クトゥルー・クトゥルー 〜幻惑邪神戦記怪奇的青春譚〜
空黒白郎
第一話 荒城にて、仮面の下。
1
人ってほんとに死ぬ直前の境地になると何も動けないんだなと思った。
後悔と諦観と恐怖と、そしてそれと同じくらいまだ死にたくないという願望が疼いて胸から突き破りそうだった……。
「おい、やめろよ、もう、お腹いっぱいだろ、なんでだよ……」
舌が上顎に引っ付いてこのように言ってみたものの、あうあうとまだ言葉が喋れんアイ乳幼児みたいに上手く喋れない。
周辺にはクラスのやんちゃな奴らが無惨にも喰い尽くされた。
消化できなかった骨は、なんとも名状難い、鼻に突き刺すような磯の香りかもっと醜悪な臭いの粘液まみれで、糞みたいに周辺に散らばっていた。
あいつらの断末魔と生きたまま丸呑みされて溶かされて死ぬ——。
それに白骨死体だけじゃなくて、リーダー格だった野村は飲み込まれた仲間を救おうと、近くに落ちてた鉄パイプを拾って、それを殴ろうとしたが、それは口から何か唾液みたいなのをあいつの顔面に向けて吐き出した。
硫酸ぶっかけられて殺されるとはこうなるものなのか。
胴体は他のやつと比べて白骨化せずに死んだが、苦悶で空を掴む両腕と、ゼリーかトマトを握りつぶしたみたいな、肉片があいつの白いパーカーに飛び散っていて、頭部はまだ焼け解けた悪臭が鼻に突き刺さる。
俺にあんな奴らの言いなりを聞かなかったら、俺が抵抗できるほど喧嘩が強かったら、というより、なぜこうなったかわからない。
後悔してももう遅い。
不定形で、でも大きくて油滑った黒い粘液の塊。
獰猛なそいつは上部の一点を凹ますと、穴は深くなって、その周りにしゅるしゅると無数の触手を伸ばしていた。口をつくって丸呑みする体制は整った。
俺はずっと尻餅ついた体制で廃工場のコンクリートの上を滑らせて後進していたが、背中に鈍い痛みが走った。
どうやら壁にぶつかったらしい。袋小路だ。 耳奥でずっと悲鳴が何度も鳴り響く。
断末魔はしばらく途切れることもなく、飲み込まれてからも長くて苦しみ続けていた。皮膚が溶けて筋肉が露出しても。
ゆっくりと距離を詰めていき、俺の番だ。
俺がその苦痛を味わうことになる。幼い子供が乱暴に玩具を弄ぶように食い殺される。
「……助けてっ」
ブジュルルルルルルルルルルルル!
またあの悪臭が今度は俺の顔を撫でる。
呼吸も止まりそうだった。
その刹那だった、ふと肌に切り刻まれるような冷気を感じた。
生温かい吐息と異なる恐怖とは違う感情を持った。
その後一気に吹雪が一気に周辺に吹き荒れ、俺は腕で目を遮ることで必死だった。
その後に液体が飛び出る音と再び風を切る音、何が起こっているのか怖くて目を開けれなかった。
風が強く吹き荒れた——。
しかも俺のシャツの後ろ掴まれ足元が飛んでいく。ジェットコースター乗った時みたいに、宙に飛ばされている。怖くて目が開けられない。しかもぐるぐる回転している。少し胃から何か胃から込み上げそうになった。
今年16歳になるのに情けなく悲鳴を上げた。ずっと上を向いているのかわからなかったが、俺の身体が落下していくが、柔らかいところに着地して転がった。がするので野原にでも着地したんだろう。
しばらく目が開けられなかったが、途端に右肩を軽く叩かれて少し飛び上がりそうになった。
肉を引きずったような足音は聞こえず、
「大丈夫かい、立てる?」
と人の声が耳に入った。はっきりと歯切れのいい肝が座った声。よくわかららない……、けど胃のからがら助かった!
