4th
計画は再び動き出した。
エーテ様の存在を知る人間はほとんどいない。彼女の存在を知る人間も自分が忌み子と関わったなんて言わないだろうから、事実が広がる可能性は少ない。しかし、それだって少ない方がいい。
一人でも彼女の存在を知っている人を少なく。私が告発することで処刑される人間はおそらく二、三十人には及ぶだろう。処刑台で処刑されるのが何人になるかはわからないけれど、私など指示役だった人間は処刑台の可能性が高い。
その中の五、六人がエーテ様の存在を知っている。彼女の平穏のために、秘密を知る人間が解き放たれてはいけない。帝国は告発した人間に対しては刑を軽くするだろう。
絶対に他の人間が告発していないとわかる証拠を作る。そのために私は魔力印を用いることにした。
でも、私は告発したと知られるわけにはいかない。私がやったと知ったら、スケンム様がうっかり口を滑らせてしまう可能性がある。だから私の魔力ではだめだ。
かといって、適当な人に魔力を使わせてもらうわけにはいかない。使った魔力から私が告発文書を作ったことを知られるかもしれない。最悪、その人にも迷惑がかかる。
使うべきは帝国が調べない、と言うよりも調べようがない魔力。
私は、エーテ様の物を使うことにした。彼女をだますのは胸が痛かった。でも、私にはそれしかない。もう、ここまで来たなら行けるところまで行くしかないのだ。
覚悟は既に決まってる。
モメントゥム様を犠牲にする。会長や、副会長、他にも会計長とか、たまに話すような間柄だった同僚も。生け贄に差し出す。彼らの命を犠牲にして、私は彼女を助ける。彼女をこの地獄から連れ出す。
私が死んだ後のエーテ様の生活については既にアミコスに託している。
アミコスは西地域の職業紹介所、通称西職紹の所長だ。彼女は私の数少ない友人で、彼女が九年前に受付嬢をしていた時に出会った。数年前はお互い出世したねと笑い合っていたけれど、次に会ったら、もう会うことはない。
告発の手紙を送るのは三十日後。その十日前に休暇を取っている。その時に、お世話になった人にあいさつ回りをする。とは言っても、実際に会うのはアミコスともう一人だけだけれど。
彼女は私が告発することを知っている。もちろん、告発の内容さえも。
その情報を上手に使えば大もうけできるだろうに、黙ってくれている。ありがたかった。私には素晴らしすぎる友達だ。彼女にはたくさん迷惑をかけた。同じぐらい迷惑をかけられたけど、最後のは大きすぎるかもしれない。
アミコスも私も忌み子がどうのこうのなんて気にしていない。
毎日をギリギリ生き延びているような人間にとって、一番怖いのは人間だ。普通の人間だろうと、忌み子であろうと。そいつらは平気で自分をだまし、搾取する。
違うのは見た目だけ。下衆は下衆だし、いい人はいい人だ。本当に大事なのは心。
見た目は確かに人と繋がるためには重要な要素だと思う。私もエーテ様の美しさに胸を打たれてここまで使えてきたのだし。でも、それが全てではない。
そんな物でこの世界は回っていない。
だから私は信じている。いつか、彼女の傷が癒えることを。彼女を癒やせる、見た目とか言い伝えなんか気にしない人間がいることを。
そのために、準備をする。私が彼女に渡せる最後の贈り物。彼女に自由をあげよう。
証拠集めは非常に金がかかった。
偽の帝国札は何枚も手に入った。調べてから愕然としたのだが、今、帝国で流通している帝国札のほとんどが偽物だった。どうやら、商会が本物の帝国札を回収していたみたいだ。
エーテ様が使うお金に偽物があってはならないから、渡せるのは六枚ぐらいしかない。6000キュロス。数日しかもたないが、アミコスに会えたら問題はない。
星帝札は商会の貸し付けをしているところに預けていた金を口座から引き落とす時に取った。一気に高額紙幣を取ったせい一時期貸し付け担当の連中に睨まれたけど気にしないようにしていた。それもあって、今の私の口座はすっからかんだ。
証拠集めを終えると、準備はほとんど整った。お世話になった人に感謝の意を伝えに行く。休暇はしっかり取ったから問題はない。エーテ様にそのことを言うと泣かれそうになった。
