ねた事で運良く身体が動き、シルヴィの前に立ち両手を広げた。


 脚が震える。身体もふらつく、強い息苦しさ、見えていないけど、何かいる。重圧、気を許せばこの場から逃げようと、最良なら死を願うほど、ありえない恐怖の塊だ。


『何故だか知らぬが一度だけ見逃すのだったな、我が我を繋げる契約は命を取らねば良いのだったな…絶望に果てよ、己の行いを悔い自死を選べ、それなら契約に反する事も無かろう。』


「ふぇっ?何これ…」


 目や耳、身体は無理やり動く、頭の中で声が広がった後からゾクゾクと強い震えに重ねて何も考えられなくなる。


 押し寄せる恐怖、ありとあらゆる方法の恐ろしい事を考えてしまう。それが幻覚や幻聴のように発生するような恐怖の塊、私の目の前でシルヴィだけではなく、知り合いが次から次へと命を自ら断つ幻覚、駆け寄っても間に合わず、声をかけても止まらず、手を伸ばしても触れれず、皆が『貴方のせいよ』と言って血の涙を流し死ぬ。


 同時に起こるはずがない出来事を同時に理解してしてしまう。何もできず私が私で無くなるような絶望感に震える脚は立ち続けれず、床に崩れ落ちた。


 それでも止まらぬ精神的な摩耗、一度紋章を突いた短剣が目に入り、これなら助かると良くないことを選びそうだ。


 子供とはいえ尊厳的な考えはある。特に最近強く感じ始め、今まで気にしなかったことも恥ずかしさを感じたり、人に頼まず自分でできる事は行う選択をし始めた。


 それは諦めず、極力涙を流さず、挫けず、最後まで目を逸らさず挑み続けるという信念だ。


 これほどまでに脆く砕けるのかと理解するより先に異質な環境は乾いた笑いを浮かべるしかできないほどに染められた。


 涙も鼻水も涎も恐れで汗が噴き出る中で、尊厳を気にする余裕はなく、それでも考えないと短剣に手を伸ばしてしまう。


 服が濡れて気持ち悪い、全身がムズムズ、幻覚とは思えない虫の群れ、巣の中に私を連れ込み肉を噛みちぎりゆっくり殺すような怖さ、視界に私の身体が入るたびに、皮膚の中から虫が出てきたり、皮膚の中に虫が穴を開けて侵入する。何度叫ぼうとしたか、幻覚や幻聴と思い込むたび、感覚は現実だと錯覚させるのだ。


 無意識に身体が動き始め、短剣が手に取れないならと服から出た皮膚を掻きむしり、露出させてしまった右腕を私は私の歯で何度も何度も噛みついた。


 おそらく、数え切れない絶望の結果、身体が自己防衛で傷をつけている。傷をつけて自らを保ち、痛みを知って生きている感覚に繋げる。


 何度も何度も胃液すら出なくなるまで吐き戻し、手を伸ばす体力も消えてしまうほど引っ掻き傷や噛みちぎられて肉が見えた腕が見える。


 見えてしまう。


 見えてほしくない。


 見たくない!!


 ああ、簡単な事だ…見えるからダメだ。


 そうだよね、聞こえるから怖くなるんだ。


 目も耳も無い方がいいよね…


 まって、私!何考えてるのよ!!


 爪が剥がれた指を目に近づける。


 痙攣する身体、血や胃液で汚す口はまるで笑いながら終わることを待っている。


 何で私、こんな目にあってるの、いや、絶対に嫌、誰か助けて!もう痛いのも怖いのも嫌!!


