3rd

 エテルナス・コンフィードという少女は忌み子としてこの広い世界に生を受けた。元々魔力を人並み以上に必要とする体質だったため、母胎で何度も死にかけた。

 忌み子と呼ばれる人々は往々にしてそのような性質を持って生まれる。

 魔力は劇薬だ。体を強化し、どんな病気をもはねのける強靱な肉体を与えることがあれば、体を傷つけ、一気にその命を散らす。彼女はそんな強力な毒を胎の中で入れられ続け、薬を吸われ続けた母親の肉体から殺されそうになった。

 しかし、彼女は生き残った。

 本来忌み子を宿したあとに、母子共に健康で出産することなどあり得ない。必ずどちらかは死ぬ。しかし、何の因果か彼女は生き延びた。

 そう、生き延びてしまったのだ。生まれた時にうっすらと生えていた白い髪は彼女が忌み子だと認識されるには十分すぎた。彼女の両親は、いや、その先祖から二人に至るまで、皆髪の色は黒だった。

 普通は白髪の子など生まれ得ないのだ、この国では。

 当然、生まれてすぐ、産婆は死産だったことにしようと考えた。彼女の母であるマザ様もそうしようとしていた。しかし、そうはならなかった。

 まず、彼女たちは勇気がなかった。

 私は知らなかったのだが、忌み子を殺すと下手人は呪われるらしい。強力な魔術師が己を殺した相手に最大限の敬意と殺意を込めて送る、最後の挑戦状。それが呪いだ。

 でも、相手は赤子で、しかも生まれたばかりだ。呪いを恐れて実行しなかったことを私は褒め称えるが、実際呪いなんて存在し得ないとは思う。赤ちゃんにそんな物は使えないと思う。

 その後、出産を聞きつけた彼女たちの長たる前会長、すなわちエーテ様のお父上が止めなさったのだ。結果、彼女は殺されることなどなかった。

 その後彼女が「ばあや」と彼女が呼ぶ老婆に育てられた。そのばあやも忌み子の伝承を信じていたために触れ合うことはなかった。彼女が今までの人生で触れたことがある人は私と、彼女の父と、現会長だけらしい。スケンム様に関しては殴られる時だけなので除外した方が良いかもしれないが。

 彼女は実の父親にはかわいがってもらっていた。しかし母親とは何の関わりもなく、血の繋がった他人として同じ家で暮していた。彼女の両親は彼女の扱いに関する意見の差異から仲違いしてからはずっと必要以上の会話がなかった。

 そんな場所で生活していた彼女は当然ながら家から出たことはなかったらしい。

 彼女はいつも庭が見える部屋で本を読んでいたそうだ。一歳の頃は絵本を。三歳頃には小説を。不朽の名作と言われるような作品や、最近の若い作家が書いた新作に幼い頃から触れ、それが彼女の情緒を形成していった。

 数多の物語は彼女の語彙を豊かにした。

 そして、その中にいくつもある家族の愛の物語が彼女をむしばんだ。

 愛される子ども。仲の良い両親。絆で結ばれた兄弟や姉妹。その家族が平民であろうが、貴族であろうが、関係なかった。理想と現実の違いは幼い彼女を打ちのめすには十分すぎた。

 そして、彼女はそれを受け入れるには幼すぎた。当然だ。たかが四歳に満たない程度の少女にそんなつらい現実が受け入れられたはずがない。

 しかし、彼女は頭が良かった。例えば、幼い頃から文字を理解し、巧みに言葉を操った。そのこともまた、彼女が畏れられる原因となったが、そのことが何よりも彼女の優秀さを証明している。

 彼女は考えた。考えるしかなかった。幸いと言うべきか、彼女には時間があった。

 受け入れられない現実で心を痛めないようにするならばどうすれば良いか。彼女が考えた方法は目をそらすことだった。

 その後、彼女は目をそらし続けた。

 例えばエーテ様が商会を継げないことが確定したため、後継のために生まれた妹、モメントゥムに対して。

 彼女は、確かに妹を大切に思っていた。しかし、拒絶されることを恐れて近寄らなかった。確かに使用人に近づかないよう言われたこともあるだろう。しかし、彼女はそれにおとなしく従った。

