タイムマシンに乗っても何も変わらないよ

「おかえりインベル」 「ただいま、かあさん」

「どうだった? 今日も魔界に行ったんでしょう。怪我はしなかった?」

「大丈夫。なんともないよ」

「今日もスイレンちゃんと一緒? あの子元気にしてる?」

「元気だよ。」

「それなら良かった。お風呂、沸かしてあるから、入っちゃいなさい」 「ありがと」


41°Cのお湯に浸かる。お風呂は心の洗濯。どこで見た言葉だったか、忘れてしまったが、その通りに心が洗われて声が出てしまう。


お風呂から上がってちょうど、とうさんも帰ってきた。今日は久々に3人一緒にご飯を食べることにした。とうさんがお風呂に行っている間、俺は星々の神話を久しぶりに読み返していた。


星々の神話 2章

ロクト・フウカ譚


-昔。幾万年程前の話。月に住む花の神が人を生み出し、たくさんの人が地球に暮らしはじめました。神は人に、大きく発達した脳を授け、さらにあらゆる環境に適応できるように種類を増やし与えました。--


-時は流れ。それぞれの種の人らは独自の文明、文化を築きました。そしてその知識や物質を人種間で分け合い、助け合うことにしました。しかし関係が近づくにつれて彼らは互いに互いを異物と判断しました。その関係には常に懐疑心が伴い、多くは支配的なものになりました。彼らはやがて心の底から手を取り合うことはできませんでした。--


-そうして人と人の、大きな戦争が3つ起こりました。その3つの戦争は、人が悪意によって多くの人を殺しました。その末に、この地球には憎悪がへばりつき、だんだんと希望や愛は忘れられていきました。--


-そんな人の行く末を月から見ていた花の神は、人の幸せを願いました。そして、人の人を想う心を信じていた花の神は、、希望と愛の想いを最も心に留めている人に、その花の力を授けました。花の神は自らの全てを彼女に託して、消えてしまいました。--


-そしてその力を享受した彼女は、大きな使命と覚悟を抱き、愛する人と協力して共に世界のルールを書き換えました。2人はその新たなルールに、人々が愛を忘れないようにと願いを込めました。そしてそのルールによって、この世界には魔のものが出現するようになりました。--


....。やっぱり俺は、彼女らが邪神だとは思えないな。魔を生み出した神、ロクト・フウカか、、。

メメトならどう感じるんだろう。

インベルは少し寂しい気持ちになった。

2年前の、初めての魔界授業をしたあの日。無事にみんなと魔界から生きて出ることができた。魔界から出てすぐに疲労と安心が押し寄せてきて、少し立ち止まってしまった。そしてその時魔界の方を振り返って見た。確かにメメトが帰ってくる姿を遠くに見た。


「もう今年で卒業か。早いもんだな。」

3人とも食事が終わったころ、サルトが感嘆するように呟く。

「そうだね、無事に卒業できるように、がんばるよ」

「そういえばこの前、インベル、魔界でおまえを見たぞ、そんときは猪型とやり合ってたな。」

「ああ、あの時。見てたんだ。先週かな、思ったより頭が固くてね」

インベルはそう言いながら指導の始まる雰囲気を察知した。

「そんな感じだったな。でも冷静に対処できてたと思う。」

サルトは少し黙り込む。カーナは笑みを浮かべながらインベルたちの話を聞いている。幸せを感じているのだろう。

「インベル、今使ってる剣は刃渡り40くらいか。バゼラードは軽いし扱いやすいだろうけど、今のおまえにはパワーが足りないと感じる。戦士になるなら、今のうちに衣を纏わずとも、80cmのショートソードを振れるようになるんだ」

「ショートソードか、。」

ショートソード。ゴウ様の剣。

確かに自分でもパワー不足だとは感じていた。鍛えるべきは筋力と体幹だな。

「うん。やってみるよ」

「よし。」

サルトはきっとそれが正しい指導なのだと自分に言い聞かせるように言った。

「しっかし、おまえめちゃくちゃ足速いな。速いってのは明確な強みだ、あとは忍耐と肺活力がもっとあれば、その素質は生きる。」

「そうだね。そしたら、ショートソードの素振りと走り込みをしてみる」

「うん。がんばれ。父さんはいつでもお前を応援しているし、愛している」

「わたしもよ。インベル」

「ありがとう...。」

俺も愛してると言い返したかったが、気恥しくてまた言えなかった。


夜に沈んだ自分の部屋に1人。想像が回り回る。


幸せだ。こんなにも、俺は愛されていると実感できる。幸せだよ。充実した生活をおくれているし、自分の成長を日々楽しんでいる。 幸せ、、だけど、なんでだろう。こんなにも死が怖い。俺の周りで誰かが死ぬ。その可能性があると考えるだけで、涙が出るほど悲しくなってしまう。メメトの死にも執着してしまう。「幸せになれなくて苦しみ、もし幸せになってもそれがいつか終わるという恐怖に苦しむ。人は本当に傲慢だね」そう言って微笑んでくれ、それだけで俺は前を向ける。たったそれだけで。


熱い涙が目を瞑ったら流れ落ちてしまう。インベルにとってはそれすらも消失で、寂しさを帯びる事象だった。まだ12歳の、幼い子供の感情が、今は失われているはずの月光に照らされている。

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