第4話 やっちゃった④

 「マジ男ってめんどくさい! なんでヤッただけでみんなあんな執着するのかね? 女なんて星の数ほどいるっちゅーねん!」


 ぶはー、と缶チューハイを飲み下して、わたしは座椅子の背もたれにもたれ掛かった。叢雲さんはその右斜め前で、わたしのベッドにもたれながら、大人しくわたしの話を聞いてビールをくぴくぴ飲んでいる。

 無事、わたしは叢雲さんを家に連れ込むことに成功し、洗濯をして、化粧を落としてお風呂に入って、もういつでも寝られる状態になって、二人だけの二次会が始まった。


 「セックスなんて所詮セックスじゃん。それ以上でも以下でもないのにさ。わたし別に特別な関係になりたいわけじゃないのに、はぁー、だる」

 「まー、それはもう思想の違いだからしょーがないよねー」

 「だよねぇ!? わたし付き合って、とも付き合いたい、とも言ってないし! あとセックス好きじゃない!」

 「そうなの?」

 「そうだよ。挿れられても気持ちよくないし。指とかベロでされた方がいい。おっぱいすーぐ掴むし、痛いあれ。男って自分の力の強さ分かってないよね。でもいかにも『気持ちいだろ?』とか『おれって大事に扱ってるー』みたいな顔されると、もう、お前ホントさぁ……! ってなる」


 わたしは息継ぎするみたいに缶チューハイに口をつけた。飲み干して、デスクに空き缶を置く。手元がブレて缶が倒れた。あー……酔ってるなー……。

 はぁー、と自分の息が熱いのを感じる。わたしは背もたれに寄りかかって天井を見上げた。


 「セックスなんて男の自己満じゃん。黙ってオナニーしてろよ、バカちんこ……」

 「でも、してあげるんだ」

 「だってぇ……性欲で頭がいっぱいになってる男の子って、なんか……」

 「なんか?」

 「アホで、かわいそうで、みっともなくて……わたしでいいなら、ってなる……」

 「はー、バカちんこにバカ女め。お似合いだな」


 叢雲さんはいきなり、ビールをごくごくと飲み出した。口の端から零れたビールがわたしが貸してあげたパジャマを汚していく。


 「別に花村さんじゃなくていいじゃん。さっきはああ言ってたけどな、男は女だったら誰でもいいんだよ。ちんこ勃つなら誰でもいいの」

 「そんなことなぁい! わたしじゃなきゃ満足できないって人いっぱいいたもん!」

 「だからぁ! そういう思考がバカお花畑って言ってんの、このまたゆる! 自分のことは自分で大事にするしかないでしょ、何かあったらどうすんだ!」


 カァン! と空き缶をテーブルに叩きつけ、叢雲さんはわたしを睨みつける。わたしはなんだか言い返したくなって、近くにあったぬいぐるみ(前の前の前の彼氏にゲーセンで取ってもらったやつ。なんのキャラか知らん)を投げつけた。


 「さいばん起こすもぉん!」

 「やったことあんのかぁ!?」

 「ねーよ! でもわたし法学部ですからぁ!?」

 「せいぜい頑張れ! 応援してる!」


 はぁ、はぁ、と荒い息だけがわたしの部屋に充満する。わたしは心地良いぽかぽかに包まれ、床に倒れた。


 「……タバコ吸ってんの?」

 「えー?」


 叢雲さんに訊かれたので、だるさを感じながら起き上がる。


 「いや、灰皿あるから」


 彼女が指差した先、ベッドサイドには灰皿が置かれている。


 「あー、あれねー。前の彼氏のやつ。タバコ吸う人だったからさ。わたしも一緒に吸ってたよ」

 「そうなんだ。紙? 電子?」

 「紙―。前の彼氏、電子タバコの匂い嫌いだったからさ。部屋に匂いつくけど、前の彼氏のタバコが混じった臭い気に入ってたからー」

 「ふぅん」

 「だからいいよー、吸っても。わたし気にしない。換気扇つけてこようか」

 「いいの? じゃ、遠慮なく」


 叢雲さんは自分の荷物を漁り、中からジッポライターとタバコを取り出し、火を点けた。


 「何吸ってんのー?」

 「ん、ホープ」


 換気扇を開けたわたしは、戻ってきて彼女のすぐ隣に腰を下ろした。


 「え、タール14ミリ!? うげぇ、こんなん緩やかな自殺じゃん。よく吸えんね、こんな重いの」

 「色々手ぇ出してきたんだけど、もうこれじゃないと満足できない」

 「うわー、えっちじゃん。タバコやりチンだ」

 「……お前は何吸ってたんだよ」

 「え? わたしはー」


 わたしは立ち上がって、小物を入れているカラーボックスを開けた。そこからタバコを取り出して彼女の隣に戻る。


 「ピアニッシモー。せっかくだからわたしも吸っちゃおー。三か月ぶりー。ライター貸してー」

 「うわぁ、彼氏に付き合わされてる女の吸うタバコだ。だせぇ」

 「うるせぇ! 別に吸いたくて吸ってたわけじゃないもん! 三か月禁煙できてたし!」

 「はいはい、禁煙終了ご愁傷様。一個くらいカスが増えてもいいじゃん。ヤニカス」


 叢雲さんはライターに点火して、わたしのタバコにも火を点けてくれた。


 「ふー……」


 ゴー……という換気扇の音に混じって、叢雲さんの煙を吐き出す音が聞こえる。吐息の音。タバコを持つ指先。ネイルしてる。黒……いや、濃い紫だ。ウルフカットになった髪の毛先と同じ色。煙を吐き出す、薄くてピンク色の唇……。


 「えろ……」

 「あ?」


 叢雲さんは目を細め、灰皿にタバコを押し付けた。「なに、急に」と訊き返しながら、続けて新しいタバコを咥える。もう一本吸えるんだ。肺、強……。


 「いや、なんか……叢雲さんえろいなぁって……ていうか、かっけー? なんか、いいね、そういうの……」

 「ふぅん」


 興味無さそうに、彼女は俯き────いきなりわたしへ手を伸ばした。


 「へ」


 わたしの口へ────タバコに、彼女のタバコの先っちょをくっつける。

 シガーキス。


 「貰っちゃった」

 「…………えぁっ」


 わたしは驚いて、口を開けてしまって、タバコを落とした。


 「あっ、やば! 火、燃え移っちゃ────」


 床が叩かれた。ものすごい音だ。


 「…………」

 「えろいってさぁ」


 叢雲さんが、虫を叩きつぶすみたいに、タバコを火ごと手のひらで消した。部屋のカーペットに黒い染みが付いた。


 「アタシに対して『そういう』気分になったってこと?」


 そして────

 わたしはベッドに押し倒され。

 わたしは叢雲さんに抱かれた。

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