Last




「エーテ様、協力者のおかげであなた様を外の世界に連れ出せることになりました。準備をしていただけませんか?」

「え?どういうこと?」

「お静かに。会長には秘密です。申し訳ありませんが、エーテ様にも詳しい事情は・・・・・・」

「・・・・・・ネーフェには、害が及ばないの?」

「ばれなければ、何も」

「ばれたら?」

「司法貴族にでも逃げ込みますよ」

「出るのはいつ?」

「明日の早朝になります。できれば荷物は少なめにしていただけると」


 私たちはいつもの生活をする傍らで逃亡の準備を始めていた。入り口の方にいる看守たちは気づかない。元々真面目な連中ではないから簡単に気付かれることはないだろう。

 元々持ち物が少なかったのもあって、彼女が持って行く物は財布だけになった。私が準備していた本物の帝国札と、アミへの紹介状を入れた。

 紹介状は簡単には見つからないように内側の隠し袋に入れているけれど、エーテ様なら気づくだろう。

 明日、審判騎士団が商会に来る。

 エーテ様を逃がした後、私は彼らに連れて行かれれば良い。何も問題はない。一日が素早く終わり、エーテ様の下へ向かう。


「おはよう、ネーフェ」


 相変わらず朝が早い彼女は既に着替えを終えて、ベッドに腰掛けて本を広げていた。もう読むことはない本をどのような思いで広げているのだろう。

 もし、彼女の母が忌み子の伝承を信じていなかったら、どれだけ良かっただろう。彼女はこんな暗い笑顔をしなくてすんだのではないか。

 でも、そうなるときっと私は彼女に会えず、会えたとしてもこれほど近くで生活することはできなかったのだろう。そうなればそうなったで私も別の生活をしていたのだろうけれど、彼女がいない生活は考えられない。

 今のエーテ様にとって、私がどれほどの存在かはわからない。けれど、彼女から見た私はある種の依存対象だ。環境が変われば代わりになる人間はできるだろう。アミがそうなるのかはわからない。

 でも、アミはそういうのを求めていない。一人で十分が口癖だから。


「はい、おはようございます」

「あと少し、お待ちください。時期が来たらすぐに出発します」


 薄く開いている隙間から扉の外をうかがう。まだだ。騒ぎが起これば伝わってくる。扉から目を離し、エーテ様と向き合う。今日が彼女と話せるのが最後だと考えると、言葉が詰まる。

 それでも伝えなければならないこともある。


「エーテ様、をよく注意してください」

「ん?わかった」

「まず、最初に西職紹・・・・・・インテリトス帝立西地区職業紹介所に行ってください」

「うん。ネーフェはどうするの?」

「いくつかやらねばならないことがあるので、ここに残ります。終わったら探しに行きますから帝都からは出ないでください。それと」

「うん。東地区には行かない、でしょ」


 アミのことはおおっぴらには話せない。私がしくじって会長にばれた程度なら私が死ねばすむけれど、むやみにアミのことを言ってつながりがばれれば彼女にまで被害が行く。

 話せたらもっと楽に行くのに。

 俄に外が騒がしくなる。来た。


「エーテ様、来ました」

「うん」


 扉を開け、看守が消えたろうかを通る。階段を上り、裏口に向かっていく。途中、数人とすれ違ったけれど、彼らはそんなことを気にしている余裕はなさそうだった。

 一応私は上の立場にいるわけだから、会釈ぐらいするべきだと思う。でも、しょうがないというのは理解できる。私にもそこまで余裕があるわけでもないし、そもそもこんな状況を作ったのが私だし。


「エーテ様、お気をつけて。片が付いたら向かいます」

「うん。待ってる」

「はい」


 彼女は私が来ると信じて疑わないのだろう。アミにはある程度、大体一年ほどたってから彼女に伝えるようお願いしている。でも、数ヶ月もすれば薄々死んだと気がつくかもしれない。

 今からでもここから彼女とともに逃げ出してしまいたいと思う。でも、私が捕まっていないことを不審に思われればエーテ様に害が及びかねない。

 真相は闇の中に葬り去る。わからないぐらいがきっとちょうど良い。

 だから本当のことは言わない。秘密にし続ける。それを守り切るためにはどんな嘘もつく。

 裏口からエーテ様を逃がし、表口の方に向かう。

 案の定待ち構えていた審判騎士団と治安騎士団に身柄を確保される。既に偽札に関わっていた連中は捕まっている。会長一家は逃げたようで、今どこにいるか定かではないが、いずれ捕らえられるだろう。

 騎士団をなめない方が良い。そういう、やった奴が逃げるような事件に関する対処技術は年季が違う。ただでさえ初動で負けているのに、覆せるはずがない。

 始まる前から負けが決まっていたのだ。内通者がいるのに勝てるはずがない。

 あそこにいた全員が騎士団の牢に入れられ、尋問を何時間か受ける。でも、私は絶対に何も話さない。だから私は何度も殴られ、折られ、焼かれた。死なない程度に何度も何度も痛めつけられた。そのたびに無理な回復魔術をかけられ、激痛が走る。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。・・・・・・けど、この程度はたいしたことじゃない。奴隷商にいた頃の方がもっときつかった。

 数時間黙秘を貫けば何も言わないと思った拷問官は諦めて出て行った。後ろ手に縛られたままで、食事も出されなかったからやることがない。壁にあった血痕をずっと数えていると、三百二十七個のところでもう一度看守が来る。今度は鍵をもっていて、格子の扉が開く。

 恐ろしく素早く私たち罪人の処刑が決まり、連行される。処刑台の下であった会長一家はひどくやつれていた。モメントゥム様や副会長の目から生気は失われ、そこにはただ黒い闇が広がっている。自分がやったと認めてしまいたくなった。

 私だけが死ぬのだったらどれだけ良かっただろう。

 でも、もう刑は執行される。止めようがない。

 順番に刑を呼び上げられ、断頭台に首を配置される。彼らは一切の抵抗もなく、なされるがままだった。死ぬのは怖くない。この人たちを全員私が殺したと思うと、どうしようもなくなって。

 刃が落ちる。

 次は私たちだ。比較的真ん中にあった処刑台に首を置かれる。死にたくないと抵抗している奴がいるけれど、魔力紋的になりすましはできない。

 いよいよ、名が呼ばれる。

 ふと、目を上げると、そこには懐かしいその顔があった。


「・・・・・・なんで」


 かすれた声で呟く。なぜ、ここにいるの?私が渡した財布にはある程度の指示と、場所を書いている。まさか、エーテ様は想像を絶するような方向音痴なのか?

 でも、そんなことは問題じゃない。

 エーテ様が処刑の瞬間に立ち会ってしまった。今偶然来たなんて可能性はない。きっと家族の処刑を見せつけられただろう。そして、私の処刑も、これから。

 それに私がエーテ様を見てしまった。私の目はエーテ様を認識してしまった。

 だめだ。

 覚悟が揺らいでしまう。


「消えなさい!」


 ごめんなさい、エーテ様。揺るがせるわけにはいかないんです。

 決意を。

 彼女は驚いたように目を見開く。

 本当は


「私の目の前から消えなさい!」


 心から


「あなたの顔なんて見るつもりはありません」


 あなた様を


「冷やかしなら帰りなさい」


 臣下として


「今すぐ!あなたのような人間が嫌いなんですよ!」


 愛しています。

 彼女の瞳に光る涙も、にじみ出る自分の涙も気づかないふりをして。


 ヒュー

 ド

 刃が、落ちた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇

間章は終わりです。年が明けたら二章に入ります。お楽しみに

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