第3話 猫のマンション昇り降り問題
人間が乗っていようと関係ない。
吾輩は華麗にスタスタとえれべーたーに乗り込んだ。
黒いジャージを着た人間のメスが不躾な視線を送ってきたが、寛大な心で無視する。
「……猫がエレベーターに乗ってきた。いいの? 閉めていいの? なんか猫がエレベーターに乗るのは当たり前みたいな貫禄を出てるけど」
なにやらブツブツと呟いている。
ニャコも妄想にふけるとこうなることがある。
人間の悲しき習性だろう。
そんなことよりも『2』が光っているのに吾輩の目的地である『1』が光っておらぬではないか。
気が利かぬ人間め。
わずかな助走。
全身の筋肉を躍動させて、いざ必殺のジャンピングねこパンチ!
――ぷにょん
飛び上がった吾輩の右肉球は、正確にえれべーたーの『1』を捉えて光らせることに成功した。
この程度のことは吾輩には児戯に等しい。
子猫時代からやっているからな。
ただやるたびに人間の配慮のなさを痛感する。
まったく人間社会は利用猫のことを考えてない。
ちゃんと猫のことも考えて、床に近い場所にボタンを配置せぬか。
ばりあふりーならぬきゃっとふりーこそが世界のトレンドであるべきだ。
これではえれべーたー利用猫は増えぬぞ。
吾輩が人間社会の問題について考えていると、黒ジャージが大きな声を出した。
「ボタン押した! なんか慣れた感じで一階のボタンを押した! えっ!? 今どきの猫はこんな普通にエレベーターを使うの!? 階段じゃないの!? なんで私は撮影してないの!? 猫配信者なのに! 飼い猫専門だけど!」
さすがにうるさい。
これはえれべーたー利用時のマナー違反だろう。
あと猫が階段を使うと思うなどどこまで愚かなのだ。
マンションの階段の出入り口には金属の扉があるだろう。
猫にドアノブ回して、重たい金属の扉を開けることが可能だと思っているのか人間。
それよりもボタン一つで扉が開き、階も移動できるえれべーたーを使うのが普通であろう。
常識で考えろ。
そう思って黒ジャージに向ける。
ふむ……黒ジャージは『10』に住まうあやつの飼い主か?
初めて見たな。
猫の鼻は人間のように愚鈍ではない。
他の猫の匂いぐらい嗅ぎ分けられるし、その飼い主ならば言わずもがな。
それにしても……。
「な、なに急にこっちを見て? 騒いだから嫌われたかな。ごめんね」
ふっ……ニャコの負けだな。
吾輩には人間の美醜はわからん。
けれど飼い主のニャコの好みくらいはわかる。
この黒ジャージはニャコが憧れている高貴な存在だ。
ニャコが相対すれば、相好を崩してふにゃけた顔で『推し!』などとのたまうだろう。
いやヘタレニャコならば気後れして後ずさるかもしれない。
なににしても黒ジャージはジャージという皮をスタイリッシュに着こなしている。
クソ雑魚ナメクジジャージに成り果てるニャコとは大違いだ。
それに異国の血が混じっているのだろう。
ニャコよりも吾輩一つ分ほど背が高く、身体の凹凸もある。
ニャコが憧れてやまないスタイルがいいというやつだ。
ただ擁護するのであれば愛嬌や親しみやすさなどはニャコが勝っている。
頑張るのだぞニャコ。
「……なんか凄く偉そうにうんうん頷いてる。あっ、またこっち見た。訴えかけるようにこっち見た。えっ、指? あっ……開くのボタンを押しっぱなしだったね。で、でも本当に移動していいの?」
「にゃ」
「い、いいんだ。じゃあ閉めるよ! って私普通に猫と話してる! どうしてスマホで撮影してないの!?」
黒ジャージがなにやら苦悩しているがどうでもいい。
ようやくえれべーたーが動き始める。
光は『5』からどんどん下がり『2』で止まった。
その間、黒ジャージが吾輩のことをずっと見ていた。
というか扉が開いてもなかなか降りようとしない。
「にゃ」
「降りろって? いや降りるけどね。これからスタジオで打ち合わせだし。でもお猫様をこのままエレベーターに一人……いや一匹で残していいのかという問題が」
「にゃ!」
「わかった! わかりました! だからその『仕方ない奴め』という呆れた視線をやめて! なんか傷つくから」
ようやく黒ジャージがえれべーたから出ていった。
最後まで「大丈夫なの? 大丈夫だよね?」などと呟いていたのでなにか心配事があるのだろう。
もしかするとあの見た目でニャコ並みにおっちょこちょいなのかもしれない。
不憫な人間である。
えれべーたーの扉が閉まると光は『2』から『1』に移動した。
吾輩は『1』についたのだ。
動いていないのに扉の向こう側が変化するとは人間のえれべーたーという奴は不思議なものである。
猫神殿への直通えれべーたーを作ってほしい。
そう猫の王に陳情したこともあるが、どうも人間が設置するかんしかめらがあるとできないらしい。
人間も余計なモノをつけてくれる。
まあ猫神殿の道をはそこまで面倒ではないので吾輩は気にしない。
えれべーたーを出て、マンションの玄関の自動ドアを開ける。
「にゃ」
たまに反応しないモノもあるが、このマンションの自動ドアは開いてくれるので便利である。
けれど出るのはいいが、戻るときは塀を飛び越えて中庭に降りなければいけないのがなかなか不便だ。
ちゃんと住猫の顔ぐらい覚えんか自動ドアめ。
こうして吾輩はマンションの外に出た。
ここまでは慣れた旅路である。
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カクヨムコン10
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猫婚〜吾輩は雪見大福である。飼い主はニャコである〜 めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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