第24話 お前を許さない⑤

 「河津さんって……女の子が好き、みたいなの」

 「へー、そうなんだ」


 なぜか、意を決したような口調で恐る恐る言う露草さんに対し、冬馬さんは頬杖をついて、さしたる興味も無さそうな表情だった。


 「え?」

 「今ドキそこまで珍しい話じゃないでしょ」

 「そ、そうだよね、うん、あたしもそー思う、んだけど……あの、友達が河津さんと話す機会があったって言っててね、それで……」


 露草さんは「えへへ」と愛想笑いをして、話を続けようとする。

 わたしは「ん?」と思った。彼女から変な湿度を感じる。わたしたちの反応を探っているような……わたしというより、むしろ……。


 「……もしかして、イツキのことも知ってるの?」


 そうわたしが尋ねると、露草さんはおずおず頷いた。


 「叢雲さん、割と有名だよね。サークルでもそんな話してたって……ああ」


 冬馬さんは何かに納得したように頷いた。わたしの噂が流れているならイツキについても当然だろう。人の口に戸は立てられないものだ。まぁ、イツキに関しては自分がビアンちゃんであることを隠していないから……そもそも隠す必要があるのか、という話だけれど。言う必要があるかと言われたら、それもどうかとは思う。


 「じゃあ、もしかしたら……二人は付き合ってたりして、ね」

 「えぇっ!?」


 冬馬さんの言葉に、わたしは思わず立ち上がって反応してしまった。ガタン! とその拍子に椅子がひっくり返って大きな音を立てた。ラウンジに集まっていた学生たちの視線がわたしに突き刺さった。


 「そ、そ、そうなの!? 噂!? それともマジで言ってる!?」

 「た、ただの下衆の勘繰りだって。ごめん。口が滑った。落ち着いて。どうどう」


 気付けばわたしは冬馬さんの眼前に迫っていた。わたしは慌てて席に座り直して、崩れてもいない前髪を整えるフリをする。どうしよう。目に見えて動揺してしまった。

 ……動揺? なんで?


 「……花村さんさー」


 冬馬さんからじとーっとした目線を向けられ、わたしは肩を強張らせる。


 「な、なに」

 「これも下衆の勘繰りなんだけどぉ……」

 「言わないで」

 「叢雲さんのこと好きなん?」

 「言うなってぇ!」


 うわああ! とわたしは頭を抱えて髪の毛をもみくちゃにする。


 「別に好きじゃないし! 全然、これっぽっちも好きじゃないから! 勘違いすんな!」

 「えー……好きじゃん、その反応はどう見ても。なぁ、モユ?」

 「うーん……あはは……」


 冬馬さんの呆れ声に、露草さんは肯定も否定もしない曖昧な声で応えた。わたしは目をギュッと瞑ってテーブルに突っ伏した。


 「わたしは……ダメなんだよ……もう、恋愛なんてしちゃダメなんだ……」

 「そんな、ダメってことはないっしょ。誰でも好きになっちゃったら好きになっちゃうもんじゃないの」

 「ダメ、なんだよ……バチが当たる……っ」


 緩みそうな涙腺を無理矢理締め上げて耐える。このまま泣いたらメイクが崩れる。すっぴんは死んでも晒したくない。誰にも。わたしの弱さを露呈させて、誰かに迷惑なんてかけたくない。


 「花村さん……?」


 心配そうな声を出して、露草さんがわたしの肩に触れてくる。優しい子だ。少なくとも、彼女の声音からは打算や見下しの感情は感じ取れなかった。

 そんな風に裏を見ようとするのは、自分に裏があるからに他ならない。

 自己嫌悪と共に、わたしは顔を上げた。


 「ごめん、ありがと。全然へーきだから」

 「でも……」

 「単に恋愛に向いてないってだけ! わたしがね? 別に誰かに対してってわけじゃなくて、わたし、人間関係下手くそだからさ、だから────」

 「わかる!」


 と、なぜか冬馬さんに手を強く握られた。


 「へ?」

 「わかる、わかるわ。その気持ちアタシわかるよ。花村さん……いや、ハカゼ!」

 「え、うん、どうも……?」

 「アタシもどうもうまくいかないこと多いんだよ……うまくいかないよな、人生! それでもなんとかやっていかなきゃ! これから先長いんだよ、人ってなかなか死ねないから!」

 「そ、そうだね……?」


 何かでスイッチが入ったらしい冬馬さんが熱弁を振るってきて、わたしは赤べこみたいに頷くことしかできなくなった。


 「ね、頑張ってこうよ、一緒に! 同盟組も!」


 だけど、彼女のある種場違いな熱血のおかげで……先ほどから自己嫌悪から湧き出したモヤモヤが、少しは吹き飛んだ、気がした。


 「……そうだね、同盟? 組も。えっと……シノブ?」

 「うん! 友達な! これでな!」

 「ちょ、ちょっと、ウチのこと置いてかないでよぉ」

 「ごめんごめん、じゃあ、モユちゃん?」


 はは、とシノブはからから笑った。


 「モユはちゃん付けなんだ」

 「うん。なんか、ちゃんって感じがする。ちゃんっ、って。軽そうだし」


 モユちゃんは不満そうに唇を尖らせた。


 「なんか、それ子どもっぽいって言われてる気がする……」

 「なんでだよ、モユは可愛いよ。なぁ? ハカゼ」

 「そうそう。可愛い、可愛いよーモユちゃん」


 わたしとシノブ二人でモユちゃんの頭を撫でていたら話が丸く収まって、三人でほんわかした空気になった。

 ────その時だった。


 「あ、河津さんだ」


 無印良品全身コーデがラウンジの出入り口から見えた。モユちゃんが反応した。


 「あれ、隣にいるのって……」


 河津さんの隣にいるのは、毛先を染めたウルフカットの強そうな女の子で、メイクもコーデも相変わらず隙が無い仕上がりで────

 でも、わたしの知らないイツキだった。

 イツキは河津さんの腕にしがみついて、肩を震わせていた。

 彼女の肩は、あんなに細くて小さいのか、と……その時わたしは初めて知った。


 「ハカゼ……!?」


 シノブの切羽詰まった声と共に肩を揺さぶられて、わたしの滲んだ視界からレイヤーがポロリと剥がれ、鮮明になった。


 「え……」


 涙を流していたことを、わたしは初めて自覚した。

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