ようやく目を開けると、まず黒い手が目に入った。というより黒い手袋をつけているみたいだ。
金のボタンが規則的に無地の黒の上で並んでいた。がくらんをきている。
しかし寒くて目がしっかり開けれなかったから、顔がわからなかった。
中学のときスキー合宿で初めて雪山登った際、空から降る雪を見上げようとしたが、それ以前に眼球が凍るくらい瞼が開けれなかった。それと同じだった。
しゃがんだ体勢から一気に立ち上がってみると少し、頭がくらくらした。無造作に俺は尻についた砂利を払い落としながら周りを見雪がほんのり降っている。
彼の手袋越しにひんやりとした感覚が肩にのっぺりと残ってる。
しかも肌が露呈していた首元と頬、それと両手が痛いほど冷たかった。多分冷気を直接受けていた。
助けてくれた人は仮面をかぶっていた。目の部位のところは紺色の渦巻きは筆で描いたかのように勢いがある。学ランの仮面男を目にして心臓も凍えた。
見覚えがある。その仮面をつけているとは、まさか、周辺に漂う冷気こそ、彼を示している。俺は彼の名前を口にした。。
「あ、あんたアイスマスク?」
そう、最近、最近といっても、俺ら高校入学のタイミング同じタイミングで現れた謎の覆面のヒーロー、アイスマスク。
SNSで目的情報が書き込まれて、拡散されて、全国の子供、学生の間で夜間に外出を規制されている学生の鬱屈を晴らしてくれる。ある意味本当に
かっこいいしアイスマスクに命を助けられるとは一生分の運を使い果たし低まった。かっこいいという言葉がずっと頭の中を埋め尽くしていっぱいになってる。言葉が詰まって、沈黙していた。
大人はあれを不謹慎だとかバカがやっているとか頑なに否定してばかりだ。でも俺らにとっては真逆の考えだ。
でも学校の先生は戒律を守らないからバケモンに襲われる、不真面目な奴ばかりが助かっているとか頭っ堅いことばっかり言う。
アイスマスクで子供と大人は対立してる気がするけど、そんな言い争いは耳塞いで、俺は大好きだ。
最近では封鎖されている渋谷で作業に当たっていた区の職員を誰、も死なせずに救ったことも知っている。ワイドショーはそれの話題で連日持ちきり。
それはさておき、その時俺は満面の笑みを自然と出ていたと思う。彼は咄嗟に左手を上着のポケットに入れてた。動揺してたのか動かしていた。少し恥ずかしかったんだろうか。
「あ、ありがとう、助けてくれて、僕も死ぬと思ったよ……。本当にありがとう」
彼は無言で頼もしく頷いた。
「しかい——ゴスがまた姿を消したから油断はならない。けど、怪我はないかい?」
何を言ったかはきちんと聞き取れず、首を傾げそうになったが、丈夫であることを示すために強く頷いた。
常識はずれはことが起こってばかりで、加えて冷気を操る仮面男も驚くことはない。
「というか僕は……」
何かショックなことがあったんだろうか、前後の記憶が思い出せない。
アイスマスクが眼中にいるのは驚きだが、
「まぁ、いい。悪い夢を見たと思った方がいいよ。」
その時だった、またズルズルという何かを引きずるような粘膜の音。
「あ、危ない」
太く黒く濁った粘液の塊が、アイスマスクの背後に覗かしていた。
アイスマスクは、俺にタックスするように飛びかかって、猛攻から逃れれた。
その後に、触手に回し蹴りを喰らわした。
怯んだ触手はシュルシュル音を立てて、木陰に退くのを、
「あの野郎!」
ドス効かせ怒り滲ませた後、学ランのポケットからコルク封の小瓶を取り出した。
透明のガラスには透き通るような群青の液体が入っていた。
彼は右手の手袋を外すと、素手で握りつぶした。
「おい、何してんだ——」
手の中で割り潰したから、そりゃガラスの破片で流血している。
すると、疾風が彼を包むと、血は赤色あら白くなり、鋭く長い槍の形状になった。
右手に融合するように伸びるランスで、彼は飛び上がった。
その時、雲に覆われていた夜空に、満月が除き、その光に照らされながら、宙で勢いをつけるために一回転する。
あいつらを食い殺した化け物は、先のように飲み込もうとして、触手を伸ばしながらまた丸呑みしようと大きく口を開く。
