花村ハカゼは知ってしまう
第19話 早く恋人作ってくんないかな
インターフォンが鳴る。既に家を出る用意を終えていたわたしは、軽い足取りで玄関の扉を開けた。その先にはわたしの予想通りの人物が立っていた。
「やっほ、イツキ。時間通りだね」
「うん、もちろん。準備は大丈夫?」
「へーきへーき。んじゃ、行こーぜ」
わたしとイツキは連れ立ってアパートを出て、二人並んで大学へと向かった。
わたしが襲われかけた事件から一ヶ月が経った。自分の中では重大な事件だったけれど、どうやら世間的にも重大事件だったらしく、事件が新聞に載り、あの店が摘発されて大勢の逮捕者を出すこととなった。
その後わたしは事情聴取やら裁判の準備やらに協力していた。事件のことを思い出すこもも話すことも精神的に辛かったけれど、乗り越えられたのはイツキが傍にいてくれたからだ。今もこうやって、「一人にするのは心配だから」と、大学や生活用品の買い出し含め、ほとんどの外出に付き合ってくれている。まるでボディガードだ。
もちろん、あの部屋に集まっていた奴らは全員警察のお世話になった。特に首謀者の東條とその手先のユウヤは証拠も証言も揃っているからきっちり実刑が科されるだろうと、検事のお姉さんは言っていた。東條は無罪を主張するつもりらしい。わたしは念入りに刑罰を望む意向を出した。全然死刑でもいい。
ちなみに噂によると、ユウヤは罪を全て認め、争う姿勢を見せていないらしい。それでもわたしは許せないから、執行猶予が付かなければいいな、と思っている。反省をすれば良いってもんじゃないんだ、こういうのは。ちんこ切り落とされて死ねばいいのに。
「最近は、どう? 寝られとる?」
駅まで向かう道のりで、イツキがわたしに尋ねてきた。当然のように車道側を歩いてくれて、イツキも女の子なのにな、と思いつつ、わたしはそれに甘えている。
「んー、ここ一週間は、まぁ、比較的? 前に比べりゃ全然楽かなーって感じ」
事件直後はずっと身体中に鳥肌が立って、夜になっても朝になっても頭が覚醒して眠れなかった。事件の光景が何度も脳内でリピート再生されて、反射的に泣くわ吐くわで酷い状態だった。けれど、あまり体力がなかったのが幸いしたのか、体調を崩して強制的に脳がシャットダウンされて三日三晩泥のように眠り、それ以降はだんだん眠れる時間が長くなっていった。まだ本調子ではないけれど、少なくとも大学で授業を受けるくらいはできるようになっている。
「何かあったらすぐ言って。困ったことがあっても、そうじゃなくても。できる限り、いや、絶対どこにいても飛んで行くから」
歩みを止めて、両手でわたしの手を握って、極めて真剣な表情をしながらイツキがわたしに告げる。必死な彼女に、わたしは思わず吹き出してしまった。
「わーかったって。それ何度目? もう平気だっつの。充分過ぎるほど良くしてもらってるし、わたしだって大人なんですー。イツキにお世話されなくてもやっていけっから」
「でも……」
「なんでそこまでしてくれんのよ、逆に。あ、もしかしてわたしに惚れたとか? しょーがないなー、まーわたしイイ女だもんなー」
「そ、それは……。……ハカゼを傷つけたから、そのせいでギャラ飲みに行かせちゃって、だから責任は私にもあるって……」
「だからぁ、もー良いって! 許したじゃん! わたしも謝ったし、助けてくれたんだからこれでチャラね、って話したじゃん! なのにウダウダグダグダウジウジ……」
「ごめん……」
「あーもー! 謝罪禁止! もっと楽しそうな顔しろよぉ! 謝られる方が気分下がるわ!」
ほれ、と俯きかけたイツキの顎を掴んで無理矢理上を向かせる。するとイツキは、大きくて形の良い目を見開いて、それから、ふっ、と薄く笑ってくれた。うん、イツキの笑った顔は、外見のバチイケな感じとは違って、少し幼くて好きだ。見れて良かった。
良かったけど、惚れた、の件は無視かい、とは少し思った。