一年に一回取るか、取らないかと言うほどの数少ない休みに、まずはアミコスに会いに行くことにした。久しぶりに出た大通りは相変わらず人が多い。彼女も仕事人間であるから、今日は職場に来るように言われた。
魔力通信器が開発されてから、こういったやりとりがすごく便利になった。もっと時間をかけられたなら、彼女に買い与えるのも良かったのだろう。私のはもう私の魔力と紐付いてしまったし。
所長が知り合いを職場に呼び出していいのかと聞くと、所長だから大丈夫、と言われた。しっかりしてください、所長。
西職紹の扉を開けると、迷わず顔見知りの受付のところに行く。
「面会なんですが、所長のアミコスにベネフェクトが来た、と言ってもらえれば」
「いや、別に良いですよ。あの仕事人間を休ませてあげてください。休めって言っても休まないんですよ、あの人」
「フフッ、アミらしい」
西職紹にはほぼ顔パスでは入ることができる。もちろん顔見知りの数人の受付相手限定だけれど、かなりの好待遇だ。さすが、プロディーツオ商会の使用人長。肩書きが良いって最高です。
奥に通されて、所長と書かれた扉を開けると、前髪を全て後ろに回しながら書類を読んでいる女がいた。書類とはまるでキスするかのように近い。
もちろん、アミである。
「こんにちは、アミ」
「ベナ、よく来たね」
「書類から目を上げなさいよ」
「うーっす」
顔立ちは良いのに、おしゃれしないからもったいない。
なんて言っても、恋愛とかどうでも良い、と返されそうだから言わない。そもそも恋愛なんてどうでも良いのは私も一緒だし。
彼女にとっての基準は仕事ができるか。仕事の邪魔をしないか。とにかく中心は仕事なのだ。彼女が所長になってから、急激に西職紹の紹介数が上がり、仲介料で稼ぎまくっているらしい。
「キミは・・・・・・リサプショだったかな、案内ありがとう。戻ってくれて良いよ」
「はい、所長」
「ありがとうございます」
「いえ、たいしたことでは。これも職務の一環なので」
そう言って受付の人は戻っていく。ようやく、二人きりになった。
「前回は一年ぐらい前かな?で、今日は死亡報告かい?」
「そう。後、念押し。他にもいろいろあるけど、まずは、ごめん」
「・・・・・・もう、決めたんだろ?」
「うん」
「それなら、何も言わないよ」
「ありがとう、アミ」
「さ、茶でも飲もうか。かなり熱くなるけれど良いね?」
「うん。問題ないよ」
彼女は立ち上がって所長室に備え付けられた加熱の魔術道具の所に行く。それは比較的小型の物で、調理場以外の場所でお湯を沸かせたりするのに使われる。
彼女が使っている物は決して最新型の物ではないが、それでもあるだけでその豊かさがわかる。うちの商会ですら、全部で三つあるだけだ。当然、私の自室にはない。
「キミが引き取るのを頼んだ少女・・・・・・エテルナスだっけ?私の仕事の邪魔はしないんだよな?」
「何度も言ってるでしょ、子どもじゃないからしないよ、そんなこと」
「まだ十二歳というじゃないか。真っ当な生き方してるならまだ親離れができない頃なのにねえ」
「いろいろあるからね。アミもわかってるでしょ」
「ま、当然だな」
アミも幼い頃から様々な苦労をしてきた。彼女の父は貴族だ。彼女曰く、そこそこ高位の貴族とのことで、彼女の母親が使用人をしていた頃のことらしい。
当然彼女は貴族の娘と認められず、手籠めにした女を妻のいる本邸に置いておけないため、彼女の母は解職。彼女の母は実家に帰った。
しかし、子どもが腹にいたのでどこにも嫁ぐことができず、彼女の叔父と仲違いをして路頭に迷う羽目になった。その頃にはもうアミは生まれていたらしいが。その後、水商売をして細々と生きていたらしい。
そういう話は別に珍しいわけではない。
私も、アミも今の職に就けなければ体を売っていたかもしれない。結局、人の生活なんてそんな物だ。思うようにいかない。
私のも、アミのも、エーテ様のも。
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