第6話 どうせこういうわたしだもんな①
流石にオールはしんどくて大学をサボってしまおうと思ったけれど、イツキが大学に行くなら、とだるい身体を引きずって着替えてメイクしてキャンパスに向かった。
シャワーに入って服を選んでメイクして髪を整えて……の時間を逆算すると睡眠時間が削れてしまうけれど、わたしにとって妥協のできない問題だ。
わたしにとって、綺麗でいることが価値で、顔が良くてスタイルが良くてファッションセンスが良いことが胸を張れることだから。だから正直、大学に行く目的は勉強というより、オシャレをして外を歩く口実だ。
「ふわー、だりぃ」
東西線に乗り換えてハンドミラーで顔の出来栄えをチェックする。うん、全然大丈夫だ。今日も可愛いじゃん、わたし。と頷いた時あくびが出た。
今日の予定は三限の民法基礎と四限の会社法だ。この二つは必修だから、イツキも一緒の教室だ。今まではサークル以外で話したことはないけれど、今日は隣を狙い撃ちしてやるつもりだった。終わるのが17時過ぎだから、ご飯はどこで食べようか。せっかくだし、イツキのこと誘おうかな。今のところ何の予定も無いし……。
「ハカゼ……?」
イツキに連絡を取ろうとしていた時、声をかけられた。ワックスびたびたのセンター分けで秋学期に入ったというのに筋肉質な身体にタンクトップにじゃらじゃらしたネックレスを付けて、浅黒い肌を前面に押し出していた。ユウヤさんだ。この人はモデルさんだから、かっこよくいるのが仕事みたいなものなのだ。
うわー、この人同じ路線使うの? めんどくさいな。どういう会話しよう。最寄駅に着くまであと15分くらいあるよ……。
「あ、どうも」
わたしはとりあえず無難に会釈した。するとユウヤさんは隣に座ってきた。
「うす……あのさ、お前今日、サークルくんの?」
「行かないっすよー。辞めます。グループも退会しちゃったんで。あはは。ご迷惑おかけしました」
「そっか、まぁ行きづらいよな……」
なぜかユウヤさんは申し訳なさそうな顔をする。え、何なの? たしかにこの人が暴れ出したからああなったけど、元はと言えばわたしに原因があるのに?
「そうなんですよー。だからお世話になりました」
「おれも辞めようかな」
「はぁ?」
意味が分からなすぎて素が出かけた。電車がうるさい音を立てて走行しているおかげでバレずに済んだ。危ねぇ。
「だって会えないじゃん、サークル行ってもさ」
「え、誰にですか……?」
「ハカゼにだよ、なに言ってんだよ」
えー、何でだよ……。
「あのさ、マジでおれと付き合ってくんないかな」
「えっと……」
「昨日はあんなことになっちゃったけど、それでもおれハカゼが好きなんだよ」
「そうすか……」
「あれから色々考えたんだよ。結局ハカゼがどういう人間だからって、おれは今のハカゼが好きなんだよ。だから今までのハカゼが誰とどうしてたって関係ないんだ」
ユウヤさんはわたしに向き直った。
「だからおれと一緒になってくんない? まぁ、付き合った後は流石に他の人とヤるの止めてほしいけど……その代わりおれがいっぱい相手するからさ」
「はぁ……そうなんですね……」
やばい、めんどくさい。マジでダルい。何なのこいつ。全部間違ってる。
「えっと、ごめんなさい。わたし今、恋人とか欲しくないんです。だからユウヤさんと付き合うの、ちょっと……」
「ってことは相手いないんだろ? 試しに付き合ってみようよ。そしたら気が変わるかもしれないぜ?」
「そういう話じゃないっていうか、えっと……」
「うん、なに? ごめん、聞こえない。電車の音がさ……」
「あー、うー……」
めんどくさい。めんどくさいな、もう。全部めんどくさい。
もう付き合ってやろうか。そんでテキトーに奢ってもらったりプレゼントしてもらったりして別れよう。男なんてテキトーにセックスしてれば黙るだろうし。そうだ、そうしよう。いつもみたいにそうやって……。
────セックスなんてそれ以上でも以下でもないもんね。
「…………」
なに今更、傷ついてるんだ。それは元々わたしの言葉だろ。他人から改めて言われたところで、同じ考えってだけじゃないか。だから……。
「なぁ、ハカゼ」
ユウヤさんから腕を掴まれた。
「大学サボろうぜ。デートしよ。何でも奢ってやるから」
「あの……」
「ハカゼもおれと付き合った方が絶対いいって! 他のサークルの奴らなんか金もないし正直イケてないじゃん! おれが彼氏だったら友達にも自慢できるし!」
「自、慢……」
「そうそう! だからさ」
ぐい、と腕を引っ張られる。男に力じゃ敵わない。わたしは簡単に立ち上がらされ、その時ちょうど電車が止まった。
「ほら、行こう。最近見つけた良い感じのカフェがあるんだよ。この駅からだったら乗り換えて10分くらい────」
「やだ!」
わたしは思い切り腕を引っ張って、ユウヤさんを振り払った。わたしは身体の全力を振り絞ったのに対して、彼は微動だにせずポカンとするだけだった。
「は?」
「い、いや、です。ごめんなさい。無理です」
「無理って、は? どういうこと? 奢るって言ってんのに」
「奢られようが何されようが無理だっつってんの! もう話しかけないで!」
「はぁ!? 何だよ、その言い草! 許してやろうって言ってんだよ、おれは!」
喚いているユウヤさんを背に、わたしは電車から降りた。ちょうど発車メロディが鳴っていたところで、わたしを追いかけようとしたユウヤさんは電車の自動ドアに阻まれた。
「おい! 待てよ! おい!」
ドアをバンバン叩いているユウヤさんを見て、わたしは本気で引いた。何だよ、こいつ。そこまでわたしとヤりたいの? 気持ち悪すぎる。生理的に無理だ。
「ウゼェ、キメェ、しつこいんだよ! 二度とわたしに話しかけんな、バァーか!」
わたしの暴言から逃げるように電車が走り出した。ホームが静かになると、わたしは息を荒くさせながらへたり込んでしまった。地面に手をついて、俯いた。汗がぼたぼた落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……なにやってんだろ、わたし」
今更、後悔だ。ユウヤさんだって上手く付き合えば利益になる人だったのに。わたしには友達も信頼できる人もいないから、ああいう下半身でモノを考える人を転がしておかないと何もないのに。昨日までのわたしだったら普通にオーケーしてインスタにイチャイチャ写真をアップしてたはずなのに。
どうしちゃったんだろう、わたし。
すごく疲れたな。
わたしはホームのベンチに座って自分の身体を抱きしめた。自分が面倒で嫌になる。少しでも考え始めると、こうだ。自分を守るための武装は汗や涙で全部流れていってしまう。
このまま帰ろうかな。そう思いかけたところで、ここで帰ってしまったら負けた気がしたから。何に、かは分からなかった。
なんとか重い身体を動かして、次の、もう一本次の、さらにもう一本次の電車に乗った。すぐに動けなかった自分が情けなくなって、だけどこの気持ちを吐き出す場所なんて、わたしには持ち合わせていなかった。
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