第13話 過去編⑤ わたしに何を望んでるの

 「ハカゼさぁ、最近付き合い悪くね?」

 「え?」


 学校が終わって、彼氏と待ち合わせをして、一緒にスタバでだべっていると、急にそんなことを言われた。彼氏がする貧乏ゆすりで小さな丸テーブルがカタカタ揺れていた。


 「ラインの返信も遅いし、誘っても用事ある、とかで断るじゃん。なんなん? おれのこと好きじゃなくなった?」

 「そんなことないよ。だって元々ライン、わたし苦手だし、用事は本当にあったんだし」

 「用事ってなんのことだったの?」

 「友達との先約」

 「はぁ? っざけんなよ……」


 彼氏が舌打ちした。貧乏ゆすりがさらに激しくなった。


 「普通彼氏より友達取る? 俺が優先だろ」

 「だ、だって、友達が先約だったから……」

 「なんで俺お前と付き合ったんだよ。彼氏を特別扱いしなくてどうすんだよ。俺はお前のなんなの? 俺のこと好きじゃないの?」

 「あー……」


 わたしを睨みつけながらうだうだ文句を言う彼氏へ返す言葉を考える時間稼ぎに、わたしは半分溶けたフラペチーノを啜った。

 やばい。面倒になってきた。なに、この女々しさ。鬱陶しいな……。

 なんで付き合ったの? って、そりゃ、そっちから付き合ってくださいって言われたからだよ。付き合ってやってんだよ、こっちは。お前なんて顔がかっこいいだけじゃん。

 でも顔はかっこいいんだよな……。


 「……分かった。ごめんなさい。もうしないようにするね」

 「うん、そうして」


 こっちが下手に出ると、あっさりと許してくれた。しかもスタバ代まで奢ってくれた。これは頭を下げた甲斐があったかもしれない。

 なんか、男ってだいたいこうだな。手綱を握っているつもりでいたいんだろう。それを見透かされていることも知らずに。わたしの心の中を覗き見たら、たぶん彼氏は速攻で別れるんだろうな……。


 「ハカゼ。今日、うち、親いないんだけど……」


 帰り道────するっ、と握られた手は少し汗ばんでいた。わたしを見つめる視線には情欲がにじみ出て居て、下半身で思考しているのが傍から見ても分かった。

 あー……かわいそう。すぐちんこに支配されて。そんなにわたしとセックスしたいんだ。わたしが断ったらどうなるんだろう。一人で寂しく自分を慰めるのかな。かわいそう、みっともない、情けない……。


 「うん、いいよ」


 わたしは彼氏の腕に抱き着いて、頬にキスをした。


 「いっぱいしよ」


 わたしは彼とセックスをした。彼氏はゴム代もカモフラージュのお菓子代も全部出して、セックスが終わった後は最寄り駅まで送ってくれた。お菓子はもれなくわたしが貰った。


 「と、いうわけで、しばらく会えないことになったから」

 「はぁ!?」


 翌日、わたしはツッキーに彼氏との顛末を話した。ツッキーの立ち上がった勢いでガタンっ、と椅子が倒れた。教室中の視線が一瞬、わたしたちに集まる。


 「あ、なんでもないでーす。こっちの話ー」 


 わたしが手をひらひらさせながらそう言うと、クラスメートは「そうですか」と、あっさりと納得してくれた。


 「ど、どうして……?」


 視線にビビったツッキーは縮こまりながらこそこそ話しかけてきた。しかし口調には隠し切れない怒りが混ざっている。


 「なんで私より彼氏を取るの……? 好きじゃないんじゃないの? だったら私といたって……」

 「えー、まぁ、別に別れるほどでもないかなーっていうか。昨日スタバとか奢ってくれたし」

 「奢ればハカゼの恋人なの? そんなのおかしい……!」

 「なんだよ、別にいいじゃん。ちょっと、ほんの一か月くらいは我慢してよ」


 わたしは一昨日美容院に行ってつやつやになった髪を指先でくるくる弄りながら、ため息を吐いた。


 「ツッキーのことだって考えてるよ。でもわたしの身体は一つしかないの。分かる?」

 「……………」

 「我慢して。わたしのこと好きなんでしょ。彼氏に上手く誤魔化せたら、またイチャイチャできるようになるから。ね?」


 ツッキーは自分の席に深く座り込んで、しばらく俯いた後、ゆっくりとわたしを見上げた。


 「……ハカゼは私のこと、どう思ってるの」

 「はぁ? それ今かんけーある?」

 「いいから。答えて」

 「ツッキーのこと? ツッキーは……」


 …………。

 めんどくさ。

 なんでわたし、こんな方々のご機嫌取りしなきゃいけないんだ? わたしはただ、わたしのこと好きって言うから、その気持ちに応えてあげてるだけなのに。褒められるならまだしも、なんで責められてるみたいな構図なんだ?

 わたしは……何をこんなに頑張ってるんだ?


 「……それ言わせてさぁ、ツッキーは何をさせたいの?」

 「え……?」

 「わたしに何を望んでるの?」


 わたしはつやつやになった髪をぐしゃぐしゃに手でかき回して、「あああ……」と唸っていた。


 「やめてよ。これ以上望まないでよ。疲れるんだよ。誰のこと好きとか、誰と付き合ってるとか、どうでもいいじゃん。なんだよ。触らせてあげてるじゃん。それの何が不満なの? わたしはァ!」


 ツッキーの机を叩いた。彼女は「ひぅ」と肩を震わせた。


 「何も要求してないだろ! 勝手に好きになったくせに調子にのんな!」


 耳がキーンとする。興奮で脳が煮えたぎって何も聞こえない。自分の中の音────心臓が早鐘を打つ音、血管が膨張して血液が身体中を素早く巡る音、荒く短い息遣いの音だけが、内側から鼓膜を揺らす。


 「は、ハカゼ……」


 やがて、わたしは気付く。教室中が静かになって、わたしたちを見つめていることに。

 いや、見られているのはわたしだ。皆、信じられない、とでも言いたげに目を見開いている。

 そっか、こんな姿、見せないようにしてたんだ。

 なんでだろう……。わたしは、わたしのことを、間違えてるとか、思ってる?

 わたしが、なんで我慢しなきゃいけないんだ……。


 「……めんどくさ」


 わたしはツッキーの席から離れ、自分の席からカバンを掴み取って、そのまま教室から出た。


 「ハカゼっ!」


 背後からツッキーの声が聞こえた気がしたけれど、振り返る気力も残っていなくて、わたしは、そうプログラミングされたかのように、右足と左足を交互に動かすことしかできなかった。

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