第12話 ハカゼ高校生編④ セフレじゃダメなの?
「ねぇ、まだしてくれないの? セックス」
「…………」
「てか女同士ってどうやってやんの? 何したら終わりなの?」
「…………」
「ねぇねぇねぇ、ツッキぃー。ねぇねぇー、ねぇってばぁ」
「ううう、もぉ! 早く寝てよぉ!」
ベッドの中でツッキーに抱き着いてうだうだ言っていると、枕を顔面に叩きつけられた。
「ちょっ、ツッキー! 保湿クリーム取れちゃうじゃん!」
「知らないよ、もう」
「ふーん、そんなこと言っちゃうんだぁ。へぇー」
わたしはニヤニヤしながら、ツッキーの上に重なって寝そべった。ハカゼの肉布団だ。上から彼女をじっと見つめる。
胸の下まで長さのあったもさもさの髪は肩までばっさりと切られ毛量も減ってスッキリした。輪郭がシャープで目元が涼し気だから清涼感があってかっこよさが際立つ。やっぱり顔周りをハッキリさせた方が垢抜けると、わたしの見立てに間違いは無かった。
何が可愛いって、わたしが「可愛い顔してるから顔を出せ」と言った翌日に切ってきたことだ。さらに、イメチェン後がわたしの好みの女の雰囲気だったから、もう悶え死にそうだった。ツッキーを揶揄っていたクラスメートも、いつの間にか何も言えなくなっていた。わたしは自分のことのように嬉しかった。
そんな、イメチェンしてかっこ可愛くなったツッキーに接近して、わたしは彼女の耳元で囁いた。
「寝る前のやつ、したげないよ。今日はねぇー、特別なリップ塗ってるんだー。何の香りなのかなぁー。あー、でもツッキーは分かんないよなー。このままじゃなー」
「……ごめんなさい」
「うんうん。素直でよろしい。うふふふふ」
わたしが満足げに笑っていると、ツッキーがわたしを掴んで上下を逆転させた。
「きゃあんっ」
ギシギシとスプリングが揺れる。ベッドに押し付けられてじゃれるような声を上げたわたしは、ツッキーを見上げる。彼女は、カーテンから漏れる月明かりだけの薄暗闇でも分かるほど顔を赤くさせ、わたしに覆い被さっていた。
「よ、いしょっ」
わたしは枕をそこら辺に投げ捨てて、少し顎を上げて、彼女を受け入れる体勢を作る。やがて、唇に柔らかい感触が訪れた。
「ぁっ……」
わたしが唇を食むと、ツッキーの口から甘い声が漏れた。ちゅっ、ちゅっ、と弾むような音が、お互いの唇が触れて、交わって、離れる度に奏でられた。
「ツッキ、何味か分かる……?」
「どうでもいい……」
「ええー、なんでだよぉ、んん」
「ハカゼの方が甘いから……」
「ふへへ、ばぁーか……」
角度や強さを変えながらキスを重ねれば重ねるほど、むずむずした甘焦ったい稲妻が身体の内を駆け巡って、それに弾かれるように手足がモゾモゾ動く。ツッキーの腰を撫でて、背中に手を這わせて、足がシーツを引っ掻き、彼女の足へと巻きつく。パジャマと布団が擦れて、汗が額に滲む。
「ハカゼ……かわいい……大好き……」
吐息混じりにわたしの名を呼ぶ彼女を、抱きしめてずっと腕の中に閉じ込めてしまいたい、と思った。
「ね。ツッキー、ベロ、出して……?」
わたしは彼女の唇をぺろっと舐める。
「ベロチューしよ……」
「……寝れなくなっちゃうから……」
離れようとしたツッキーの首に手を回し、わたしの元へ抱き寄せた。
「寝かせると思ってんのかぁ? エロい顔しやがって」
「……お互い様、だと、思う」
「うるせー、ひひ。ぇあー……あん、んんむ……」
ツッキーの舌がわたしの中に侵入し、わたしはそれを迎え入れた。さっきまでは「ちゅっ」なんて可愛い音だったのが、だんだん「ジュルジュル」とか「ぼじゅっ」みたいな汚い音へ変わっているのが、逆にエロくて興奮した。
「ハカゼ、ハカゼ……はぁあ、あぁ」
ツッキーの口は熱くて、顔にかかる息は生温かくて、生物、って感じがした。わたしの息も同じくらい熱くて、体温を交換し合っているのがよく分かった。
「ねぇ……ホントにえっちしないの……?」
息つぎのタイミングで、わたしはツッキーにそう尋ねた。唾液が混じった銀の糸がお互いの口に繋がっているのが果てしなく官能的だった。
「わたし、いいよ。もういい加減。ツッキーにだったら。触られてもいい」
わたしは足でベッドを剥がして、パジャマをお腹からまくり上げた。
「ほらほら。ツッキー……もういいでしょ?」
足をツッキーの腰に絡みつかせ、彼女の耳を指の腹で舐るように撫でる。
「いい加減セックスしたくなったでしょ?」
「じゃあ、私のこと、好き?」
はぁ、はぁ、と息を荒げながら、熱に浮かされたような声を出しながら、ツッキーはわたしの耳元で囁いた。本能に引きずられないように、わずかに残った理性を必死に掴んでいるようだった。
「ハカゼがわたしのこと、好きになってくれとるなら、わたし、ハカゼとセックスする。わたし、ハカゼと、好き同士になりたい。ハカゼはわたしのものになって、わたしは、ハカゼのものになりたい」
「も、もの扱いすんなよな……」
「触られてもいい、じゃなくて、触ってほしい、になったら、私、ハカゼのこと……」
ツッキーの手が胸に触れた。すると、ブラを付けているはずのに、「んっ」と声が出た。反射的だった。
なんで……なんだろう。
「ハカゼのこと、好きだよ。大好きだよ。愛したいんだよ。ハカゼもわたしのこと好きって言ってよ……」
「……別に、いいじゃん。そんなの。いつまでも意地張っちゃってさ。バカみたい」
「そ、それはハカゼも、でしょ」
「うるせぇ。ツッキーが意地張るから引っ込みつかないんでしょう、がっ」
「うわぁっ」
わたしはツッキーごと、ぐるりと寝返りを打って、再度わたしが彼女に覆い被さる形になった。
「マジでセフレじゃダメなの? 愛とかめんどくせーじゃん。お互い気持ちいいことしてさぁ、スッキリして、それじゃダメ?」
「セックス、気持ちよくないって、言ったくせに。なにがお互いよ」
「……まーねぇ」
「私だけの自己満足で気持ちよくなるなんて死んでも嫌だ。私は、そんなんじゃない。私は……っ」
ツッキーの顔が醜く歪んだ。熱気を孕んだ空気が、その一言だけで完全に冷ややかなそれに入れ替わった。
ああ、また出た。これはツッキーの『地雷』だ。彼女とこうなって三か月ほど経つけれど、たまに何かを心から憎悪することがある。すごくトラウマチックだ。それは大抵、『好き』だの『愛』だのの話の時だ。
きっと、何かをわたしに重ねているんだろうなぁ。なんて勘繰ったりする。
彼女はため息を吐き、わたしの下から抜け出して、寝返りを打ち背を向けた。
「満足したから、寝よ。明日は一緒に定期テストの対策するんでしょ。早起きしなきゃいけないから……」
「……自己満足は嫌だ、だぁ? かっこつけやがって。知ってるんだからな、わたしが寝た後にオナニーしてんの」
「ぶっ!?」
ツッキーは背中を丸めて激しく咳き込んだ。一瞬で耳が真っ赤になったのがこの薄暗闇の背後からでも分かった。相変わらず、イメチェンしても感情が分かりやすい女の子だ。
「なっ、なっ、そんっ、そんなことしとらん!」
「分かるわ。声ダダ漏れだし。ツッキーの声エロ過ぎてわたしもそれでオナニーしたことあるもん」
「ふぇえ……」
「なのに気づかないなんて、よっぽどオナニー大好きなんだねぇ。怪奇・欲求不満女め」
がばっ、とツッキーは布団を頭から被った。おかげでわたしが寒くなった。
「や、やめてよぉ……ひどいよぉ……」
「だぁかぁらぁ、もうさっさとしちゃお? めんどくさい拘りとか捨ててさぁ。そうすりゃツッキーも夜な夜な睡眠不足になることないじゃん」
わたしが布団ごとツッキーを抱きしめてよしよし撫でていたら、それでも、彼女は布団の中でフルフルと首を横に振った感触が伝わってきた。
「やだ……私のこと、好きって言ってくれないと、セックスしないもん……」
「……へーへー、分かりましたよ。今日はもう寝ようねー。ごめんちゃいねー」
「…………」
わたしはツッキーから布団を剥がして、自分の分を確保する。その後は特に何の会話もなく、しばらくすると隣から健康的な寝息が聞こえてきた。
「そんなに大事かねぇ。付き合うだの、愛だの……」
わたしはそう呟きながら、目を閉じた。静かになって、自分の頭の中がうるさくなった。
わたしがあのプール掃除の日に彼女へキスをしてから、三か月が経とうとしていた。もうすぐあと何週間でクリスマスだ。わたしは彼女を『ツッキー』と呼ぶようになって、週末はツッキーの家に泊まってイチャイチャするのが恒例になっている。
キスはする。身体もたまに触る。でも核心的な所には触れないし、セックスはしない。付き合ってもない。セフレでもない。ただの友達でもない。わたしたちは不思議な関係だった。
外から見れば、仲の良い友達同士だ。彼氏とはすぐ別れた。もちろんLINEで。ただ「別れようか」とだけ。色々好きじゃない理由を述べて、既読が付く前にLINEとインスタをブロックした。その後大した問題にもなってないから、たぶん納得してくれたんだろう。
なにより、ツッキーが望んでいたから。好きにさせてあげよう、付き合ってあげよう、と素直に思えた。
「私は花村さんが好き」
「でも、花村さんから好きって思ってもらえないと、セックスしたくない。それだけは、どうしても……無理」
「私じゃあ、花村さんの格を上げてあげられないけど、でも、好きって気持ちは変わらないし、花村さんのこと、もっと知りたいって、毎日、想う」
「これが、あの日の答え。素直な気持ち、だよ」
わたしからの問いに、ツッキーはそう答えてくれた。わたしは「そっか」と言って、「じゃあ、月山のこと、好きって思わせてよ」と頼んだ。
「わたし一回、本気で人のこと好きになりたい。好きな人のことで頭いっぱいになって、その人のことずっと気になって、色バカになってみたい」
「もしかしたら、それが月山だったりして」
「わたしに、証明してみて」
期限もない、基準もない、全部わたし次第。そんな賭けに、月山は────ツッキーは乗ってくれた。
あれから三か月。わたしはツッキーのことをどう思っているんだろう。好きとか愛してるとか、わたしにはいっとう分からない。ツッキーにキスをしたのも、好きと言われたからだ。セックスに誘うのも、好意を抱く相手には性欲を抱くものだと、わたしは思っているから。
わたしはツッキーのことを、わたしのことが好きということ以外、何も知らない。彼女に家に行くと、必ず両親がいないことも。なぜ時々怖い顔をするのかも。どうしてわたしに執着するのかも。
わたし自身は、どうなんだろうな。
わたしって、なんなんだろうな。
セフレでいいじゃん、なんて提案も所詮、現状維持のためだ。このままの関係を、わたしは心のどこかで心地よく思っているんだ。
ツッキーとキスをする度に、触れ合う度に、彼女から流れ込んでくる暴力的なまでの好意と欲望に翻弄されて、思考回路を巡らせる暇もなく、溺れてしまいそうになる。
彼女の熱に当てられて、わたしの身体も熱くなって、風船のように膨らんで空を飛びそうになる。
「んっ……」
このままじゃ寝られないから、少しでもこの熱を吐き出さなければならない。
だからわたしは胸に手を当て、ショーツの中に手を突っ込んだ。
「あー……はっ、ふ、ん……馬鹿馬鹿しい……っ」
なんだか、わたしってクソだな、と思った。そう思うのは深夜だからだ。夜が明ければ、どうせいつものわたしなんだ。
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