 何がダメだった?状況が理解できずに死ぬのは嫌、理不尽だ。


 死ぬにしても状況を知りたい、死ぬなら痛くない怖くもない死に方がいい、だから、誰か助けて欲しい。だれか、私の思いに気がついて…


 まるで空中から現れるような、天井付近が物のようにヒビが入り裂け目が作られる。そこから騎士甲冑を纏う豪胆な騎士が現れる。


「領主邸での狼藉、ここまでにしてもらうぞ!!俺の娘もシルヴィアも他の誰であろうが、手を出した報いを知るがいい!!」


 乱入した騎士は蒼色に光る特大剣を両手で握り、落下する動作に合わせて振り下ろした。


 何も見えない、何も居ないはずの場所、躊躇せずに狙っていたような重量を込めた攻撃だ。


 床に特大剣は届かず、何もない空中で止まる。だが、止まる瞬間に広がる衝撃波は何かの存在を確信させ、同時に重たく鋭い落下攻撃だ。


 バチバチと力と力が干渉した結果、稲光が発生しているように見える。


 その弾けるような音と光に薄ら見える透明の存在、理解できない輪郭が見えてしまう。


 輪郭だけでも人と違う何かだとわかる。似た生物は見たことがなく、全体を見ても理解できない違う存在だと、私は簡単にわかるからだ。


 再度強い光に衝撃波、騎士は受け身を取り床に着地する。歩く事や走る事とも違う別の動きで近寄ってきたのだ。


「遅れてすまなかった、よく耐えてくれた。このような事を避けるために制御を教えるはずだったが、とにかく話は後だな。」


 騎士は優しく私に手を伸ばし声をかける。


 それは見えてしまう幻覚や聞こえてしまう幻聴が収まり、騎士の顔もハッキリ見えた。


「父様…」


 何度かみていた鎧、武器は違うが声も含めて間違えるはずがない父様本人、ある意味正常に見えるように戻ったのだ。


 騎士甲冑の姿で背中に大きく真っ赤な紋章を浮かべ、火で作られたマントが靡く、蒼色の特大剣は揺らめくような力を感じさせる。


 父様はシルヴィの様子も普通と違う動きで確認する。そして父様は「気を失っているな、個々に居るということは…大体理解できた」と生きている事や何が起きたのかも理解したようだ。


「クラウディア、すぐに終わらせる。」


 父様は優しく私に声をかけ、その声に安心したのか力が抜け始める。


 ここで意識を失うわけにはいかないの!最後まで私の身体耐えてよ!


 絶望の数々や自傷の痛み、精神がすり減り消えそうな状態での安心感が意識を奪おうとする。それに抵抗するような、まるで強い眠気を耐えるべく目を見開き、向きを変えた父様の背中を私は見つめるのです。


 強く憧れの背中、紋章による炎を羽織るマントに宿し、騎士甲冑は幾多の戦いで慣れ親しんだ魔法付与の鎧、熱に耐性があるので燃えないのだ。


 姿が見えない相手、恐ろしさは感じなくなり、それは父様から流れる闘気に守られているような感覚だった。


『楽しんでいた最中に、我の領域に立ち入るとは愚か、一人を還す予定が二人に、今では三人還す必要が出来たようだな。』


「やはり話の通じない本体だな、貴様の力で貴様を止めるだけだ。紋章解放!炎熱付与!」


 背中に紋章を浮かべた状態は紋章術を使っているはずで、父様はその状態から更に紋章解放を宣言する。後に続けた力の真名、軽く聞いている紋章ごとに存在する力とは異なる初耳の力だった。


 浮かび上がる紋章が一段と広がり、燃えるマントは炎を強めて広がる。まるで炎の翼を宿すような、後ろ姿が勇ましく、床に伝う炎も私やシルヴィに届かない配慮をしているようだ。


 父様が普通と異なる動き方で、特大剣を両手で握り見えない何かを攻撃する。


 数回の動きに一度程度僅かに動きが見える。


 激しく何かが当たる音、雷鳴のような音は勇ましく、当たるたびに眩しい波動を発生させる。


 ごく稀に父様と模擬戦を行ったが騎士甲冑を着ることもなく、特大剣を使うこともない、蒼の異様な特大剣は父様の強さと合わさり無双の一振りとして攻撃が効いていた。

 