旋回といったらいいのだろうか、右腕を突き出し、空気抵抗を減らすために全身の伸ばし、ザンッ!と、聞いたこともない疾風の音とと共に、青白い光が一閃走った。
バケモノの巨体を一気に切り裂いた。粘液が血潮のように吹き溢れる。
衝撃は凄まじくて、野原から浄水場跡地にまで衝撃波が来て、しかもバキバキとコンクリートに稲妻のように亀裂が大きく入ってたのも、背後を振り返らなかったら分からなかったかも。
雑草一面に黒く異臭は放つ液体がどんどん流れ広がる。
その中心で、青白い光は薄まり、彼は何一つ怪我を負わず、肩で息を吐いていた。
右手は出血した代わりに、冷気の白煙を漂わせていた。
「いやー、結構飛び散らしてしまったね。服は汚れてないかな。人を喰っているから汚れてたらな捨てた方がいいよ。僕のせいだから」
「俺は大丈夫だし汚れてない。ありがとう」
「まだ安心はできなけどね……」
月光をバックに、彼は力強くこちらに向かって一歩一歩を強く足を踏む。
覆面ヒーローがまさか素顔を見せてしまうなんてドジなことが起こるなんて思いわなかった。
それに、露呈した素顔は、素顔は……。
いつも教室の片隅で独りになって本読んでいて、無口で地味なのに、変な雰囲気漂わせて逆に目立っている、五組四番の久遠寺忍だった。丸メガネがかけていないが、女子の好評な整った顔のアイツだった。
「久遠寺、お前、何してんの」
時を遡ること、今日の朝。
2
「ギャルかの、早くしろよー」
「また戒律破っても知らねーからな」
そんな言葉を投げ捨てられても、腹が立つのは当たり前だけど、朝練片付け当番をまたすることになったのでめちゃくちゃ歯痒い。させられたという方が正しい。
先輩は朝練で、全員参加でグラウンド一〇周走り込んで、そのままスピードを維持したまま走って移動して、腕立て腹筋五〇回の後、シュート練習。後は一年が後片付けをするが決まりだが、俺は学年の中で一番のいじられ役。なのでこうやって責任を押し付けられる。
きっかけはチームメイトのくだらない嫉妬の的。実は俺には付き合ってる彼女がいる、それが理由。ほんとにくだらないけど。
保育園時代からの幼馴染で、今は彼女は通信高校へ通っている。
あろうことかツーショット写真をバスケ部のグループラインに誤爆してしまい、すぐに消してもみんなは忘れてはくれなかった。
あんなに髪の毛を伸ばして金髪に染め、長くてビビットなピンクのネイルに、両耳に輝く三連のピアス。俺は沙羅は昔から好きで、昔よりも生き生きしているから好きなのに、その姿のやつと付き合っているからこそ、イジリの格好の的になってしまった。俺はいつもそういう役割ばかり、これでもまだマシな方に感じる。地元の連中のやり方よりはいくらかはマシ。
いつも始発でガラガラの車内で乗って、三十分。それから朝練の後、皆は蜘蛛の子蹴散らすように姿を消すのが日常的になってた。 けれど、今日は少し寝過ごしたので、先輩に結構絞られて、で、これやらされる三重苦な朝に、いつもよりも一層陰鬱で、口の中が苦く酸っぱい。
ひとりぼっちのまま、予鈴が鳴る前に、ただっ広い体育館で一人、あっちこっちに好きな位置にあるボールを急いで片付けて、飛び出しているゴールも元に戻さないといけないし。
朝練では月曜とと金曜は顧問が不在、だからこそ連中らは好き勝手できるというわけ。
一分くらいでジャージから制服に着替えれる裏技を編み出したから着替えは大丈夫。そして、全てを片付けたら教室へ直行するだけ。
儀式の時間に間に合わないとめちゃくちゃ担任の後藤(肌がぶつぶつで、ガリガリの中年男だから、ゴボウていう陰で呼ばれているあだ名がついてる)に変な脅しをかけられる。
静寂な体育館の中では思ったよりも舌打ちが響き渡る。時計の針は八時二十三分、もう戻らないと教室に間に合わない。
ブレザーに汗染み込ませながらボールをどんどんカゴに片付けようとするが、時間は無常で、ゴールを直す間もない、てか、まだ五個くらいボール体育館の隅と隅に転がっていたのに気づいた。しかも、何個もあんな位置に転がることがない。
「あぁ、終わった……」
