第20話 お前を許さない①

 「そろそろゼミ入んなきゃ時期じゃん? イツキどこ入るとか決めた?」


 ある日のお昼休み、わたしはイツキと学食で昼食を食べながらそう尋ねた。わたしたちの大学は2年生の秋学期に入るとゼミ見学が始まり、10月頃に入ゼミするプログラムになっている。本来なら色々なゼミを回って決めるべきだが、わたしの方に色々あってそれが出来ず、わたしに付き合っていたイツキも同じ状況だ。

 現在は三次登録の時期だ。就職や進学に有利なゼミはほぼほぼ定員が埋まってしまっているだろう。選択肢が多いとは言えなかった。


 「そのことだけど……せっかくだからハカゼを誘おうと思ってて。このゼミに興味はない?」


 イツキはスマホの画面を見せてきた。ゼミ情報が書かれたシラバスだ。名前は『良海よしみゼミ』。今年度から始まったゼミらしく、犯罪者処遇法を専門とするということ以外、詳しい内容は何も書かれていない。

 しかし、わたしにはそんなことどうでもよかった。イツキが誘ってくれた、その一点だけでわたしは有頂天になった。


 「えっ、決まってんの!?」

 「うん、友達がそこに入るって決めてて。私も付き合おうかなって」

 「友達ぃ!?」


 そして一気にテンションが下落した。わたしが最優先じゃなかったんだ……という無意味な落胆だ。そんなの当たり前だ。大仰に驚くわたしにイツキは眉を顰めた。


 「え、何、そのリアクション……私にも友達くらいおるよ」

 「いや……う、そう……だよね……分かってんよ……」


 しかし思い返せば、わたし以外と喋るイツキを大学内で見たことがない。最近は特にわたしを送り迎えしてくれるし、わたしと授業のほとんどが被っているから、大学でわたしとしか過ごしていないはずだ。

 これじゃ、わたしがイツキを独占というか、束縛してるみたいになっている……! そう自覚すると急に不安になってきた。


 「ご、ごめんイツキ……」

 「何が? どうしたの?」

 「と、友達と過ごせてる? わたしばっかりに構ってないで、その、いいんだよ? もうわたし一人で……」


 わたしがおずおずと言うと、イツキはいきなり笑い出した。


 「あはは! 何よ、それ。しおらしくなって。ハカゼらしくないよ」

 「え……?」

 「別にいいよ。ハカゼに付き合う、って私が決めたことだから。それに友達って言っても、ずっとべったりしてるような関係じゃないし」


 イツキはカルボナーラをフォークでクルクルと巻き取った。


 「話を戻すけど……そのゼミ行ってみない? 入る時に面接もレポートもいらないし、卒論もないらしいから、単位取るだけなら楽だと思う」

 「そ、そんな楽単ゼミ存在すんの?」

 「あるある。去年出来たばっかりの新しいゼミだから噂になってないだけ」


 フゥン、とわたしはサンドイッチを頬張った。そんな優良ゼミがまだ残っているなら入らない手はない。ただでさえ授業の単位を取ることだけでも大変なのに、ゼミにまでリソースを割く訳にはいかない。大学生は忙しいのだ。

 それに、イツキと一緒なら安心だ。初めてのグループに所属する時、顔見知りがいると心の楽さ加減が全然違う。


 「行く! 連れてって!」


 わたしはテーブルに身を乗り出して答えた。

 その後の三限を終え、わたしたちはゼミを見学しに教室へ向かった。三号館の201室だ。わたしたち法学部のある八号館ではない、しかも小さな教室しか割り当てられていない、という点で、本当に出来たばかりのこぢんまりしたゼミなんだな、と思った。

 教室に入ると一人、先客がいた。

 いかにも真面目そうな女の子だ。ボブカットに化粧っけのない顔。商店街の寂れたブティックで売っていそうな柄ものの上着に、無地のシャツ、スキニージーンズ。正直言ってダサい。

 なのに顔はめちゃくちゃ美人だった。ぱっちり開かれた目とスッキリ通った鼻筋、開かれた口からは真っ白で整然と並んだ歯が覗く。ちょっと表情がきついけど、天然ものの美人だ。可愛くなろうとしなくても可愛い人だ。その顔だけでダサいはずの服がおしゃれに見えてきた。いいなぁ……才能だ……。

 わたしがポカンとしていると、彼女はわたしたちに気づいて、こちらへ歩いてきた。


 「叢雲。お疲れさま」

 「もう来てたの? 河津かわづは早いね、相変わらず」

 「三限ないから、ワタシ。言わなかった?」


 イツキが親しそうに彼女と話している。わたしと喋る時と異なり、なんというか、リラックスしている感じだ。

 はぁ? なんで? なぜかムカつきかけて、慌てて自分を取り戻した。元々わたしはイツキと仲良くなかったし、しょうがない。こうやって一緒にいるようになったのも最近だ。そもそも……わたしはイツキの友達じゃないし……。

 おそらく、彼女がイツキの友達だろう。河津、と呼ばれた彼女はじっとわたしを見つめてきていたから、わたしは彼女に会釈した。


 「こ、こんにちは。イツキの友達、だよね?」

 「ごめんごめん、紹介する。この人は河津コイト。私の高校生の時からの友達。予備校が一緒だったんだよね」

 「よろしく、河津さん」


 イツキの紹介を受けてわたしが手を差し伸べると、河津さんは無言で握手してくれた。しかし、どうにも不愛想だ。

 ……あれ、もしかしてなんか、わたしの好感度低い? 初対面なのに? わたしみたいな養殖の美人は天然の美人にとって気に食わないのかな……。

 次に、イツキは河津さんへ向き直る。


 「で、こっちが花村ハカゼ。私の……サークルが一緒だった、でいい?」

 「なんで疑問系なんだよ。それでいいよ、もう」

 「はは。ていう感じで────」

 「そっか。あなたが」


 急に空気が冷えた気がした。

 目の前で河津さんが、背筋が凍るような冷たい視線でわたしを射抜いていた。


 「いたっ……」


 ぎゅううう、とわたしの手を握る力が強まった。わたしは思わず声をあげ、手を引っ込めようとしたが許されなかった。

 イツキは慌てて声を上げる。


 「か、河津!? どうしたの、ハカゼに何を────」

 「。花村ハカゼ……」


 ドンっ、と河津さんに胸を押され、わたしは尻餅をついた。


 「あうっ」


 視界が床に落ちる。スニーカーがわたしに向かって進んできた。見上げると、今度は燃え上がるほどの憎しみがこもった瞳で、河津さんがわたしを見下ろしていた。


 「ワタシはお前を許さない。絶対に」


 わたしは何も言葉を発することができず、ただ混乱して、口をぱくぱくさせることしかできなかった。

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