第16話 どうせこういうわたしだもんな⑤
おじさんと女の人含め、個室には七人がいた。わたしを入れて、男性五人、女性三人だ。個室にはL字型の大きなソファがあって、みんなはそこに座っている。真ん中にはガラス製のローテーブルがあり、お通しだろうか、いくつか料理とお酒が置かれていた。
つまり、ソファの真ん中に座っていたリーダーっぽいこのおじさんは、人に見られながらフェラされていたというわけだ。……うわ……。
「あ、花村ハカゼちゃん? かわいいじゃーん」
「あー、はい……」
「ありがとね、来てくれて! 僕が東條です」
「あはは、どうも……」
東條さんがわたしに手を振ってくる。浅黒い肌は皺があるけれど若々しく、三十代ではないが四十代とも言い切れない雰囲気だ。口ひげを剃らずに整えていて、薄いシャツの上にジャケットを羽織っていた。服では隠し切れないほど筋肉が透けている。ワンチャン狙ってるおじさんのキモい若作りだ。
そして「もういいよ」って女の人の肩を叩いた。「はぁい」なんて甘ったるい返事をして、彼女は口を拭いながら東條さんの隣に座る。めちゃくちゃバキバキに勃起したちんこが見えそうになって、わたしは慌てて目を逸らした。
「それじゃ、みんな揃ったし始めようか! ハカゼちゃん、飲み物は?」
「あー、ビールで……」
「へー! 女の子なのにビール! かっこいいねぇ」
目を逸らしている間に、ちんこは仕舞われていた。よかった。どこに座ろうか……なんてキョロキョロしていたら、「ハカゼ」と声をかけられる。
「……ユウヤさん?」
「座れよ……」
まさかと思って二度見した。ソファの端にはユウヤさんが座っている。今日、わたしが会った時の恰好のままだ。変わっているのは、どこか覇気が無いところと頬に赤い痕があることくらい。
あれは────殴られた痕?
さーっ、と体温が頭から無くなっていく感覚。
ここ、ヤバいかもしれない。いかにもやりチンそうな東條さんと、その取り巻きの三十代っぽい人たちと、殴られた後っぽいユウヤさん。二人の綺麗なお姉さんのうち一人はこんなところでフェラをして、もう一人は別の男の人に寄り添っている。
かもしれない、じゃない。どう考えてもヤバい。
「どうしたの、ハカゼちゃん」
東條さんが足を組んで、わたしを見つめる。
「座りなよ」
「ごめんなさい、急用を思い出したので失礼します」
わたしはカバンから財布を取り出して、タクシー代として一万円をテーブルに置いて踵を返そうとした。
「待てよ……っ」
腕を掴まれた。ユウヤさんだった。振り返ると、真っ青な顔中に脂汗を浮かべ、悲痛そうに口元を歪ませていた。
「頼む、ハカゼ……っ。居てくれ、お願いだから!」
「な、なんですか!? だから急用あるって言ってんでしょ!」
「うるっ、せぇなぁ!」
「きゃあっ!?」
ユウヤさんに腕を力強く引っ張られて、無理矢理抱きしめられてしまった。そのまま彼の腕の中で藻掻くも、がっちり腰をホールドされているから自由に動けなくなった。
「ちょ、どこ触ってんだ、ヘンタイ! やめて! 離して!」
「うるさい、うるさい! くそっ、お前がさっさとあの時付いて来ればこんなことにならなかったんだ! 全部お前のせいだぞ! 全部!」
「何の話だよっ! わけわかんない!」
「まぁまぁ、ユウヤくん。そんな女の子を手荒に扱っちゃダメだよ。ねぇ?」
東條さんの言葉に「そうですね」なんて言ってクスクス笑うお姉さんの声で、心に悪寒が走った。
「ほら、ユウヤくん。顔抑えて。歯が当たっちゃ痛いだろうから」
「は、はい」
「え、なに、なになになに、止めて、うぶ────」
顎を東條さんにがしりと掴まれた。すごい力だ。あっという間に喋れなくなって、強制的に口を開けられてしまった。
「はい、かんぱーい」
「うぶっ、ごぼぼぉ」
そして、瓶からビールを口の中に流し込まれた。ごぶん、と大きな塊を飲んで、当然のように変なところに入って咽る。わたしは拘束から解放され、四つん這いになって何度も何度も咳をする。
「かはっ、ぇえっほ!? がはっ、おえ、がっ、げっ、は、は、げぇほっ!」
首の違和感がある程度消えると、同時にすごく身体がぼんやりしてきた。手足の感覚が鈍い。まるで自分の身体が透明な膜に覆われ、それ越しの感覚を味わっているような。
わたしは膝を立てていられなくて、店の床に倒れた。何とか起き上がろうとしたけれど、俯せから仰向けに寝がえりを打っただけで終わった。
酔った? いや、ビール一口二口程度じゃ酔わない。わたしはそこそこお酒が強い。ということは────
「くすり、か……ひきょうものぉ……」
「君だって分かってたでしょ? ギャラ飲みってこういう場所じゃないか」
東條さんが身体を屈ませ、わたしの頭を撫でる。ごつごつした手がわたしの髪を無遠慮にかき分け、わたしの頭の形を手のひらで確かめるように何度も何度も往復する。
「ふ、つうの、は、こんなんじゃ、ない……」
「そう? じゃあ幸運だったね」
ははは、と乾いた笑みを浮かべる東條さんはわたしの身体を舐めるようにじろりと見る。上から下、下から上に目が動く。わたしの足と胸と顔で明らかに喜びの色が瞳に溢れる。
ゴミが。
悪態を吐きたいけれど、身体が自由に動かない。意識はハッキリしているのに。
「いいねぇ、ユウヤくん。やっぱりユウヤくんに女の子を頼んで正解だったよ。これでお昼の分はチャラにしてあげよう」
