第3話 突然の理不尽と厄災

 シルヴィが朝食を食べ終え戻ってきたので父様より紋章の制御を教えてもらうと伝えた。


 私は一歩前進したような謎の達成感に近い感覚をシルヴィに共有したかったのだ。

 

「な、確かに伝えはしましたが、流石に早すぎる!!ダメです!撤回させます!」


 初めて見るような焦り方でシルヴィは父様に抗議をしに行くようで、私は腕を掴み止めた。


「ちょっと!突然どうしたの?紋章制御をおしえてもらうだけだよ?」


 私は急に何事も冷静なシルヴィが豹変した事に驚きを隠せず、落ち着くようにも伝えたが、腕を掴んだ私の手に鋭い痺れと全身がゾクゾクする圧を感じてしまい手を離す。


「この状態ですのでお伝えしても問題ないでしょう、紋章の制御は神が領地に力の源として封じ込めた大聖霊を認めさせる事なのです!」


 な、何この重い空気…わけがわからないよ…


「何言ってるの?大聖霊?何かの物語?」


 私は物語が書き記された冒険譚に出るような聖霊に現実味がなく、憤りを感じている様子のシルヴィはそれこそ冷静さが消えているようで、おそらく本来話してはいけない言葉とも聞こえ、私は理解するより現実逃避をしてしまう。


「本来軽率に話すべき事ではありませんが、各領主の血筋が受け継ぐ紋章は領地と関連性があり中央領地より発動している障壁は…ぅぐぁッ!!」


 シルヴィは我を忘れるように憤りを言葉に出し、私に説明するように話していると、突然胸を押さえて苦しそうな声を出し床に崩れるよう倒れてしまったのだ。


 えっ?


 私は突然の出来事に唖然とする。


 脳が視覚情報を理解しないような目で見た事と考えている事が不一致の思考停止状態だ。


 空間が理解するより先に覆われるような言葉に出せない不自然、何か入れ替わるようなスイッチが切り替わるような感覚だ。


 バチンッ!とまるで強く痺れるように私は「ハッ!」と気がつき、心臓が痛い程強く鼓動する中、苦しみ続けるシルヴィに声をかけた。

 

「ねぇ!シルヴィ!!誰か!誰か来て!!」


 はぁはぁ…何でこんな時に限って近くに誰もいないのよ!!


 私は焦り頭が真っ白になりつつ、声をかけて離れるべきかどうするかを迷ってしまう。


 誰か誰かと大きな声で呼ぶ、息が苦しい、呼吸のタイミングってどうだったっけ?いや、そんな事よりシルヴィが大変なの!!


 過呼吸気味にうまく息ができず、苦しさよりも頭がぼーっとし始める。


 何これ、頭が…考え、うまくできない…


 私は困惑しつつ、何とか意識を保とうと頭を左右に振り、今はシルヴィの事だけ考える。


「うがぁぁ!!」


 突然シルヴィが人の発する声を超えるような、身体の苦しみが絞り出る声を発し始める。


 私は怖さを感じ、震えが止まらない手をシルヴィに伸ばすが、触れることに恐れを感じる。


 あり得ないと知りつつ、触れたことで崩れ壊れるのでは?と錯覚を感じる。


 私が躊躇していると、シルヴィは胸を強く抑え続けたまま叫び、突然血を吐き出した。


 血!?何で!何でよ!


 何が起きて、何が起きている!?


 訳がわからない!でも血を吐くのは絶対にマズイとそれだけは間違いないはずだ!


「こ、こんな時こそ落ち着け私、人を人を呼ばないと…何で誰も来ないのよ!」


 そう人を呼び続けても誰も来ない事が異常、使用人も食事をとり休憩も行う。初めはそう思い呼びに行くより、考えることなく目の前の様子を声に出すという行為を繰り返したが、誰一人として来ないのは明らかに異常だと、呼吸が乱れる中で微かに理解できた。


 私が人を呼ばないでどうするの、狼狽えて震えるだけだと誰も来ない、もっと冷静に考えないと、なら…本当は嫌だけど覚悟を決めるしかないよね。


 私は可能な限り深呼吸で冷静さと、そう覚悟を決めた痛みの気付けを行う。


 唇をわざと噛みちぎる。


 力を入れて勢いよく噛みちぎらなければ意味はなく、ぐっと意思を固めて行ったのだ。


 痛ッ!痛い!!


 ポタポタ…


 覚悟を決めてはいたが、顔が一瞬引き攣るような痛みを感じ、食堂の床に私の血が滴る。


 ズキッとする痛みは目論見通り冷静さを得られたのだ。


 人間の痛覚は不思議に思える。


 先程までの焦りや思考の霞は痛みと共にかき消され、考えないような行為が頭に浮かぶ。


「次は…父様ごめんなさい!我が魔力よ、魔法と変わり奇跡を起こせ、燃ゆる火球、ファイアボール!!」


 口を動かす瞬間痛みを感じたが、気にする余裕はないと即座に意識から切り離した。


 私は緊急事態と後で叱咤を受ける覚悟で多少の罪悪感を小声で謝り減らす。そして、体内の魔力を杖や触媒を用いず動かし意識を強め、イメージを強く固める。右の掌に火の塊を作り、出入り口の扉に投げつけるイメージだ。


 詠唱と魔法発動は成功した。


 毎日の鍛錬で成功率が高くなったとはいえ、この状況でうまく発動できるとは驚いた。


 火球が扉に炸裂すると風圧や熱を感じさせ、扉が強く吹き飛び、同時に足で強く床を蹴り、走る速く、この身一つで廊下に飛び出した。


 食堂に誰もいなかったとして、廊下には真夜中以外なら誰かいる。だからこそ、の爆発音と自身の身体で確認する手段を選んだ。


 万が一廊下に誰もいないとしても領主邸の中で魔法が発動したなら誰か一人でも気がつく事、魔法を気が付かずとしても扉が壊れた大きな音はそれこそ離れていても領主邸全体に響くと考えた。


「誰か!!何で!?誰もいない!誰も来ない!?ありえないよ!」


 私は大きな声で、そう叫んだ。


 血の気が引く絶望感、己の無力さに嘆き悲しむ。状況が特殊だからこそ、変な考えが浮かび続け、悪い方に嫌な方に勝手な考えが浮かぶ。


 私はこのまま、走って人を探しに行くべきだと考える。一歩足を踏み出そうとした所、今にも消えそうな声が微かに食堂内より聞こえた。


「クラウ…ディア…お嬢様…」


「シルヴィ!!」


 今にも消えそうな声で私の名を呼ぶシルヴィ、その声を聞き逃さず私は身体の向きを変えて全力で急ぎ近寄る。


 シルヴィは立ち上がることが難しいようで、力を込め支える。小さな声で近くの壁際にと聞こえた為、私は歯を食いしばり若干引き摺りながらシルヴィの背中を壁に預けた。


「申し訳…ありません…」


 苦しそうな呼吸、近くにいるとはいえコヒューと言う聞こえてはならない音が聞こえ、胸の辺りを押さえながら何かに対して謝る。


「気にしないでよ、シルヴィ無理して話さなくて良いから人呼んでくるから!!」


 私の呼びかけに応じず叫び続けた状態よりは幾分かマシだが、見るからに普通ではなく、視点が定まらないような意識が朦朧とする様子で呼吸は音を出し、激しく咳き込むと流してはいけない量の血が口から身体を赤く染める。


 いや、いやだ!!


 何が起きたのかもわからない!でもシルヴィがこれ以上身体保たないよ!!


 私は人を呼ぶから待っていてと伝えたのだ。


「違うのです…軽率でした…不注意で…巻き込み…申し訳…」


 シルヴィは身体を動かし始めた私を呼び止めるように、何が起きたのか、何が今も起きているのかを知っているような言い方で、私を巻き込んでしまったと謝るのだ。


 その言葉も途中で途切れ、血が口から流れ、顔色も悪く目も虚ろになり始める。


 時間がない!何かおかしいのは間違いない、冷静になれ私!焦るななんて無理だけど、そんな事気にする余裕もないのだから!!


 私は再び焦り始めた事で冷静さを得る為、右手で拳を作り頬を力一杯手加減せずに殴る。


 一瞬意識が飛びかけるが、ぐらっと傾く身体は痛みと衝撃で立ち直し、余計なノイズが頭の中から消えたようにスッキリした。


「意識を失ってる、呼吸も弱いけど脈もある。考えて、考えるんだ。」


 私は自分を強く殴ったおかげで冷静に言葉が途切れたシルヴィの様子を確認すると、次にどうするべきかを考える。


 焦り考えが上手くまとまらないと、誰かに助けを求め呼びに向かう方法こそ一番だと思っていたが、頬を殴りスッキリすると、その選択は違うのではないかと考えが浮かんだ。


 人を呼ぶが間違いないけど、魔法にも音にも反応せず廊下に誰一人も居なかった。


 私がシルヴィに人を呼ぶと言った時、この状況が何により起きたのか、自分の身体に何が起きたのかを知っている様子だった。


 あのタイミングで声をかけて止めたのは起きた事を私に知らせるつもりだった?謝る目的だけならシルヴィは状況判断が鋭いから違うはず、原因と共に対処方を伝えるより人を呼びに行かせるはず、私は治癒術や回復薬も持っていない事を一番よく知るのはシルヴィだ。


 それなら考え方を変えて、呼び止めた可能性の方が高く思える。人を呼ぶと言った直後に無理して何か話そうとした。呼びに行くことが無意味?意味わからない、それと同じぐらいに不注意と言ったことも気になるけど理解不能だ。


 考え方をさらに変えてみよう…


 私を巻き込みシルヴィの身に起きた現象は今も継続中、それは人を呼びに行くことが無意味な出来事で、かつその場の対処ができないと考えるべきだろう。


 そのきっかけは苦しむ前に話した紋章関係、紋章が特別と言う事は大抵の人が知っている。その特別性を知る人は殆どいない、話すことも本に書かれる事も、シルヴィに何度か聞いても時が来たらわかると毎回はぐらかされた。