地面を蹴りそうになったが、ふと人がいる感覚がする。
入り口に一人、が俺のことを見て怪訝そうに首を右に傾けていた。背が高く、早朝の太陽が登って丸眼鏡のレンズに反射して、眩しい。
「びっくりした、先生じゃなくて……」
顧問の岡先生は小太りで、いつも赤いジャージをつけているし、メガネをかけていない。
「あれ、樋野くんだ。だよね、手伝うよ」
飄々かつ、背の高いアイツは頼んでもないのに手伝おうとしてきた、
「久遠寺、なんでいんだよ」
久遠寺は素早く、壁沿いに置いてある棒を手に取ると、ネジの頭部分のフックにかけ素早く片手で回転させて、次々とゴールを元に戻す。
が、目を離すとあいつは
「やらなくていいのに、ありがとう……ておい、蹴るな、ておい」
久遠寺のやつ、バスケなのにボールを次々と足で蹴って上手いことカゴに片付けいく。
「へ? そっちの方が早くて」
「バカかてめーは顧問いなくて良かったけど、まじでやめろ」
「ごめん……」
「まぁありが——」
ちゃんと手で持って、ボールをしまっている。言われたことはすぐ行う。真面目だな。
少し俯き、頷くと、俺らは協力して一気にボールを片付ける。
彼については本当に誰も素行がよくわからない。陰キャ扱いだったが、サッカーの授業の際に2組のスタメン磯野よりもボール捌きがかなり得意で、5組はかなりサッカー部まで少ないのにどんどん点を入れ、勝ってしまった。もちろん人気もかっさらった。
高校でこちらに引っ越すまでにサッカークラブに通っていたらしい、が、あとは誕生日が八月十五日、母子家庭であること。
そよ風みたいなやつで、顔整っているし、何かあだ名つけられそうだが、みんなは「久遠寺くん」とそのまま。
何はともあれ全力疾走したら儀式の時間に間に合うはずだ。戒律ぐらいはきちんと守りたいし。
久遠寺のおかげで二手に分かれて、意地悪に置かれたボールをを手に取って片付けると、カゴはキャスター付きなので久遠寺と一緒に全力疾走しながら押して、倉庫にしまい、倉庫の扉を閉めて、あとは走った。
自然と久遠寺と一緒に並走するが、妙に清々しい気持ちで、俺ら口元緩めて笑った。
「なんか、さっきはごめんな」
「たまたま困っていたからね、謝らなくていいよ」
「どうも。てかさ、そうだ、一緒に昼飯食べない? 暇でさ、いいかな」
ここに入学して話しかけたこともないけど、波長が合いそうで、内心驚きがあった。友達になれるかもと期待したが
「そうしたいけど、ちょっとごめん……。じゃあね、樋野くん、トイレ行ってくるよ……」
野良猫みたいに変に気まぐれだった。
声が隙間風みたいに掠れてきたし、妙にふらふらと足取りが少しおぼつかなかった。彼は結構体力あるし、体育の時間に持久走も得意なのに、満身創痍っていうやつに近い状態だった。額から脂汗が滲み出て、しんどそうだ。
「お、おい、なんで——」
トイレは教室と逆方向、別れてしまった。しかもさっきよりあいつの顔色が青白くて、でも、不思議なやつだからこういうこともあるかなと無理やり納得した。でも気になっているなら祈祷の時間には参加してほしい、それだけ。
ギリギリ1−5に入った。すでに全員が起立して、それから俯いて大いなる神向かってに祈りを捧げている。後藤も同様に目を瞑りながら祈祷している。
俺はゆっくり上履きを脱いで靴下のまま、足音立てないように自分の机へ向かい、ゆっくりリュックを床に置いて祈りを捧げるふりをした。
教壇に置かれている大いなる神の像が鎮座している。なんとも言えない不思議な形をしていて、頭がタコみたいで、口元は触手に包まれていて両手は鋭い爬虫類みたいな爪が伸びてて、うずくまって鎮座しているポーズ。 その神様は物心つく前から生活のそばにいた。幼稚園の頃は、絵本でも読んだし、それを絵でかくのがクリスマスでよく描いてて、身近にいた。けどなかなか不気味で昔から慣れない。幼い頃はよくそれをディフォルメした着ぐるみがクリスマスにプレゼンントを子供達に配っていたが、商店街の入り口で目にした当時の幼い俺は泣き叫び、イベントに参加しなかった。
