第22話 お前を許さない③

 「さて、改めて説明させてもらうと、このゼミは『犯罪者処遇法』のゼミです」


 各々席についたわたしたちへ、良海先生は説明を始めた。


 「って言っても犯罪者処遇法、なんて法律はないんだけどね。あくまで『犯罪者』を『処遇』する法律の集まりを便宜上、そう呼んでいるだけです。これは要するに、刑務所を出所した人、あるいは不起訴になった人など、犯罪を犯した人がどうやって社会に復帰するか、それをどうサポートしていくか、という大変大事なものなんです。ですが……すっごいマイナーで法学部でも法科大学院でもぜんっぜん教えられてない分野という……だからまぁ、誰も興味ないんだよね。困ったことに」


 現に入ゼミ希望者が五人しかいないし、と先生は笑う。


 「でもまぁ、その分一人一人の面倒を見られるかな、と思います! 私自身初めて自分のゼミを持つので至らない点はあるかと思いますが……こう見えても元は検察官として働いてきました。法律ってどんな世界なの? ってところを具体的に教えてあげられると思います。将来法曹になりたい人もそうじゃない人にもタメになるようなことをしていきたいです。改めて、私は良海シズカといいます。よろしくね」


 シームレスに自己紹介が終わった。わたしたちは慌てて拍手する。


 「それじゃあ、学生さんたちも自己紹介していこうか。これから同期として色々関わっていくだろうからね。誰からする?」

 「はいっ」

 「お、じゃあ河津さん。一番手」


 すぐさま手を挙げた河津さんが立ち上がり、わたしたちに向き直った。


 「河津コイトです。東京出身の二年生です。このゼミに入った経緯としては、将来検察官になりたいというのと、昔、良海先生にお世話になって、それで先生が退官して教授になるというお話を聞き、先生にご教授願いたいと思ったからです。これから約2年間、皆さんと充実した勉強をしたいと思っています。よろしくお願いします」


 おおー……と感心して拍手してしまった。すごい。見事なまでに良海先生以外に関心がない。最後にとってつけたみたいな言葉が余計そう感じさせる。昔ってなんだろう、勉強教えてもらってたのかな……。

 先生をチラと見ると、うんうん、と満足げに頷いている。自分と同じ職業を目指してくれる学生がいると嬉しいのかもしれない。


 「あ、じゃあ次アタシいきまーす」


 と、次に立ち上がったのは冬馬さんだった。立ち上がると足の長さが目立つ。というか座った時の大きさが隣の露草さんと同じくらいだった。二人の身長は頭ひとつ分違うのに、どれだけ足が長いんだ……。


 「ども、えー、茨城出身、二年生の冬馬シノブです。高校ん時はずっとテニスやってて、大学もエスカレーターで入りました。ここのモユと同じ高校で、中学と小学校も同じでした。ずっと一緒の部活で、幼稚園も……あれ、モユって保卒だっけ?」

 「そ、そんなとこまで言わなくていいから……!」


 話が脱線した冬馬さんの腰をぺちっと露草さんが叩く。「いったーい」と冬馬さんはヘラヘラ笑うけど、全く痛くなさそうだ。楽しそう。


 「まぁ、そんなわけであんまり勉強勉強したことなくて、ガチガチなゼミはめんどくさいなーって思ってたんですけど、モユに誘われて、このゼミなら始まったばっかで自分のペースで色々やれるかなと思って入りました。あっと、よろしくお願いします」


 へぇ、なるほど。二人は幼馴染だったのか。大学生からの友達にしてはやけにイチャイチャしてたというか距離感がしっとりしてた気がしたけれど、わたしの勘はどうやら当たっていたらしい。冬馬さんの、あのほっそりしてる中で骨格ががっしりしている体型はスポーツで培われたものだったようだ。


 「次モユいけよ」

 「えー……緊張しちゃう……まぁ、もう同じか」


 んっ、んんっ、と露草さんは咳払いしながら立ち上がった。


 「初めまして。露草モユです。先ほどシぃちゃんのお話にも出ましたが、この人と同じ茨城県出身です。ゼミに入った理由はちゃんとしたのがあって、あの、先生、すごいかっこいい女性だなーって思って……」

 「あら、嬉しい。ありがとう」


 言葉通り嬉しそうな先生の声が聞こえたその瞬間、河津さんがギャン! と鋭い目つきを露草さんに向けた。

 おいおい、あからさますぎるだろ。呆れを通り越して面白くなる

 幸いにも露草さんはその視線に気づいていないようで、話を続ける。


 「将来のこと、色々迷ってて、その時なんとなく、先生みたいにかっこいい人になれたらなーって思って……だからお話しを聞きたくて、このゼミに決めました。でも一人じゃ不安なのでシノちゃんを誘ってみて……っていう経緯です」

 「あれ、モユそんなこと考えてたんだ。知らなかった」

 「あのさぁ……何回も何回も相談したでしょ、シぃちゃんいっつもウチの話聞いてくれないのなんでなの!? ……あ、ごめんなさい、すみません、以上です……」


 怒った露草さんとケラケラ笑う冬馬さん、その状況に、二人は仲がいいんだなぁ、とほっこりするわたしたち、という構図だ。約一名を除いて。

 さて、あと残るはわたしかイツキだ。最後の一人はプレッシャーがあるから、ここは先に手を挙げて────


 「はい」


 などと考えているうちにイツキに立たれてしまった。あーあ。


 「叢雲イツキです。愛知県出身です」

 「えっ」

 「え?」


 わたしの反射的な疑問符に、イツキも鸚鵡返しし、わたしは慌てて口を手で塞いだ。イツキは咳払いして、自己紹介を続ける。


 「えっと、ゼミに入った理由は、友達が……河津が入るって決めてたのと……」


 しかし、わたしの耳は完全にイツキの自己紹介をシャットダウンしていた。先ほどの言葉が脳内でぐるぐる巡ってそれどころではなかった。

 愛知県出身って……同郷ってこと?