 シルヴィが細かく知る理由は不明、領主の血筋かつ紋章を宿す者以外は何かを知っても細かな話をする事や書き記す事も禁じられている。更に通常の禁じられるとは異なる何かの影響を与える禁じ方で、冷静さが消えていたシルヴィは声に出し苦しみ始めたと考えるべきだ。


 巻き込むというのが目の前で苦しみ倒れたことに対してなのか、全く違うのかはわからないけど、紋章が関係しているなら…もしかして…

 

 それなら…やることは一つだよね。


 シルヴィの言葉を思い出す限り、真偽は置いておくとして紋章が聖霊による力、私が近くにいたから起きたら可能性も考えれる。今できる可能な事を可能な限り、身を捨てる覚悟で行う。それなら右腕の紋章に聞くしかないよね。


 考えついた最悪の行為、本音を言えば嫌、痛いのは嫌い。だけど、紋章が原因で今も影響を与えているなら、何かしら止める方法があるはず、それを考えたり調べる余裕はない、だからこそ気付けのように痛みで聞くべきだと考えた。


「シルヴィ、これが正解なのかわからないけど、やれることをやるから…短剣借りるね。」


 私は意識のないシルヴィの腰に付いている短剣を手に取り刃を出した。


 ギラっと輝く短剣、刃は鋭く研がれ、切れ味が良ければ痛みが少なくなりそうだと、ありえない事を今は思い込むように頷いた。


 右腕の袖を捲るのすら無駄だと、肩より服を裂き肌と共に淡く光る紋章を確認した。


 無関係とは思えない淡い光、何かしらの関連性があり力が発動していると、私は考えた。


「服の上からはわからなかったけど、いつもよりは光ってると思う…覚悟を決めたのに…手が震える…私の身体は私の意思に従え!」


 裂いた服を折りたたみ口に近づけ強く噛むと、可能性として高い紋章に左手で短剣を近づけ、ドクンドクンと痛く大きな音をたてる鼓動を抑え、服を噛むことでフッ!フッ!と荒い呼吸と瞬きを忘れて見開く目、覚悟を決めたとはいえ震えてしまう身体や左手、僅かな一瞬、身体の自由を…主導権を怯えという恐怖より取り戻し、強く噛み締め息を吐き左手を引くと同時に強く、躊躇なく、勢いを込めて右腕の紋章を短剣で突き刺した。


 一瞬、刹那とも言える時間が長くゆっくりと感じる感覚、勢いよく短剣の先が右腕の紋章に当たり始め、肉がゆっくりとプチプチ裂かれ、ゆっくりゆっくり短剣が進むたびに熱が広がり、ゆっくり広がる熱と異なる貫く痛みは理不尽にも僅かな一瞬を間延びされ、伸ばされた感覚に対して、痛覚は通常の感覚で発生しているようだ。


 理不尽だ。


 覚悟を決めて行ったが、その覚悟は即座に消え去り、涙を流し叫びたい、転がり痛みを減らしたい、何より肉が裂ける感覚を止めたい。


 短剣を突き刺す動作が確定した瞬間、勢いという力は一方に進む。本来一瞬で済む時間が長く感じるのは感覚の違いだけで、理不尽な痛みを止める手段は無いのだ。


 込めた力が終わるまでは短剣が肉を裂き痛みを発生させる。終わるまで止まらないのが当たり前だった。


 理解できていない時の流れ、指先一つも動かせない時間という概念の外側、その状況であらゆる意味の拷問に等しい痛みを知り、シルヴィの巻き込んだという言葉、何が今起きているのかを理解してしまった。


 時間の流れが狂っているのではないか?


 正確には私とシルヴィ以外の時間が止まっている可能性、この考えは本来ありえないが、他の何よりも可能性があると、今の引き伸ばされた感覚が時間に影響を与えていると考えた。


 それよりも痛みが更に強くなり、麻痺し始めた痛みを上書き新たな痛みを感じさせる。痛みと短剣が進むにつれて増える激痛、脳に達して戻り繰り返される痛み、これ耐えれない!でも何もできない!と無力さを感じてしまう。


 誰でも良いから!もう無理!止めて!!


 言葉にできない感覚が広がり、突然頭の中に何か声が聞こえ始める。


『単純な痛みすら堪えれぬ脆弱な人の子よ、願いを叶えるのも可能だが、代償と誓約を破る愚者の命を貰う。このまま気が狂うのを見て楽しもうかと思ったが、自ら身体を捨てるなら直ぐ楽にしてやるぞ?選ぶが良い。』


 初めての感覚、頭の中で声は誰も未経験で、痛みを感じる最中に考える余裕すらなく、所々の言葉を聞き逃した上、選ぶも何も声が出せない。突然頭の中に声を伝え、内容の一部も酷く何様だと、私は怒りが湧き始めてしまう。


 あーもう鬱陶しい!!五月蝿い五月蝿い!まずは無条件で時間を戻すのが先決でしょ!!


 冷静でも焦っていても私が頭の中で考えた言葉は明らかに自分勝手、ことの発端を抜きに紋章を貫いたのは私、何故したのかは不明でも考え選択したのは間違いなく、それを聞こえた声の主に怒り含めて理不尽さを押し付けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る