戒律で祈祷を行う際に必ずその像を置いてい、呪文を全て唱えないといけないといけないのが、毎回めんどくさい。小学校上がってから必須でよく呪文をいえるかのテストでよく居残りを受けた思い出がある。
正式に唱えることができるけど面倒くさい。 適当に「いあいあ」とか、「ぐふたん」とか口ずさんでおけば、周りの声にかき消されてそれっぽくなる。
生徒委員の早瀬が唱え終わると、続いて後藤もいい終わり、「止め」の合図で像を白い桐の箱に仕舞い込んで、手前のロッカーに閉まって、ダイヤル式錠で厳重に仕舞い込んだ。
そこから出欠確認とホームルーム。
目を細めながら教室内を見渡すと、
「あれ、久遠寺は休みか」
怪訝そうに、青髭が伸びっきった下顎を人差し指で掻く。舌打ちしながら、生徒簿に無断欠席バツマークを書きこんでいた。
さっき見ましたよと言いたいが、だったらなぜ呼ばなかったと詰められそうなので余計なことは言わないように、口をつぐんでしまったが、やっぱり、
「さっき見ました。具合が悪そうでした……」
「まじで、保健室?」
「いえ、トイレに」
「まぁそうか、寒暖差もあるし体調崩したのかもな。まぁ、ありがととりあえず遅刻にしておくけど、彼も申し出があったら書き換えておく」
少し勇気を振り絞ってよかったかと思えた。なんだかんだゴボウこと後藤は融通が聞ける大人だから、
「信仰心が足りない、生徒として恥ずかしい」
と少し嫌味な陰口が聞こえた。
「おい、早瀬、それは俺ら教師の仕事だぞ、お前は余計に首突っ込むな」
「失礼しました」
背筋を曲げずに、機械的に椅子に座る。模範的な生徒であると言わんばかりに。
早瀬は両手を膝につき、担任が出ていくまで、生徒会委員として私語も喋らず、それからリュックから筆箱と、数学の教科書をいつもの決まった向きに揃えて、瞼を閉じて瞑想に入った。
確かにそれはそうかもしれないが、めんどくさいやつだし、両親が厳格な教団の聖職者であるから戒律以外にも規則には厳しい。
他の奴らは彼にあだ名をつけようとする試みも見透かされそうで誰もしない。
今日も時間割で一時間目は数学。なんでか週の内三日も一時間目は数学。しかも先生はめちゃくちゃ厳しいし、月曜から元気もない。
後藤は後藤で、久遠寺に対してはなぜか冷たい。小言も呟かず、何事もなかったかのように、古典の教材を持って後にした。
ふと踵を返して、なぜか廊下の半分開いた窓からから俺を一目見ると、胸元に指差した。
周りもくすくす笑い出し、なんだと思い、自分の胸元触ったら第三ボタンも留めてなくて、肌着が露わになっていた。しかもネクタイが——、ない、いや上着に入れぱなしだった。
「恥ず……」
女子の一言はナイフみたいにつき刺さる。
急いで服装を整えてすまし顔でなかったようにしたが変な汗がかく。
「でさ、うちの住んでるとこでも変なの見たって、近所のおじいちゃんが怯えてた」
「えー、まじフメイセイブツ、ってやつじゃないの。サエちゃん、大丈夫なの」
「でもさー、アイスマスクいてくれれば倒してくれるじゃん。そんなに大人も任せたっら楽じゃん」
「ねー、最近でもカイジ?が、日本海近郊で出てきた不明生物によって全滅したとか聞くし、ヤバくない」
カイジは確か海上自衛隊の略。近くの港町から住民全員が行方不明で、大きな魚影を目撃した通報をもとに、調査しに知ったら、全員が襲われた。
「だねー」
たいていニュースもネットもその話題で持ちきりばかり、中学の頃はアイドルとか、芸能人の不倫とかでざわついていた会話も一変してしまった。
ふと思い返すと、今年の年始から
今までの生活は一変したし、高校生活の青春を謳歌できるほどの余裕は、大人たちは許してくれなかった。
数年前から奇妙な出来事は俺らが生まれた年以降世界各地で発生していた。
旅客機が10機同時に消滅したり、アメリカの小さな町の集団発狂事件。
そして今年の一月から不明生物の出現で確実になった。
日本国内だと、瀬戸内方面の港町がが一晩の間でバケモノの巣窟として壊滅したことも、ザトウクジラよりも何十倍も大きな魚影が毎日確認されていることも、次に僕らの高校も壊滅する可能性も高いことも耳にタコできるくらい言われ続けた。