「……そういえばさぁ……あの、今までなんか聞けなかったけど、どうやってあん時助けてくれたの?」
イツキも当然、証人として警察や検察に話をしているけれど、その内容までは聞いていない。わたしたちの間で事件のことを話すのは、今までお互いになんとなく避けていたことだ。だけれど、なんだか今日は調子が良さそうだし、いつまでも事件のことを引きずるのは良くないと思って……実は見えないところで勇気を出した。
彼女は視線を一瞬彷徨わせ、考えるような思い出すような仕草をする。
「あー……えっと。ハカゼのインスタ。ストーリー、上げとったよね?」
「ん、そうだっけ」
「……あの後、やっぱり謝りたくて、教室を探したんだけど見つからなくて、そうしたらストーリーに場所が書いてあったから、あとは写真と照らし合わせてビルを見つけて、中に入ったら言い争う声が聞こえて……」
「へー。じゃあベストタイミングだったわけだ。ありがとね。イツキはわたしの貞操の恩人。感謝ぁ」
「ううん。間に合って本当に良かった」
そこで納得しかけて、うん? と引っかかった。
わたしのインスタアカウント、鍵垢だぞ?
高校生からアカウントは変えていなくて、ツッキーとの喧嘩があってから思うことがあって鍵垢にして、それからフォロワーは自分の把握する限り増えていないはずだ。わたしに大学の友達がいないから(男は除く)。
「なん……」
なんでわたしのインスタ知ってんの、と聞こうとして、なぜか喉がきゅっと閉まった。
「どうかした?」
「へっ、いや、なん……でもない」
イツキは「そっか」と言うだけで全く追求してこなかった。
そうだよ、別に、わたしが覚えてないだけでフォロー了承したかもしれないじゃん。わたしLINEにインスタのURL載せてるし。今わたしをフォローしてる10000人の中にも、誰が誰だか分かんない人なんかたくさんいるんだから。
なんとなく会話が途切れて、そんなちょうどいいタイミングで地下鉄に降りて、電車に乗った。電車の中は走行音が激しくて会話なんかロクに出来やしない。だから逆に助かった。
スマホを見下ろす、イツキの横顔を見つめる。
毎日ばっちりメイクして、髪の毛の色も二ヶ月に一度は変えていて、服はいつも彼女の体型に似合うタイトでクール系統で……隙がない、という印象だ。特に厚底ブーツは本当に痛そうだ。良くそれであいつをキックして何のお咎めも無しだった、と思う。
でも、わたしの言葉で動揺したり、怒ったり、顔を赤くしたり……澄ました顔の奥には豊かな感情表現がある。
あの時、イツキに酷いことを言われて確かに傷ついた。わたしに悪い所は無かったはずなのに。でも本当に怒っていないし、今はもうどうでもいいと思っている。むしろわたしのことであそこまで怒れるほど、わたしを心に占めているんだと思うと優越感がある。
でも、これを言ったら、ダメなんだろうなぁ。
わたしは、多分、いや間違いなく、恋愛に向いていないから。
もう分かってしまった。わたしはきっと、誰かを好きになれない。なることは許されない。だって、誰かに好かれて大事にされても、わたしがわたしを蔑ろにするから。そうして、わたしの好きな人はきっと、わたしのせいで傷ついてしまう。
わたしがツッキーにしてしまったみたいに。あれはわたしがツッキーのことを好きだと認められなかった自分の弱さが招いた罪で罰だ。
「どうしたの?」
わたしの視線にようやく気づいたのか、イツキがわたしを見つめ返してきた。わたしは首を横に振った。
「ううん、別に」
そっか、とイツキは再びスマホに視線を落とす。
これくらいは良いかもな、と思って、スマホのカメラを起動してイツキの横顔を撮影した。走行音が激しくて、本当に助かった。
それを待ち受けにしながら、早く恋人作ってくんないかな、と思った。
そしたらわたしは惨めな想いをしなくて済むのに。
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