第20話 お前を許さない②
「ワタシはお前を許さない。絶対に」
「ど、どういうこと……わたし、河津さんになんかした……?」
「ちょっ、河津! どうしたの!?」
混乱する頭でなんとか絞り出した言葉に、河津さんは何も言わない。ただわたしを睨みつけるばかりだった。
河津さんはイツキにちらりと視線を向ける。
「どうしたのって……ワタシは友達を傷つけるような奴は許せないだけ」
「傷つけるって……誤解だって! 私、ハカゼに何もされてないよ!」
「本気で言っているの? それとも誤魔化してるだけ? 思うんだけど、叢雲。それじゃあ、あなたはいつまで経っても報われないままだよ」
「あの、何の話────」
「花村は黙って」
ぴしゃりと一刀両断され、口を閉ざさざるを得なくなった。
緊迫する空気。見上げることしかできないわたし。口を真一文字に引く河津さん。おろおろするイツキ。声を上げたくても何が正解か分からない中、わたしたちの膠着状態をぶち壊したのは────
「こんにちはー。どうも、はじめましてー。法学部二年の冬馬シノブでーす、け、ど……あれ?」
知らない人だった。飄々とした雰囲気の子で、センターで分けた前髪から覗く涼し気な奥二重の目が印象的だ。そして薄い唇、卵型のつるっとした顔立ちとすらっとした長身で、典型的な日本のクール美人、といった雰囲気だった。
「シノちゃん、ダメだって! なんかお取込み中っぽかったからぁ! きっとゼミの教室もここじゃないんだよ!」
シノブ、と呼ばれた女の子の後ろから別の女の子が茶色に染めた長い髪をウェーブに靡かせながらやってきた。こちらは対称的に顔が幼く背も彼女より小さく、清楚なアイドルっぽい顔立ちだった。
「えー? でもここ三号館の201だよ。確認したもん。モユ、ビビり過ぎ。ねぇ、ここって
だぼっとしたジーンズのポケットに両手を突っ込んで、モユを背中にしたシノブはわたしたちに尋ねてきた。わたしたちは顔を見合わせ、この状況をどうしよう、と思案した。
すると、
「あ、全員集まってる?」
と、スーツをびしっと着こなしたセミロングヘア―の女性が教室へ入ってきた。
誰だ……? 新顔が多すぎてもうわけがわからないぞ……!? と目をパチパチさせていると、河津さんが急にわたしから興味を失くしたかのように身体を翻した。
「良海先生っ!」
「ん、河津さん。今日も来てくれたの? ってことは、やっぱりうちのゼミでいいんだね?」
「は、はいっ、もちろんです……」
ん? とわたしは首を傾げた。あのぶすぶす突き刺すようなプレッシャーがすっかり消えて、河津さんは良海先生に向かってもじもじしている。先生を呼ぶ声にハートマークが付いている気がした。
……まさかぁ。
「だ、大丈夫? ハカゼ」
イツキが手を差し伸べてくれた。「ん、大丈夫」とわたしは彼女の手を借りて立ち上がる。
「でも、なんか誤解があるみたい。そもそもわたしとイツキ、大学からだもんね。イツキからも言っといてよ」
「……うん、そうだね」
イツキはなぜか言い淀み、ぎこちなく頷いた。
「…………?」
「えーっと、じゃあ今日ここに来てくれた人たちがうちのゼミに入ってくれる生徒ってことでいいんだよね? 一応、今日が最終選考日ってことになってるから」
良海先生がホワイトボードの傍にある教授席に座り、わたしたちを見渡した。見たところアラフォーくらいだろうか。出来る女オーラが否応なく伝わってくる。この人の授業を眠ったら怖いだろうな、という感じだ。表面上は穏やかだけど、怒ったら相手を泣かせるまで容赦しないだろう。
「
冬馬さんが手を上げて口を開く。
「わ、ワタシももちろんですっ」
と言う河津さんの声のトーンが一つ二つ上がっている。
「私もです。ハカゼは……どうする?」
と、イツキから問われる。彼女は純粋に、先ほど険悪になった空気を気にして尋ねたんだろうけど、タイミングがタイミングすぎて、教室にいる全員がわたしを見つめた。
これ……断れないぞ……?
わたしは意を決して言った。
「わ、わたしもここ……です」
「よし! じゃあ君たちが我が良海ゼミの記念すべき一期生だね! 歓迎します!」
ぱちぱちぱち、と良海先生は嬉しそうに拍手した。控えめに続いたのは冬馬さんと露草さんで、イツキはわたしと河津さんをちらちら見て、河津さんはわたしとは一度も目が合わなかった。
どうしよう、わたし……新しい環境でもクラッシャーしちゃうのかな……したくてするわけじゃないのに……。
えへへ、と浮かべている愛想笑いとびっちり固めた前髪の裏は冷や汗まみれだった。
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