そんなこと言われても先の見えないこのご時世、正直タイムマシンがあるなら、平和だったあの頃にに戻りたい。今よりもずいぶんマシだ。でも高校受験に向かうあの息苦しい期間があるけど。
今は教室では喋る相手がいないので、独り。筆箱と、教科書を出して、スマホをいじる。
気づいたのが遅いが、先週席替えしたので席は久遠寺の後ろになった。窓から校庭見る以外暇潰せない。
彼の座高を使ってこっそり陰でスマホを使っていたのに、当の本人がいないので、少し地団駄を踏んだ。
さてと一時間目の数学の課題は難しいのに多く出すので、解答を丸写ししてしまうとバレてしまうので、適当に間違えて回答して、赤ペンでバツマークを書いたりしていつも課題を出す。
そろそろ始まるし、触ってるの見つかると成績下げられるので、カバンにしまった。
しかし予鈴がなっても数学の木下先生(通称ババア)は来なかった。時間にめちゃくちゃ厳しくで、自身も同様で遅くても一分前に姿現すのに、全然姿もない。
不在のまま五分も経つ。壁掛け時計の秒針だけが響く。
もちろん遅れてくるだろうとみんな私語を慎み静寂だったが、四分経てば少しずつみんなが異常に気づいて隣の席に囁いたり、五分経てば授業がないと思ってスマホ取り出していじり始めたり、それ以降はわざとらしくあくび書いて机の上に突っ伏したり、厳しいあの数学の時間が一向に始まらない。
コソコソ話が賑やかになって、会話のボリュームが上がる。それに従って小競り合いを耳にする。
「おい、ほっとけよ、そのまま一時間目潰したらいいから、おい、早瀬、チッ」
「おい、田村あいつ馬鹿真面目だし、ほっとけよ。面白くもないし」
机を平手で叩く。
「あー、インキャてクソだわ」
早瀬は「呼びに行きます」と。肩を掴んだ田村の腕を解き、制圧押し切って職員いつへ向かった。
真面目なやつが余計なことするいつものこと。それに制止させようとするヤンチャな奴らも。見飽きた。
が、違いざまに担任が呼吸を乱して飛び込んできた。早瀬は尻餅をつく。
目が飛び出すぐらい追い込まれたような顔で、何か尋常ではないことが起こったことは担任が言わなくても伝わった。
早瀬のとぶつかったので平謝りしていたが、教室はしんと静かになった。と言うよりさっきまでの沈黙と全然違う。重たさがあった。
変なことが起こってる。
「み、みんな、いいか。一斉休校だ」
床が揺れるくらい歓喜と驚愕が混じった声が轟いた。
「静かに、静かに、いいか。これはマジだし、喜ぶ話じゃないぞ……」
それを遮るように、
「嘘、死んだの木下先生、ほら」
ロングヘアの高飛車な
みんな椅子から立ち上がっていたりしていたので、担任の言い分を聞かず、ゾロゾロと集まって、おちゃらけ集団はバカ背が高いし、背伸びしてやっと画面に目が入った。
このような文体が目に入った
——本日未明、流々井市、夢見町4丁目にて家族全員が死亡。不明生物に襲われたか——。
その見出し以降に被害者の名前が記載されているが、——高等学校で教師の被害者の木下由紀子(49)さんは家族と——。
それが現実であると着々と示していた。
対岸の火事だと思っていたが、知っている人が襲われたのは初めてで少し眩暈がする。
「おい、あんまり混雑にならないようにしろよ」
女子らは悲鳴上げたり、泣き出したり、男子は騒ぎ出しったり。パニックが伝染したのか、隣のクラスでも悲鳴に近い声が聞こえた。クラスメート達は急いでバックを背負ったり、早口で親に電話したり、蜘蛛の子蹴散らすように教室を出て行った。俺はハンマーで殴られたような鈍い痛みが頭に走った。少しクラクラして、自分の机に腰をかけて、右手で額を押さえた。
そこまで、いや、結構ショックを受けてるみたいだ。妙に視界が灰色に見え……。
「樋野、何ぼーっとしてんだ。早く帰ったほうがいいぞ」
一気に痛みが引き、テレビの砂嵐みたいな低い音の耳鳴りも治った。
教室はあと数人のだけ生徒がいて、後藤は人差し指に教室の鍵のリング通して、それ軸にくるくると器用に回転させていた。
「あ、わかりました」
