第3話 やっちゃった③
お店を後にしたわたしたちは、早足で駅までの道のりを歩いていた。わたしは、まだ叢雲さんに手を握られていた。
「あのさ、花村さん」
彼女は立ち止まった。手を繋いでいるから、わたしも連動した。彼女はわたしを振り返って、先ほどの冷たい瞳ではなく、眉を下げて、わたしを心配しているような表情で口を開く。
「ずっと思ってたけど、もうやめた方がいいよ、ああいうこと。男食い散らかしてさ。さっきみたいなトラブルが起こるんだし、もうあのサークルはダメだろうけど、せめて、自分の身体は大事にしなきゃ────」
「あああああああああああ」
わたしはすーっ、と息を大きく吸って、背伸びした。天を仰いで大口を開けた。
「うざかったー!」
「……へ?」
「あー! すっきりした! ほんと、誰が誰とヤッただのどーだのこーだの、お前にかんけーねーよって感じ! だせー男ばっか! なんであんな奴らとヤッちゃったんだろ! もー自分がバカみたい! ありがとね、叢雲さん! 言いたいことみーんな言ってくれてスカっとしちゃったぁ!」
「ぇ、あ……はぁ?」
叢雲さんは感情が抜け落ちたように、口をぽかんと開けて、切れ長な目を真ん丸に広げてながら固まった。
「え、反省は……? あんたのせいでみんな嫌な気持ちになったんだけど……」
「わたしが悪いの? わたしえっちしただけなのに? しかもわたしが誘ったんじゃないよ、どうしてもっていうから」
「どうしてもっていったら、抱かせるの……?」
「え? うーん、気分によるかな。なんかいい感じだったら全然いいし。男の人って触るとすぐビクビクして、みっともなくて可愛いし、そういうの見たくなった時とか。鬱陶しかったら切ればいいしねー」
「あー……そ」
やっと動き出した叢雲さんは頭をガリガリ掻いてわたしから目を逸らした。
「もしかして邪魔した? あのまま修羅場った方がよかったかね」
「え、なんで? 助かったよー! わたし、もうサークル辞めるし、ブロックすればそれでいいから。ただ服がねー。下ろしたてだったからさー。汚れなくてよかったー」
「……へー」
叢雲さんは再び、あの冷たい瞳に戻り、くるりと踵を返した。
「じゃ、私この辺で。そろそろ終電だから」
「えっ、ちょっと待ってよ!」
わたしは彼女を追いかけて腕を掴んだ。
「服、濡れたままじゃん。そのままじゃ風邪引いちゃうって。それに女の子がこんな深夜に一人は危ないし」
「別に……」
「ね、うち来ない? こっから近いんだ。洗濯してあげられるし、お酒もあるよ」
「……はぁ?」
叢雲さんは尖った犬歯が見えるくらい口をあんぐり開けて、心底呆れた、みたいに大きく息を吐いた。
「それさぁ……私のこと知ってて言ってんの?」
「え? あー」
そういえば。わたしたちが二年生になったばかりの時、初めて飲み会に参加した叢雲さんはハッキリと言っていた。たしか、「叢雲さんって彼氏いないの?」ってユウヤさんが尋ねた時だった気がする。
────いないですよ。私、同性愛者ですから。
その時、「あー……そうなんだ」みたいな、ちょっと残念、みたいな空気が流れた気がする。ピアスがバチバチに空いていて、細身で、パンクでかっこいい叢雲さんは初めから注目の的で、たぶん、狙ってる人も多かったんだろう。ユウヤさんもそうだったかもしれない。
「なに? 叢雲さん、わたしのこと狙ってんの?」
「……あんたさぁ」
「わたし男だったら誰でもいいわけじゃないし。男だって女だったら誰でもいいわけじゃないでしょ? それと一緒じゃないの? だからへーき! それよりお礼させろよっ」
肘で彼女の二の腕をつつくと、「はぁー」と今日何度目か分からないため息を吐いて、叢雲さんは髪をかき上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら。替えの下着持ってないから奢ってよ」
「もち、任せて! 今の時間じゃコンビニしかやってねーけど!」
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