第13話 ハカゼ高校生編⑤ たぶん、もう会えない

 明日は終業式だ。だからその次の日の、12月24日から冬休み。面倒なテストも終わって、さて明日からどうしようか、とワクワクそわそわする時。去年のクリスマスならわたしは当然のように彼氏と過ごしてセックスしたけれど、今年はどうなるだろうか。わたし、どうなっちゃうんだろう。

 ツッキーとはあまりお金を使わない遊びをしていたから、幸いにもお小遣いは溜まっている。一緒にクリスマスコフレを送り合ったりするのもいいかもしれない。24日はお互いにコーデを選び合って、25日はそのコーデで一日お出かけをして、写真撮りまくって、美味しいもの食べて……あ、でもデパート、人がいっぱいかも。美容部員さんに話もきけないかもしれないし……まぁいいか。お互いに意見を出せれば。ツッキーもだいぶオシャレに気を遣い始めてくれたし、わたしの好みも分かってくれてるし……。


 「ふふ、ツッキーに何、着せたろかな」


 夜、自室のベッドの上で仰向けになって天井を見上げる。来るクリスマスを妄想して思わずにやける。テストの出来もまぁまぁだったし、何の憂いも無く休みを楽しむことが出来る。今のわたしはテンションが上がっていた。


 『ツッキー、休みどうする? どっか遊びに行く?』

 『クリスマスとか、どうする?』


 ツッキーにLINEして、でも返信が来てすぐ返すと楽しみにしてるのがバレて恥ずかしいから、スマホを見ないようにそこら辺に放り投げた。

 スマホが無いから手持ち無沙汰だ。ベッドをゴロゴロ、ゴロゴロ……なんとなく、まだ眠れそうになかった。

 そして、ハッと動きを止める。


 「あれ、わたし、当たり前みたいにツッキーとクリスマス過ごすんだ……」


 今さら気づいた。わたし、ワクワクそわそわしてるんだ。ツッキーと一緒に何をしようか、どこへ行こうか、って。今までは彼氏に誘われるがままに動いていたのに、今回、わたしは初めて自分から相手を誘おうとしている。


 「……はは、なーにが『セフレでいいじゃん』だよ。セフレはデートしねーっつの」


 いや、友達同士のおでかけとデートの違いは、普通のケーキと誕生日ケーキの違いと同じようなものだ。だからセフレでもお出かけは妥当しうる。ただ、わたしがわたしのやろうとしていることを『デート』だと認識していただけで。

 ……デートだと思ってんじゃん、わたし。


 「あー、わたしってめんどくせー!」


 今度はうつ伏せになって、ベッドをボスボス蹴る。いや、違う。これは違う。あんな芋っぽいもさもさ犬をトリミングして綺麗にしてあげたのがわたしだから、ついでに懐かれて情が移っているだけだ。これは『好き』とかじゃない。そう、微笑ましいねぇ、可愛いねぇ、という、あくまで上位者からの眼差しであって……。

 ……こうやって屁理屈をこねている時点で負けている気がした。


 「……わたし、ツッキーのこと、好きなのかな……」


 この三か月、色々なツッキーの顔を見た。最初は恥ずかしがり屋で、わたしが言うこと成すことにイチイチどぎまぎして。だんだん笑ってくれるようになって、意見を言ってくれるようになって。キスをして、たくさん「かわいい」って言ってくれて。

 わたしの中で変化が起こったのではなくて、ツッキーが変わっていった。

 わたしは何も変わらない。ただ、ツッキーのことを見ていただけだ。

 とある本で、本当に好きな人の顔は、一人でいる時に思い出せないものだ、と読んだことがある。それはその人の色々な表情を見ようとしているから、いざ思い起こそうとすると一つの表情に絞り切れなくて、ぼんやりとしてしまうから、だと。

 わたしは目を閉じた。


 「……ツッキーの写真、見すぎたな」


 その時、バイブ音がした。通知だ。床に放り投げたスマホを取ると、ツッキーからのLINEの返信が来ていた。

 すぐに返信するのは駆け引き的に無い……と思っていても、ツッキーとのお気に入りツーショット待ち受け写真に重なった通知内容に、わたしは思わずスマホを開いて既読を付けてしまった。


 『ごめん。たぶん、もう会えないと思う』

 「はぁ!?」


 無意識に叫んでいた。返信を待つのが嫌だったから、すぐに電話をかけた。

 だけど、ツッキーは電話に出なかった。しょうがなくLINEする。


 『(キャンセル)』

 『どういうこと?』

 『電話出てよ』

 『せめて理由を言って』

 『無視するな、おい』


 それでもツッキーは既読すら付けなかった。


 「なんなんだ、あいつ……!」


 腹が立っていた。さっきまで穏やかな気持ちだったのに。急にわたしの中のナニカが噴き出た。返信一つで、わたしはかき乱されていた。この噴き出たナニカに、わたしは覚えがあった。

 ずっと心のどこかでムカついていた。ツッキーはずっと、わたしに何かを隠している。本人に隠す、という意識はないかもしれない。もしかしたら見せていないだけなのかも。それでもわたしは見せてほしかった。わたしのことが好きだというなら、かっこつけてないで曝け出してほしかった。

 わたしを自分のものにしたいなら、自分もわたしのものになる覚悟を持つべきだ。わたしのものになりたいのなら、わたしに全てを開示するべきだ。

 そういう小賢しいところにムカついているんだ。

 それを見せてくれたら、わたしは、きっと……。


 「明日、全部問いただしてやる……」


 終業式があるのは幸運だった。もし来なかったらパンチしてやる。


 そして翌日────。


 来なかったら本当にどうしよう……と危惧していたけれど、終業式のために登校した教室には、しっかりツッキーがいた。細い肩をさらに縮こまらせて、俯いて、髪の毛がベールのようになって、表情がよく見えなかった。

 まるで、まだこういう関係になる前のツッキーみたいだ。


 「つ……ツッキー」


 近づいて、声をかける。ツッキーはのっそりと顔を上げて、わたしを見た。

 その時、わたしの中にあった彼女への怒りは吹き飛んで、力が抜けて持っていたカバンを落とした。


 「ツッキー、ど……どうしたの、その顔」

 「……ハカゼ」


 ツッキーの左目には、紫色の痣があった。


 「なに、それ。どうしたの」

 「ごめんね、電話に出られんで」


 彼女はへらり、と笑う。


 「あの後、スマホ取り上げられちゃって」

 「ねぇ、どうしたの。顔」

 「でもね、今日会えるから、ちゃんと話そうと────」

 「だからぁ!」


 わたしはツッキーに駆け寄り、彼女の肩を掴んだ。


 「何がどうしたらその傷ができたのかって訊いてんの!」

 「ハカゼ、声、大きいよ」


 ハッと気づくと、クラスメートたちがチラチラわたしたちを盗み見していた。ハカゼは傷を隠すように前髪を引っ張った。それも、前の癖だ。

 そしてタイミングの悪いことに、担任の先生が教室に入ってきた。終業式に行くために廊下へ並べ、と言う。


 「終業式終わったら、二人で話そうよ」


 ハカゼはわたしにそう囁いて、わたしを置いて、廊下へ出て行ってしまった。落ち着いている様子だった。いや、それより……諦めを包含しているような……。


 「……なんなんだよ……」


 わたしはツッキーの背中をじっと見つめた。あいつの背中、あんなに小さかったっけ。そう思った。


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