「あいつ、欠席するとさっき電話があったぞ。もっと早く言って欲しかったが、まぁなくなったし、気をつけろよ」
さっきいたことを言おうと思ったが口をつぐんだ。言ったら言ったでいちゃもんつけられそうなので、めんどくさいことにあるのを避けるため、そそくさと帰路についた。
隣の教室ももう誰もいなくて、鍵がすめられていたり、まるで祝日みたいに校内に学生の姿はなかった。
「てか、あれ見間違えだっけ」
どうしも気になったので急いで体育館へ渡り廊下を走って、中を確認したが、確かにゴールも元に戻っている。
「なんだよあいつ」
幻でもなかった。がふと肩を叩かれた
「きみ。何しているんだ。早く帰りなさい」
守衛さんが顔をのぞいていた。
情けない悲鳴をあげてしまったが、守衛もそれに驚いてかなりぐだぐだした謎の空気が漂った。
「早く、ほら、忘れ物がないのならもう閉めるからね」
「すみません」
平謝りでさっさと校門まで走った。
外は馬鹿みたいに静かだったが、パトカーのサイレンの音が遠くから鳴り響いている。
しかも駅へ向かう大通りでは商店街があるがそこにいたのは近所の買い物客ではなく銃を持った機動隊だった。単色の黒い群衆が列をなしていた。ニュースで見る光景、初めて銃を遠くからだけど、重厚感があった。
列車が発車する音が聞こえた。階段を登って改札口へ向かったが、間に合わなかった。
次の電車が最終電車であると電光掲示板が教えてくれた。
待ち時間の間にあらためて木下先生と一家が襲われたニュースを調べた。
——今回ナメクジ型の不明生物に襲われた可能性が高い。被害者の自宅近辺で何か粘着質なものが引きずるように道路に液体が付着したと思われる痕跡を発見。教団は被害拡大を防ぐために生贄を捧げ、近隣に厳重体制を引き、引き続き不明生物の探索に任務に当たっている。またこの影響のた学校含め近隣地域周辺での休校を決定——だと。
「生贄捧げても被害は増加するばかりだし、全然だ。いつ死んでもおかしくないな……」
「こら、君、そんなこと言うんじゃないよ
「あ、え、なんでもないで……」
「若いのに、それにそろそろ最終電車が来るんだよ、はやく家に帰りなさい」
「あ、なんでもないです」
駅員のおじさんが、エスカレーターの電源を切っている時に、俺の独り言が聞こえていたのか説教された。なんだかついてないしてないし、今日の星座占いで天秤座が最下位だったもんな。そりゃ、運が悪い。
発着チャイムが鳴り響いていた。西方面への列車内はかなりの満員だった。車は向こうの学生の乗っていて、他校の制服が窓ガラスを覆うほど満員だった。
「うわ、最悪」
ドア開いても人の壁。こう言う時は痛み承知で乗るのが電車通学。それだけで一日の体力が削られる。
3
一時間目が始まる前帰宅命令が出されたので、両親はまだ仕事に行っている。大人だけだ、午後二〇時超えても外出してもいいのは。
しかも今日は父は今日は帰れないといい、母はははで職場で寝泊まりしないといけないほど仕事が溜まっているから、晩御飯は冷蔵庫にしまっていると今朝説明してくれた。
脱いで玄関には学校指定の革靴だけ一つ。課題はタブレットで動画見てミニテストをするだけ。
リビングはとても暗かった。一応家の全ての窓のシャッターを閉めている。先月この辺でも不明生物の目撃があってからずっと閉じたまま。いつも帰る時は日は暮れていたから気づかなかったけど、閉塞感がある。
テレビをつけると、数学の先生が殺された自宅周辺に、局のマークが印字してあるヘルメット被っているリポーターが、深刻そうな顔で中継していた。
規制線の前に警察の機動隊らが、銃を構えていて鎮座し、奥では白い布で顔を隠している教団の人たちが、規制線にぞろぞろと何人も列をなして入っていく。
他のチャンネルに変えても不明生物関連の続報ニュースばっか放送している。教育番組ぐらいしかい娯楽性のあるやつはほうそうしていかなかった。
中継からスタジオに切り替わると、専門家だというどっかの大学教授が分析など言って、またアナウンサーは深刻そうな顔をしている。
つまんないから電源切った。
