花村ハカゼは知ってしまう
第18話 早く恋人作ってくんないかな①
インターフォンが鳴る。既に家を出る用意を終えていたわたしは、軽い足取りで玄関の扉を開けた。その先にはわたしの予想通りの人物が立っていた。
「やっほ、イツキ。時間通りだね」
「ん、準備は大丈夫?」
「へーきへーき。行こーぜ」
わたしとイツキは連れ立ってアパートを出て、大学へ向かった。
わたしが襲われかけた事件から一ヶ月が経った。あれは重大な事件だったから事情聴取やら裁判の準備やらが大変で精神的な疲労が溜まっていたけれど、イツキが傍にいてくれるから、なんとか乗り越えられそうだった。今もこうやって、わたしの大学に付き合ってくれている。今日、イツキに三限の授業は無いのに。
ちなみに、あそこに集まっていた奴らは全員お縄になった。特に首謀者の東條とその手先のユウヤにはきっちり実刑が科されるだろうと、検察官のお姉さんは言っていた。東條は無罪を主張するつもりらしいが、薬入りの酒を含んだ証拠が山ほどあり、わたしも厳罰を望んでいるし、彼に反省の様子が無いからだ。
噂によると、ユウヤは罪を全て認め、争う姿勢を見せていないらしい。それでもわたしは許せないから、執行猶予が付かなければいいな、と思っている。反省をすれば良いってもんじゃないんだ、こういうのは。ちんこ切り落とされて死ねばいいのに。
「最近は、どう? 寝れてる?」
駅まで向かう道のりで、イツキがわたしに尋ねてきた。
「んー、ここ一週間は、まぁ、比較的? 前に比べりゃ全然楽かなー」
事件直後はずっと身体中に鳥肌が立って、夜になっても朝になっても頭が覚醒して事件の光景を何度もリピート再生するほど酷い状態だったけれど、あまり体力がなかったのが幸いしたのか体調を崩して強制的に脳がシャットダウンされ、それ以降はだんだん眠れる時間が長くなっていった。まだ本調子ではないけれど、少なくとも大学で授業を聞くくらいはできるようになっている。
「何かあったらすぐ言って。困ったことがあっても、そうじゃなくても。できる限り、いや、絶対どこにいても飛んで行くから」
極めて真剣な表情でイツキがわたしに告げるから、わたしは思わず吹き出してしまった。
「わーかったって。それ何度目よ? もう平気だっつの。充分過ぎるほど良くしてもらってるし、わたしだって大人なんですー。イツキにお世話されなくてもやっていけっから」
「でも……」
「なんでそこまでしてくれんのよ、逆に。あ、もしかしてわたしに惚れたとか? しょーがないなー」
「そ、それは……。……ハカゼを傷つけたから、そのせいでギャラ飲みに行かせちゃって、だから責任は私にもあるって……」
「だからもー良いって! 許したじゃん! 助けてくれたし、これでチャラね、って話したじゃん! なのにウダウダグダグダと」
「ごめん……」
「もー! 謝罪禁止! もっと楽しそうな顔しろ! 謝られる方が気分下がるわ!」
ほれ、と俯きかけたイツキの顎を掴んで無理矢理上を向かせる。するとイツキは、ふっ、と薄く笑ってくれた。うん、イツキの笑った顔は、外見のバチイケな感じとは違って、少し幼くて好きだ。見れて良かった。良かったけど。
惚れた、の件は無視かい、とは少し思った。
「……そういえばさぁ……あの、今までなんか聞けなかったけど、どうやってあん時助けてくれたの?」
イツキも当然関係者として警察や検察に話をしているけれど、その内容までは聞いていない。わたしたちの間で事件のことを話すのは、今までお互いになんとなく避けていたけれど、なんだか今日は調子が良さそうだし、いつまでも引きずるのは良くないと思って……実は勇気を出した。
「あー……インスタ。ストーリー上げてたでしょ」
「そうだっけ?」
「あの後、やっぱり謝りたくて教室を探したんだけど見つからなくて、そうしたらストーリーに場所が書いてあったから、あとは写真と照らし合わせてビルを見つけて、中に入ったら言い争う声が聞こえて……」
「へー。じゃあベストタイミングだったわけだ」
「うん。間に合って良かった」
そこで納得しかけて、うん? と引っかかった。
わたしのインスタアカウント、鍵垢だぞ?
高校生からアカウントは変えていなくて、ツッキーとの喧嘩があってから思うことがあって鍵垢にして、それからフォロワーは自分の把握する限り増えていないはずだ。わたしに大学の友達がいないから(男は除く)。
「なん……」
なんでわたしのインスタ知ってんの、と聞こうとして、なぜか喉がきゅっと閉まった。
「ん、なに?」
「へっ、いや、なんでも……ない」
イツキは「そっか」と言うだけで全く追求してこなかった。
そうだよ、別に、わたしが覚えてないだけでフォロー了承したかもしれないじゃん。わたしラインにインスタのURL載せてるし。今わたしをフォローしてる10000人の中にも、誰が誰だか分かんない人なんかたくさんいるんだから。
なんとなく会話が途切れて、そんなちょうどいいタイミングで地下鉄に降りて、電車に乗った。電車の中は走行音が激しくて会話なんかロクに出来やしない。だから逆に助かった。
スマホを見下ろす、イツキの横顔を見つめる。
毎日ばっちりメイクして、髪の毛の色も二ヶ月に一度は変えていて、服はいつもパンクで……なんだか隙がない、という印象だ。特に厚底ブーツは本当に痛そうだ。良くそれでキックして何のお咎めも無しだった、と思う。
でも、わたしの言葉で動揺したり、怒ったり、顔を赤くしたり……澄ました顔の奥には豊かな感情表現がある。
あの時、酷いことを言われて、確かに傷ついた。わたしには少なくとも落ち度は無いのに。でも本当に怒っていないし、どうでもいいと思っている。むしろわたしのことで怒れるほど、わたしが心を占めているんだと思うと、少しだけ優越感がある。
でも、これを言ったら、ダメなんだろうなぁ。
わたしは、多分、恋愛に向いていないから。
もう分かってしまった。わたしはきっと、誰かを好きになれない。なることは許されない。だって、誰かに好かれて大事にされても、わたしがわたしを蔑ろにするから。そうして、わたしを好きな人はきっと、わたしのせいで傷ついてしまう。
「どうした?」
わたしの視線に気づいたのか、イツキがわたしを見つめた。わたしは首を横に振った。
「ううん、別に」
フゥン、とイツキは再びスマホに視線を落とす。
これくらいは良いかもな、と思って、スマホのカメラを起動してイツキの横顔を撮影した。
それを待ち受けにしながら、早く恋人作ってくんないかな、と思った。
そしたらわたしは惨めな想いをしなくてよくなるのに。
またゆるちゃんはワンナイトラブで恋を知る みやじ @miya0830
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