『面妖な!我から簒奪した力を還せ!!』


 頭に響く声は恐ろしさを感じさせず、余裕がある素振りも感じられないまるで焦る声のようだ。


 私は呆然と理解の外側で戦いを見守る。


 何度か至近距離で弾かれるような音が聞こえ、父様は瞬間的に距離を移動できるのか、時々見える身体は位置がバラバラだ。


 至近距離で音が聞こえるたびに、父様から生えている炎の翼が見えない何かを弾き退ける。


「俺を倒さず大切な娘とシルヴィアに攻撃が届くと思っているのか?」


『誓約は絶対だ!破った者を還すのも絶対なのだ!!我の力を利用して何故それが解らぬ!』

 

「意識も思考もせずに楔で縛られ、誓約に呪われた癖によく語る。内心イヤイヤで不本意なら一度手を引け!!」


『我に命令するなァ!!』


「紋章解放!聖霊サラマンダー、燃ゆる灼熱の闘琰を蒼き化身に宿せ!!」


 父様は再び知らない紋章の力を、今日知ったばかりの聖霊と付け足し、蒼色の特大剣に紋章が浮かび流れ出る青の炎、剣と呼ぶより燃え続ける炎があるように感じさせる熱量だ。


 横に剣を構えると身体が特殊な移動でブレながら残像を残し、高速とも違う一度の剣技で対象をあらゆる角度から斬り続ける。所々しか見えなかったが、流れるように繋がる剣技は残光を残し、見えない相手と床や天井までも青の炎が傷痕として刻まれたのだ。


 すごい…


 どれだけの移動をしたのか、高い天井や床に傷がつき私とシルヴィには届かない卓越した技量、一度の動作で何回斬りつけたのかさえ不明、何もない空間が傷痕を残している事実、見えないが何かいた事が間違いない現実だ。


 父様は元の位置に現れ、蒼色の特大剣に宿した青の炎を横振りで払うと、刻まれた傷痕から一斉に青の炎が発生する。それは一連の攻撃が終わったように見えたのだった。


『赦さぬ!!』


「俺も二人傷つけられ許すつもりはない…が、お前に同情できないとは思わん…力は再び集め直せ、今回はそれで終わりだ。」


『簒奪者風情がァ!!』


 頭の中で悔しそうな恨みを含める声が残響のように聞こえ、周囲に満ちた嫌な気配が消え去り、見えない何かは消えていなくなったと理解した。


「父様…」


 私は意識を必死に保ち、父様に感謝を伝えたかったが声に出すことはできなかった。


 父様は床に蒼色の特大剣を突き刺し、騎士甲冑で屈みにくいが無理やり私の頭に手を伸ばした。


 冷たくゴツゴツした金属に父様の温かみを感じ、安心感が強まる。


「俺の大切な娘よ、シルヴィアを守ったのは俺ではなくクラウディアだ。突然の事で気になることだらけだろうが、今は休むと良い、目が覚めた後にしっかり話す、だから今は守れた事を誇りに思い目を閉じて眠るのだ。」


 父様は優しくそう言うと、私は自然と意識が薄れゆく感覚を感じた。


 シルヴィ、どうか助かって…


 父様がまだ生きていると言っていたが、吐いた血の量は普通を超えていた為、意識が薄れゆく最中もシルヴィの事を考えていたのだ。


 突然の出来事で全く理解できない、できる人は絶対にいるはずがない、何度も挫けて諦めようと思った結果、苦しくて痛くて辛い選択もした。

絶対に選ばない自傷行為も行った。


 その全てが無駄ではなく、その結果シルヴィを守ったと父様に言われた事が何よりも嬉しく、意識が薄れなければ涙を流すだろう。


 父様の言う通り、身体を休めて起きたら今回の事をしっかりと聞き、関連する紋章の事を考え直した方が良いと思う。単純な血筋の力や特別な力だけで終われない力、それは使う使わない関係なくしっかりと真実を知る事、頭の中に聞こえた言葉の数々が意味深を超えていた事実を確認する事、聖霊の事も含めて知ることが多く、だからこそ身体をしっかり休めるべきと思うのだった。

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