第2話

 棺のなかに収まる廉の肌は白い。もともと白い肌だった上に死に化粧を施されてさらに白くなっている。でもそうでもしないと、顔の傷が目立ってしまうので、仕方ない。

 もう何度棺にしがみついて菜々美と泣き続けただろう。涙は枯れることはなく、いつまで経っても頬を伝った線を上書きして流れていく。

「廉、起きろ。友達きてくれてんだぞ」

 廉の肩を小さく揺するがもちろん反応はない。揺らした影響であごがわずかに持ち上がり、鼻の穴の詰め物が見えた。それが無性に死を強調していて、すぐに両手で顔の位置を戻した。首の座っていない頃を思い出し、再び涙が頬をなぞった。もう死んだということは理解していたはずだが、呼びかけたり体を揺すればいつもの朝のように気だるく起きてくるのではないかと思ってしまう。

 同級生でいつも廉と遊んでいた友達が弔問に来てくれた。それぞれの両親に連れられて涙を浮かべている。廉が大事に思われていたことが伝わり嬉しい反面、こんな場面、一度も体験したくなかったと思う。

 十歳になった三日後だった。下校中に廉が横断歩道を渡っている最中、赤信号にもかかわらず突っ込んできた車に轢かれ、廉の命は奪われた。即死だったらしい。これを苦しまずに済んだと安堵すべきだろうか。和中は繰り返し胸の中で訊ねたが、廉がどれだけ苦痛に苛まれ、後遺症に蝕まれたとしても生きていてほしかったという答えにしかならなかった。

犯人は八十代の老人の女で、ブレーキとアクセルを踏み間違えたと言った。もし目の前に老婆がいたなら、どんなに殴りつけても気が済まないだろう。

 廉のいない家の中は黒い霧が立ち込めているような鬱屈さがあった。菜々美は泣き崩れ、そばにいてあげることしかできない。どういう言葉がけをしようとも廉は帰ってこないのだ。そばにいることさえ辛くなり、ソファーに沈み込む。隣に蓮が座り手を繋いでくるあの頃を思い出し、目の周りが熱くなる。こらえきれずに涙が落ちてくる。そんな日々の繰り返しだった。

 慰安室に寝かされた廉の前で、和中と菜々美は泣き崩れた。悲しみで脳がかき乱されるなか、廉が四歳のときに言っていた話が記憶の片隅からぼんやりと思い起こされた。

 あのね、十才になって、ちょっとしたらぼく、くるまにひかれちゃうの。でね、死んじゃうんだ。お母さんもお父さんも大泣きするんだよ。ぼくね、きのはこにはいって寝てるんだでね、ぼく、ちがうひとになるの。ちがうひとになっておとなになったら、いっぱいいろんなひとをほうちょうでさすの。でね、ちがうひとになったぼくのまわりにいっぱいひとがながれるの。ちがいっぱいでるんだよ。でね――

 十歳で死ぬという予言は的中してしまっている。しかも車に轢かれる死因まで。

 廉はどこかで生まれ変わったのだろうか。そしてその新たな人間が将来、大量殺人をするのだろうか。そんなことを考えて、和中は首を振った。どうなろうとも廉は帰ってこない。それに、ゴキブリを殺すことさえ躊躇う子どもだったのだ。生まれ変わろうとも魂が同じなら人を殺すことなどできるわけがない。いや、そもそも生まれ変わりなどあるわけがない。あんな予言など当ててほしくなかった。いや、あのときもっと真剣に聞いて脳裏に刻み込んでおけば十歳になったとき、一年間は十分に車に注意することはできたはず。ソファーで小さい手で握られた感触を今でも思い出す。ずっと守ってやると思っていた。反抗期を迎えてもこの愛は変わらないと思っていた。

 和中は頭を抱えた。帰ってきてくれ。廉のまま帰ってきてくれ。

 菜々美のすすり泣く声に重なるように、和中のむせび泣きがリビングの中でいつまでも響いていた。

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