第18話 どうせこういうわたしだもんな⑥
「イツキ……?」
「な、なんだお前は! 部外者が入ってくるな!」
わたしは茫然とし、東條はちんこを萎えさせながら叫び────イツキは感情を宿さない冷え切った瞳でわたしを見下ろしていた。
そうだ、わたし、ほぼ裸だ。
恥ずかしくなって、わたしは腕で胸を隠した。
東條と、周囲の人間と、個室の様子を見渡したイツキは、最後にわたしを見下ろして、わたしと目を合わせて、ゆっくりと口を開く。
「……合意?」
「じゃない!」
わたしは即答した。そして、イツキの登場でユウヤが気を取られ、拘束が緩んでいるうちに上半身を起こした。
「こンの、しねぇぼけっ!」
東條の顔を蹴り飛ば────そうとしたけれど照準が狂って、肩に当たっただけだった。だけど離れることには成功した。
「なっ、待て! 女────」
東條はわたしに手を伸ばす。性欲に支配された頭は視神経を狂わせ、わたししか視界に映らなかったようだ。
彼の顔面に迫る足が、分からなかったようだ。
「ぎゃぶっ」
情けない声を上げながら東條は頭からひっくり返る。走る彼に合わせ、イツキが顔面にキックをかましたのだ。
わたしがイツキの背中に回ると、彼女はわたしを庇うように後ろへ手を回した。
「だ、大丈夫かな? なんか伸びてるケド……」
「正当防衛、だと思う。『急迫不正の侵害に対して』『自己又は他人の権利を』『防衛するため』だから……」
ユウヤが我に返ったように立ち上がり、倒れた東條の元へ駆け寄る。
「と、東條さん! 大丈夫ですか……!?」
そして焦ったような表情をわたしたちへ向ける。
「叢雲……お前、なんで!」
「知り合った女を騙して事務所のお偉いさんに献上して、その見返りに仕事貰ってるって噂……本当だったんですね。先輩」
イツキはゴミでも見るような視線を貫かせながら、吐き捨てるように言った。
「地獄に墜ちろ。二度とハカゼに近づくな。金輪際」
「お、お前に何の権利があんだよ……クソがぁ……あああああもおおおおお!」
ユウヤはワックスまみれの髪をぐしゃぐしゃ掻きまわす。
「こ、これじゃあまた、おれ、おれぇ……うううううう」
彼の焦って醜く歪んだ表情は、やがて自暴自棄な涙でぐちゃぐちゃに染まっていった。
「ちくしょおおおおお!」
拳を握り、叫びながらユウヤはイツキに向かっていく。わたしは無意識にイツキを庇おうと、前に出ようとした。
しかし、イツキに遮られる。
「い、イツキ! 危ない!」
「大丈夫」
ユウヤの拳がイツキに迫り────
「こいつら全員お縄だから」
届かなかった。
「はい、どうしたの。お兄さん」
拳がイツキの眼前に伸ばされたまま、その場に留まった。ユウヤの身体も同じように動かなくなった。
広い背中が────『警視庁 POLICE』と書かれたベストの文字が視界に入る。
二人の警察官が、素早くユウヤを羽交い絞めにした。ユウヤは暴れて抵抗を試みるも、あっという間に跪かされる。
「お兄さん。落ち着いて。ちょーっとお話聞かせてもらえるかな」
「は、離せ! 離せよ! おれが何したってんだよ!」
「危ないなぁ、もう。はい、はーい、座ってねー。はーい暴れなーい」
警察官に窘められて諦めたのか、ユウヤはついに魂が抜けたように脱力して、彼らにされるがままとなった。
「大丈夫ですか?」
背後から声をかけられる。女性の警察官だ。彼女はわたしに素早く上着をかけてくれた。
「お話は聞いてます。よく頑張りましたね。少しだけ、あったことを私たちに教えてくれませんか?」
彼女の凛々しく、そして温かな口調に、緊張していた心が急速に溶けていく。ぽん、と背中が優しく叩かれた。
イツキだ。
「私も付き合うから。遅れてごめん。あと……」
彼女は少しだけ目を逸らし────再び、まっすぐわたしを見つめた。
「昼間も、ごめんなさい。ハカゼを傷つけたよね。反省してる」
「い、つき……」
「私、自分の弱さをハカゼのせいにして、最低なこと、しちゃった。もし、もしチャンスがあるなら、私────」
深く、頭を下げられ────る前に、わたしはイツキに抱き着いた。
「いいよぉ、もう! 全部! 許すし! ありがとぉお!」
わたしは人目も憚らず泣いた。
「あと、わたしもごめぇええん!! うわああああん!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます