第12話 過去編④ キスをする度に
「ねぇ、しないの? セックス」
「…………」
「てか女同士ってどうやってやんの? 何したら終わりなの?」
「…………」
「ねぇねぇねぇ、ツッキー。ねぇねぇ、ねぇってば」
「う、うるさいっ! もう! 早く寝て!」
ベッドの中でツッキーに抱き着いてうだうだ言っていると、枕を顔面に叩きつけられた。
「ちょっ、ツッキー! 顔のクリーム取れちゃうじゃん!」
「知らない」
「もー……じゃあ、寝る前のやつ、する?」
「……する」
「ふはは、結局することはしたいんじゃん」
ツッキーは、光源がカーテンから漏れる月明かりしかない薄暗闇でも分かるくらい顔を赤くさせながら、わたしに覆い被さった。わたしは枕をそこら辺に投げ捨てて、少し顎を上げて、彼女を受け入れる体勢を作る。
やがて、唇に柔らかい感触が訪れた。
「んっ……」
わたしが唇を食むと、ツッキーの口から甘い声が漏れた。ちゅっ、ちゅっ、と弾むような音が、お互いの唇が触れて、交わって、離れる度に奏でられた。
「ツッキー、もっと……」
角度や強さを変えながらキスを重ねれば重ねるほど、むずむずした甘焦ったい稲妻が身体の内を駆け巡って、それに弾かれるように手足がモゾモゾ動く。ツッキーの腰を撫でて、背中に手を這わせて、足がシーツを引っ掻き、彼女の足へと巻きつく。パジャマと布団が擦れて、汗が額に滲む。
「ハカゼ……」
吐息混じりにわたしの名を呼ぶ彼女に、抱きしめてずっと腕の中に閉じ込めてしまいたい、と思った。
「ね。ツッキー、ベロ、出して……?」
わたしは彼女の唇をぺろっと舐める。
「ベロチューしよ……」
「……寝れなくなっちゃうから……」
離れようとしたツッキーの首に手を回し、わたしの元へ抱き寄せた。
「寝かせると思ってんのかぁ? エロい顔しやがって」
「……お互い様でしょうが」
ツッキーの舌がわたしの中に侵入し、わたしはそれを迎え入れた。さっきまでは「ちゅっ」なんて可愛い音だったのが、だんだん「ジュルジュル」とか「ぼじゅっ」みたいな汚い音へ変わっているのが、逆にエロくて興奮した。
ツッキーの口は熱くて、顔にかかる息は生温かくて、生物、って感じがした。わたしの息も同じくらい熱くて、体温を交換し合っているのがよく分かった。
「ねぇ……ホントにえっちしないの……?」
息つぎのタイミングで、わたしはツッキーにそう尋ねた。唾液が混じった銀の糸がお互いの口に繋がっているのが果てしなく官能的だった。
「わたし、いいよ。ツッキーにだったら。触られてもいい」
「じゃあ男と別れて……」
はぁ、はぁ、と息を荒げながら、熱に浮かされたような声を出しながら、ツッキーはわたしの耳元で囁いた。
「そうしたら、ハカゼとセックスする。ハカゼを私だけのものにできるから」
「も、もの扱いすんなよな……」
「触られてもいい、じゃなくて、触ってほしい、になったら、私、ハカゼのこと……」
ツッキーの手が胸に触れた。パジャマを着てるし、ブラも付けているのに、「んっ」と声が出た。なんでだろう。
「ハカゼのこと、愛してるって言える……」
「……別に、いいじゃん。そんなの」
わたしはツッキーごと、ぐるりと寝返りを打って、彼女に覆い被さる形になる。
「セフレじゃダメ? 愛とかめんどくせーじゃん。お互い気持ちいいことしてさぁ、スッキリして、それじゃダメ?」
「死んでも嫌だ」
ツッキーの顔が醜く歪んだ。熱気を孕んだ空気が、その一言だけで完全に冷ややかなそれに入れ替わった。
彼女はため息を吐き、わたしの下から抜け出して、寝返りを打ち背を向けた。
「満足したから、寝よ。明日は一緒に定期テスト対策するんでしょ。早起きしなきゃ」
「……知ってるんだからな。わたしが寝た後にオナニーしてんの」
「ぶっ!?」
ツッキーは背中を丸めて激しく咳き込んだ。
「なっ、なっ、そんっ、そんなことしてない!」
「分かるわ。声ダダ漏れだし。ツッキーの声エロ過ぎてわたしもオナニーしたことあるもん」
「ふぇえ……」
「なのに気づかないなんて、よっぽどオナニー大好きなんだねぇ。怪奇・欲求不満女め」
がばっ、とツッキーは布団を頭から被った。おかげでわたしが寒くなった。
「や、やめてよぉ……ひどいよぉ……」
「だぁかぁらぁ、もうさっさとしちゃお? めんどくさい拘りとか捨ててさぁ。そうすりゃツッキーも夜な夜な睡眠不足になることないじゃん」
わたしが布団ごとツッキーを抱きしめてよしよし撫でていたら、それでも、彼女は布団の中でフルフルと首を横に振った感触が伝わってきた。
「やだ……付き合わないとセックスしないもん……」
「……へーへー、分かりましたよ。今日はもう寝ようねー。ごめんちゃいねー」
「…………」
わたしはツッキーから布団を剥がして、自分の分を確保する。その後は特に何の会話もなく、しばらくすると隣から健康的な寝息が聞こえてきた。
「そんなに大事かねぇ。付き合うだの、愛だの……」
わたしはそう呟きながら、目を閉じた。静かになって、自分の頭の中がうるさくなった。
わたしがあのプール掃除の日に彼女へキスをしてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。わたしは彼女を『ツッキー』と呼ぶようになって、週末はツッキーの家に泊まってイチャイチャするのが恒例になっている。
キスはする。身体もたまに触る。でも核心的な所には触れないし、セックスはしない。付き合ってもない。セフレでもない。ただの友達でもない。わたしたちは不思議な関係だった。
外から見れば、仲の良い友達同士だ。だからこの関係は、まだ彼氏にバレてはいない。ちょっとした二股みたいなものだ。
わたしはツッキーのことをどう思っているんだろう。好きとか愛してるとか、わたしにはいっとう分からない。今の彼氏も別に好きじゃない。ツッキーにキスをしたのも、好きと言われたからだ。セックスに誘うのも、好意を抱く相手には性欲を抱くものだと、わたしは思っているから。
わたしはツッキーのことを、わたしのことが好きってこと以外、何も知らない。彼女に家に行くと必ず両親がいないことも。どうして担任のプレゼントにお金を出すのを渋っていたのかも────
どうして、わたしのことが好きなのかも。
わたし自身は、どうなんだろうな。わたしって、なんなんだろうな。
ツッキーとキスをする度に、触れ合う度に、彼女から流れ込んでくる暴力的なまでの好意と欲望に翻弄されて、思考回路を巡らせる暇もなく、溺れてしまいそうになる。
彼女の熱に当てられて、わたしの身体も熱くなって、風船のように膨らんで空を飛びそうになる。
「んっ……」
このままじゃ寝られないから、少しでもこの熱を吐き出さなければならない。
だからわたしは胸に手を当て、ズボンの中に指を突っ込んだ。
「あー……はっ、ふ、ん……馬鹿馬鹿しい……っ」
なんだか、わたしってクソだな、と思った。そう思うのは深夜だからだ。夜が明ければ、どうせいつものわたしなんだ。
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