 例えば両親の仲が冷え切っていることに対して。

 エーテ様は甘えると言うことを知らない子どもだった。確かに父親との間で親子らしいやりとりがあったのは事実だ。しかし、彼女の母にとってはいつも黙っている年端もいかぬ我が子が窓際で本を読む姿は恐怖以外の何物でもなかった。

 彼女が何かをしていれば未来は変わったかもしれない。

 しかし、そんなことを幼い彼女に求めるのは酷なことだ。

 そんな非常に不安定な状態が四年ほど続いた。家族全員が心に爆弾を抱えていて、いつ爆発するかわからないそれが破裂しないように気をつけていた。

 しかし、様々な要因が絡み合い、ついに均衡が崩れる。

 彼女の父が亡くなったのだ。一般的には病死とされているけれど、毒殺だったらしい。それには現会長であるスケンム様と副会長であるマザ様が関わっていた。

 スケンム様は幼い頃に行き当てがなく物乞いをしていたところを救われたらしい。そのことから商会に高い忠誠心を持っていて、様々な事業で重用された。

 しかし、彼は裏切った。本心は誰にもわからないけれど、彼はマザ様を唆し、前会長を毒殺した。

 当然ながら、父親という後ろ盾を失ったエーテ様に家での居場所はなくなった。

 瞬く間にスケンム様は商会を乗っ取り、前会長に忠誠を誓っていた古株を商会から追放した。私が短期間で使用人長になれたのにも、それが関係している。

 彼はとてつもなく優秀だった。その上カリスマ性があった。

 大規模な人事異動に加えてトップの交代まであった。そんなゴタゴタが煮詰められたような時期なのに当時のコンフィード商会が帝国一の商会を名乗り続けられたのはひとえにそれが原因だ。

 そして、商会のためにならない上に、災いをもたらすと言われていたエーテ様は地下牢に移された。幸いと言うべきなのか、本は彼女が好きな物が与えられていた。本を読んでいる時のエーテ様はすごい集中力で、周りのことにはほとんど気を遣わない。

 子どもとはいえ、忌み子は忌み子。暴れられたら損害は凄まじいものになる。そんなことがないように会長がしたのが大量の本をエーテ様の部屋に置くという結果なのだろう。

 地下牢に閉じ込められた彼女はずっと独りだった。

 確かに、私が来る前にも彼女の世話をする使用人はいた。しかし、彼女と目を合わせた者も、必要以上の会話をした者もいなかった。皆が皆、彼女と関わりを持たないようにしていた。

 彼女はそんな場所で育った。

 私が生まれ育った環境も良い物ではなかったけど、彼女のに比べればマシかもしれない。

 彼女には味方がいなかった。

 心配をともに分かち合ってくれる人がいなかった。最初彼女は私のことも警戒していたようで、私のことを信頼するようになった頃には、本心を隠すことを覚えてしまっていた。

 彼女が頼れる大人に私はなれていなかった。

 本当に彼女が言わなかったからなのか?彼女に私が聞けば、傷つけたかもしれない。それでも、何かが変わったんじゃないか?

 会長に非常に遺憾ではあるけれどエーテ様を売ってくれないかと頼んだ。人を売るなんて許されない行為であるのは知っている。売られる側の苦しみは理解しているつもりだ。でも、それしか思いつかなかった。彼女を私が買えばここから出すことも可能だと思ったから。

 だけど、拒否されてしまった。彼は金の問題では無いと言った。

 では、何があるのだろう。

 私に何ができる?

 ・・・・・・ああ、あるじゃないか。

 私が、この商会を壊すんだ。計画を止める必要なんてなかった。全てはエーテ様が幸せになれる世界のため。そのために私たち幹部の命ごと商会を解体する。私は処刑されて死ぬだろう。

 でも、それがなんだというのだ。どうせ人買いに売られた時点で私の命は自分の物ではなかったのだ。運良く人の良い老夫婦に変われ、娘のように育てられても、私は所詮愛玩動物。この首には奴隷という名の見えない首輪が付いている。それは死んでも外れることはない。

 なら問題ない。もとから私の物じゃない。彼女が苦しむ世界で生きている意味はない。彼女を苦しめる世界に抵抗する。だから彼女のためになるのなら。

 私は喜んで命を投げだそう。

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