第15話 どうせこういうわたしだもんな④
四限に行っていたらギャラ飲みに間に合わなくなるので、わたしは躊躇なく授業をサボった。泣いて崩れたメイクは大学のトイレでしっかり直して、笑う練習をして、よし、オーケーだ。やっぱり、今日のわたしは可愛い。いつも可愛いけど。
「…………よし、忘れよう」
嫌なことは全部忘れるのが一番いい。イツキとわたしは合わなかったってことで、もう関わるのはやめておこう。わたしのことがどうしても気に食わなかったみたいだし、自分のことを嫌う相手とわざわざ仲良くなろうなんて体力はわたしには無い。
「……ばいばい」
メイクを終えたわたしは、スマホを取り出して、イツキのラインを……。
「…………っ」
ブロックした。今から思えば、ワンナイトした程度の女の子にあんな執着してるなんてバカみたいじゃないか。執着は何も齎さない。生み出すのは満たされることのない煩悩と潤されることのない渇きだけで、手に入らない苦しみだけが後に残る。
────アタシ、ハカゼのこと、ちょっと好きだったし。
「……どこが好きだったんだろ、わたしなんかの」
イツキは、わたしの何が好きだったのかな。顔かな。髪、胸、手、くびれ、お腹、お尻、脚。どれも褒められたことがあるけれど、そこじゃないといいな、と思った。
わたしを抱く前のリップサービスかもしれない。だけど、そこで、わたしはたしかにときめいた。その言葉だけで嬉しくなって、身体を触られても不快じゃなくなった。
たくさんのセックスをしてきた。愛のあるものも、そうじゃないのも。だけど、あんなに柔らかくていい匂いがして温かくて気持ちよかったのは初めてだった。
「……いこ」
そろそろ大学の近くにタクシーが来る時間だ。わたしはバッグを肩にかけ、トイレを出る。校舎を出てキャンパスを歩いて正門に近づくと、近くの路肩に『貸切』と表示されたタクシーが停まっていた。ギャラ飲みマッチングアプリの連携サービスだ。
「あの、アプリの……」
「ああ、お待ちしてました」
すぐに話が通じて、わたしはタクシーに乗り込む。ここから電車で新宿までたかが十五分なのにタクシーを使うなんてバカバカしいけれど、そもそもタクシー代から上乗せしてお手当を貰うのがギャラ飲みの稼ぎ方だ。
大学から一駅離れている飲み屋街を抜け、だんだんとネオンの数が多くなっていく。秋が近づいて、空の色が濃く、濁っていく。今日の朝に見た朝は透き通っていて、空気が身体に沁み込んでいくようだった。今、ここの空気は、中にいろいろなものが混じっているような気がした。人間が多くなると淀んでいく。多ければ多いほど。ここは人が多すぎる。新宿に着いた。
「ありがとうございます」
アプリで指定された地点で降ろされる。綺麗なビルの前、集合場所はこの三階だ。ここは新宿の……三丁目か。バーもあって飲み屋もあって、新宿の他の場所よりは学生がいやすいところ、かもしれない。少なくとも近くにラブホ街とかが無いから、その点は安心だ。
綺麗なビルがなんか映えそうだったからインスタのストーリーに乗せた。名前は分からなかったから、とりあえず「新宿三丁目で飲み~」とだけ書いた。
ビルに入って、エレベーターに乗る。外観に似合う光沢のある高級そうなエレベーターだった。たぶん、これから行くのはメニューの値段が他のレストランや居酒屋と二倍三倍違うような店だろう。となると、お相手は偉い人とか芸能人かもしれない。
アプリの連絡によれば、女の子はわたし含めて三人ほどらしい。全員で何人だろう。女の子の数が少ないと、捌く人数が多くなって面倒なんだよな……。
そんなことを考えていると、エレベーターが開いた。エレベーターの先がすぐ店内になっているタイプで、わたしはすぐにウェイターさんと目が合った。
うわっ、イケメンだ!
「あ、えっと、東條さんと同席する……」
「花村さまですね。お待ちしておりました」
ワックスでぴしっと髪を七三に分けたウェイターさんはにこりとほほ笑むと、「こちらです」とわたしを案内してくれた。
ここのお店、本当に高そう。木製のテーブルや椅子がピカピカに磨かれていて、暖色系の温かな照明を穏やかに反射している。壁紙もシルクのような光沢があって、小さな音で流れているなんだか分からないクラシックも高級感を相乗させている。しかもウェイターさんの制服も皺ひとつない。きっと料理も細部までこだわっていて、とても美味しいんだろう。
こんな場所でお金貰って飲み食いできるなんて最高じゃーん。
すっかり気分がよくなったわたしは、鼻歌まで歌ってしまいそうな気分になって、足取りも軽くなった。
「こちらです」
「ありがとうございまーす!」
ウェイターさんに個室へ通された。こんな高そうなお店の、しかも個室だなんて! これは期待できそうだ────
「じゅぼっ、じゅぼっ、じゅぼっ、じゅぼ」
「あー……いいよぉ……」
女の人がしゃがみこんで、おじさんにフェラしていた。
「はぁ?」
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