「あ、ありがとう、ございます……」
視界の端でぺこぺこ頭を下げるユウヤさんが見える。そうか。お昼にやたらわたしをカフェとやらに誘っていたのは、この東條とかいうキモおじさんにわたしを献上するためだったのか。どうしてわたしのギャラ飲みのアカウントを知っていたのかは、彼が付き合っていたとかいう時期にわたしのスマホを盗み見れば済む話だろう。
「ははは……最高だ。こんな美人な子、久しぶりに見た……」
じゅるり、と生唾を啜る音が聞こえてきそうな声だった。
あのごつい手でスカートが少しめくられ、太ももが撫でられた。声を上げたかった。キモい。やめて。人を呼ぶ。警察。ゴミ。しね。
「ぁん……っ」
なのに漏れた声が何かを押し殺したようなもので、我ながらエロい声を出してしまって、これじゃあ望んでるみたいじゃないか、と愕然とした。いや、違う。耐えようとしたらクスリで身体の自由が利かないから変な風に出力されてしまったんだ。
「あはは、そうか、足が弱いの?」
東條の嬉しそうな声を聞いて、全然わたしの意図が伝わっていない、と諦めた。
せめて逃れようと身をよじる。けれど両腕をユウヤに押さえられているせいで、まるでよがっているように感じられなくて自分が嫌になった。
「ふふふ……」
ワンピースのボタンが一個ずつ、舌なめずりするように外されていく。肌がすーすーして、わたしのキャミソールが露出したことが分かった。
「ぅん、ふ……やめ……」
「なんだ、すぐにブラじゃないのか」
当たり前だろ! そんなのAVだけだ! 舐めんな!
「まぁ、これを上げれば────」
キャミが乱暴に捲られる。
わたしのブラが露わになった。
「あぁ……」
今日は気合を入れて気分をアゲようと思って着けてきたお気に入りの下着が、こんなやつに。改めてイツキと話すのがちょっと緊張するから、わたしが最強になるために着けてきた勝負下着なのに。
その黒色のレースも、ちょっと透けているデザインも、高級感があって肌触りが良い生地も、お前なんかに見せるために着けてきたわけじゃない。
お前なんかに……ッ!
「ほぉ。これはこれは……おあつらえ向きじゃないか。誘っているのかな?」
東條の人差し指がわたしのブラの表面を滑り、わたしの乳首を揺らす。
「はぁ、は、ぁ、う……」
「ふふ、そんな急かさなくても。すぐ直接触ってあげるからね」
ああ、クソ、クソ、クソ、クソが。
しね、しね、しね、しねよ。
地獄落ちろ。
歯を食いしばっても、いくら睨もうとしても、何もできない。いじらしく泣くことしかできない。悔しい。悔しい。悔しい。
「く、そ……」
「ん?」
わたしは渾身の力を振り絞って首を持ち上げ、東條に歯を剥いた。
「くたばれ……ゴミクズが……」
「…………そうか」
東條は急に無表情になり、わたしの足を無理矢理に広げた。痛かった。
「ぅあ……っ」
「そんなにしてほしいなら、さっさと言えよ! すぐそんな口きけなくなるからなぁ!」
スカートに手を突っ込まれて、ショーツを引っ張られる。ああ、高かったのに。大切に扱え。ランジェリーは高いんだよ。お前らは安物で良いんだろうけどよ。
カチャカチャと乱雑な音がして、ズボンが下ろされる。勃起したちんこが見える。わたしの大事なところをまっすぐに狙っている。真っ黒の中にピンク色。ああ、きしょい。もうやだ。やだよ。こんなところで、こんな人とセックスなんかしたくないよ。
「いやだ……」
なんでこんなことになったんだろ。
全部がおかしくなった気がする。
大学に入ってから? 色んな人とセックスしてきたから? 人の気持ちを蔑ろにしたから? 自分を蔑ろにしたから?
自分を蔑ろにするということは、自分を大事に想ってくれている人のことも蔑ろにする、ということなんだ。
なんとなく、滲んだ天井のシャンデリアを見つめながら、そんなことを思った。
今まで自分がしてきた全ての不義理に土下座したくなった。
不義理……今までの彼氏たちにはだいたい浮気されてきたし、わたしのことが好きじゃなくて、わたしの顔と身体が好きだっただけみたいだし。ユウヤだって今回の件でわたしのことを本気で好きじゃなかったことが分かった。誰かに本気で、一途に好かれたことがない。
わたしが好いたことがなかったから。
いや、一人いる。
ツッキーだ。
ツッキー。
あの時、喧嘩別れしてから、話さなくなって、クラスが違ってから噂も聞かなくなった。どこの大学に進学したのかも分からない。
あんなに好きと言ってくれていたのに。
たぶん、あの人だけだった。本気でわたしのことを好きになってくれたのは。
わたしは、たぶん、ツッキーが好きだった。
ごめんね、ツッキー。
わたしはただ、怖かったの。
だって、セックスは気持ちよくなかったんだもん。
大切なものは大切にされないから、大切にすることが怖かったの。
でも、ごめんね。
あの時、ちゃんとあなたの気持ちに応えてあげればよかったね。
ごめんね。
これは報いなんだね。
どうせ、こういうわたしだもんな。
「そら、挿入れるぞ、中に────」
「いやだ、誰か、助けて……」
「ツッキー────」
バンッ! と扉が乱暴に開いた音がした。
まるで、蹴破られたかのような。
「ハカゼッ!」
個室に飛び込んできて、汗だくの顔をわたしに向けてきたのは────
「イツキ……?」
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