 何を隠そうわたしも愛知県出身だ。このことはお互いに知らなかったはず。だって、出身地についての話なんかしていないんだから。

 いや、いや、落ち着け。動揺することはおかしい。わたし達はあの日セックスするまでは特に仲良くもなかったし喋ったこともほとんどなかった。知らないのは当然だ。それに、わたしは名古屋市出身だけれど、イツキはどこ出身か分からない。愛知とひとくくりにしても広い……はずだ。


 「よろしくお願いします」


 気づけばイツキの自己紹介は終わって、わたしの番になっていた。


 「えーっと、どうも、よろしくお願い、します。花村ハカゼ、です」


 一瞬自分の思考に溺れていたからか、頭の切り替えに時間がかかっている。たった五人からといえども、視線が集中するのは緊張する。それによく考えたら女子しかいないじゃないか。わたしは女子に好かれない性格と言動をしてしまうから、余計に緊張してきた。


 「えーっと、えと、その……わたし、あんまり、その、褒められるような性格じゃなくて。最近もわたしの性格のせい……もあるんだと思います。ちょっとトラブっちゃって。昔もちょっと、そういうことがあって、あー、ダメなところ繰り返してんなわたし、って。くだらねーって……」


 あれ、何を言おうとしてるんだ? わたし。


 「でも、ここにいるイツキが助けてくれて、偶然かもしれないけど、一緒のゼミに誘ってくれて……わたしにとっては勿体無いなって。大袈裟かもしれないけど、でも、そういうこと蔑ろにしちゃダメだぞって、思うんです」


 考えてもないのに言葉がすらすら飛び出ていく。言葉に羽が生えているみたいだ。

 だから、きっと、無意識の中にある本心なのかもしれないな。どうせ五人しか見ていないんだし、どうにでもなれ。わたしはわたしに自分を委ねることにした。


 「さっき先生の話を聞いて、わたし、そういう人の近くにいたなって。そういう人っていうのは、犯罪を犯したり、犯しそうになってたりする人で……あれ聞いた時ふと、その人とわたしの違いってなんなんだろうって思ったんです。男と女の違いとか、ある時はあると思うんですけど……でもそのきっかけがわたしだったりすることも、あり得ることだし……だから、そういう意味で、さっきの処遇するってお話に、なんていうか……すごく興味が湧いて。前までは犯罪者って宇宙人みたいなものだと思ってたんですけど、先生のちょっとしたお話がきっかけでも、きっとわたしと同じ、サポートされるような『人間』だったのかなって、思ったり……」


 はっ、と我に帰る。みんなボケーっとわたしを見つめたままだ。空気が寒い。しまった。ダラダラ喋りすぎた。冷や汗が出てくる。


 「えっと、だから、興味出てきたので頑張ります! 勉強も! よろしくお願いします! 仲良くしてください!」


 頭を下げて急いで座った。うわー、もう次のゼミの時間に行きたくなくなったな……。


 「うん、いいことだと思います。気づきを得てくれてありがとう」


 しかし思いもよらず、良海先生がわたしを見つめ、声をかけてくれた。


 「花村さんのように、私がこのゼミを通して伝えたいのは、この『気づき』です。犯罪者が事件を起こしたり裁判したりする時はニュースでやってたり新聞に載ったりするでしょ? でもそれは有名であったり重大な事件だけ。他にももっと色んな事件が日々起きている。その数だけ出所者や不起訴処分になった人もいる。しかし、その人達はほとんど世間に知られない。だけど確かに、社会には存在する。だから偏見やギャップ、生きにくさが出てくる。これらはみんな気づいていないから起こることなんだ」


 先生はわたしたち一人一人の目を見つめてくる。

 いい先生だな、と思った。話す時に目を見てくれる。学生と侮らず、対等な人として見てくれる証拠だ。


 「もちろん、君たちの中にもさまざまな意見はあって然るべきだと思う。重要なのは、何を見てどう判断するか。そこから生まれた意見はいかなるものでも大切なもので、これから君たちが社会に出るにあたってすごく勉強になるものだと信じているよ」


 先生はわたしたちに笑いかける。


 「これからよろしくお願いします。一緒に楽しんでいきましょう」


 いい雰囲気になったところで「あ、それと」と先生は付け加える。


 「私はお酒と飲み会が大好きなので、みなさんぜひ飲み会を開きましょう! ぶっちゃけて言うと飲み会がしたいからこのゼミを引き受けた部分もあるので! よろしくね!」


 あははは、と周りから笑いが溢れた。わたしも飲み会は好きだから気が合いそうだ。思いがけず先生に褒められたせいか、なんだか女子だけでもやっていけそうな気がした。

 わたしって、思ったより単純な人間なのかもしれない。

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