第4話 コミュ障、力と脅威
金を稼ぐために、街から出た夜恵は周囲に人がいないことがわかると――。
「わぁぁぁ!」
両手を上げてダッシュはみっともないということに気が付いてほしい。
スンと相変わらずの動かない表情筋を携えて、夜恵は小さな歩幅でさっき見かけた街との分かれ道に辿り着いた。
ちなみに夜恵はコミュ障といっても、何も自分の世界に閉じこもるタイプではない。
先ほどのように周りに誰もいなければ奇行にも及ぶし、遊ぼうと声をかけられれば遊びに行く友だちもいた。
「……」
空を睨むというのも、こちらに来て出来た奇行の1つだろう。
夜恵は肩を竦ませるのだが、分かれ道から少し進んだところにある森――森林だろうか、ほどほどの緑と耳をすませば最初に聞こえた川のせせらぎ、大きめなビオトープといったところだろうか。
夜恵はそこに入ると、木の影に腰を下ろし、あの変質者から受け取った力を試そうと思考錯誤する。
「ん? ん~? んぅ?」
しかし夜恵は首を傾げるばかりで何も変化はない。
あの変質者、使い方くらいは伝えておけ。夜恵は怒りに頬を膨らませ、ペチペチと大地を叩く。
そこでふと、さっき持って行ったのとは別ではあるが、どことなく薬草のような植物を発見した。
「これ?」
夜恵はその植物を摘み、胡坐をかいた姿勢でまじまじと植物を見つめる。
しかし見つめただけでは何も起きない。
夜恵があの変質者に求めたことをよく思い出し、その福音を鳴らすのだ。
「――」
アノニユグド――夜恵が何度もプレイし、大好きだったゲーム。
名前のない主人公が一切喋ることなく淡々と世界を歩き、遠目から眺めた人々に干渉したりしなかったりして、楽園を探す物語。
そんな主人公は最初期に
「
夜恵の手元の植物が光に解け、液体がそのまま固まり、膜で包まれたかのような2つの球体になった。
「……治癒、苦み?」
夜恵は『苦み』というその膜に覆われた液体に舌を這わせた。
「んぐぅ~」
夜恵は顔をしかめ、目をぎゅっと閉じて体を震わせ、その『苦み』を遠くへ投げよとするが、踏みとどまり、鞄の中に突っ込む。
そうやって口の中の苦みを何とか中和しようと唾液を出し続けるのだが、どうにも収まらず、ふと近くにある花から蜜のような香りがすることに気が付いた。
「――!
その花からは微量の『毒』と『甘さ』を取り出すことが出来た。
夜恵はその甘さを口に放り込むと、やっと一息つけたのか、胸をなでおろした。
しかし夜恵は忘れていた。この場所がひと気のない場所であると言うことを、そしてそんなひと気のない場所に現れるものといえば大抵ろくでもないものだと言うことを思い出した。
「んぅ?」
傍の茂みががさがさと揺れている。
夜恵は一歩、二歩と後退するのだが、飛び出してきたその影に驚いて尻餅をついた。
「わ、わっ」
次に思い出さなければならないのはその力の利用法だ。
夜恵は必死に頭を捻り、目の前に現れた一体の獣を追い払わなければならない。
しかし悠長に待ってくれるほどその獣は理性的ではない。
夜恵の服から伸びるプニプニとした成人男性とは思えない児童のような柔らかそうな肉と先ほど口に運んだ甘さの香り、すでに獣は食事をする気満々だ。
驚いて身動きの取れない夜恵に、獣が飛び掛かる。
「――っ」
しかしそれを体を転がして避けた夜恵だったが、腕には切り裂かれた服と赤く滲む生の証。
「む――」
傷をつけられてやっと自覚したのか、夜恵は頬を膨らませ、再度飛び込んできた獣の口にカバンから取り出した『苦み』を放り込む。
獣は苦みを口に含んだ瞬間、電流が奔ったかのように体を強張らせ、ゴロゴロと転がって悶絶した。
そんな獣に夜恵は近づいて見下し、傍にある先ほどの花を手あたり次第還元していき、毒を生成、次々と獣の口に放り込んでいった。
そうして獣が動きを止め、ピクピクと体を痙攣させるとそのまま絶命した。
「――」
表情筋の動くことのない夜恵の顔が喜びにほころび、天に向かって手を伸ばす。
「ぶいっ」
勝利のVサインである。
こうして夜恵は、初めての力とともに、初めての脅威を追い払ったのだった。
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