朝早く起きて登校しても帰らされ、宿題以外、何もやることないし、部屋着に着替えて、、重い足取りで階段登って自室のベットで寝っ転がった。
「なんか、青春、したかったなぁ」
親の言いつけで窓もシャッターを閉めてる。
寝ようとしたが、スマホの通知音が何度もなる。
上体起こすのもだるかったが、メッセージの相手があいつらだった。
中学の時の悪い地元のつながりを絶つべきだった。彼女がいじめられていたのを庇っていたが標的が俺に移った。
そうなる前に彼女は不登校になって、入れ替わるように登校するたびに酷い目にあった。
彼女の心身が回復した時はになった時には通信校へ編入してしまったが、付き合うことになったとは今でも実感がない。
よく会うたびにそのことで沙羅は自身を責めるが、元気でいてくれるだけで十分だった。
彼女の味方は俺だけではなくて、用務員のおっちゃんがいてくれていた。連中らを投げ飛ばしたり、俺らの相談事に乗ってくれたり、何も取り合ってくれない学校の先生より、頼れる大人だった。
空手五段の実力は健在でを昔習っていて睨みを効かせてくれていた。年齢の割にかなり喧嘩強くて、沙羅のことを守ってくれていたし、頼れるおじいちゃんだった。
しかし去年癌で亡くなったという知らせを年末にした。膵臓癌だったそうだ。
とても悲しかったし、しばらく三日間ぐらいは寝込むほどしんどかった。しかし受験も間近で悲しみを抑えるために勉強に躍起になった。
そのことはあいつらはまた調子を取り直したことに直結した。
死んでくれ
何度もそう願うことが多かった。もちろん、俺だけではなく、先週には沙羅にも危害を加えるという趣旨を言い放ちやがった。
ラインの文面には
——度胸試し決定戦、オマエ参加しろよ
という馬鹿馬鹿しい遊びに強制的に入れられるし、嫌気がする。
野村はいろんな連中とつるんでいるから、断りきれない。
めんどくさくなってスマホをベットの布団に放り投げた。
——————————————————
しかし樋野はスマホをもう一度手にして、画面に指を動かす。
——では、第二浄水場跡地に行きませんか。ここら辺でバケモノの目撃情報があったし、そこの方がもっとスリルがあって面白いと思いますよ。
——樋野おもろい、そっちにする。誰か死ぬかもwwwww
——わかりました。
閑静な住宅地はずっと今朝から警察の車などが多く路駐されていて、サイレンの赤がずっと点滅して外壁などを照らしている。
赤コーンに黄色と黒の規制線テープが民家のあっちこっちに貼られていて、若い警官は跨ぎながら、周辺漂う異臭にえずいていた。
被害者宅の家の前では機動隊が二人門番みたいに銃を構えて鎮座している。
若い警官はポケットからプラカードを出した。許可証が入っている。
門番はそれを確認すると敬礼し、彼は玄関口へ入った。
「ゴホッゴホ、酷い匂いだなぁ……。ん、なんか踏んだのか、う、わ……」
鼻が腐りそうな酸味のある悪臭と加えて、血や肉片が、投げつけられたように粘りっこく壁や床に張り付いている。
リビング前のドアはすりガラスのなっていて、奥に白装束の姿が見えた。
教団と鑑識が被害状況を調べている。
「水野さん、これは大変なことになりましね。先週まで不明生物の目撃情報はありませんでした。これは——」
水野と呼ばれた白装束の内の一人は、しゃがみ込んでいたがゆっくりと振り返り、
「きみ、これを見てみろ。鑑識が見つけたんだけどね……」
憂のあるしゃがれた声で、台所のシンクに指を指した。目元だけがスリットになっていて目を光らせる。
そこには蛇口が赤い肉塊と赤黒い粘液に塗れて、大破している。筒に火薬混ぜて密封させてから爆発させたよう変形していた。何かが出入りしたようにも見える。
「君の言うような液体状捕食生物だと分類するかな、それだと思うよ」
「つまり、水道管を伝っていて……、こんなバカなことが、どうしたらいいんだろう、こんなことは」
「まぁ、そこはいろいろなるようになるさ。もう少し、生贄が必要かもしれませんね、神の怒りが増していらっしゃる……」
ゆっくりと両手を合わせる。
しかし目元以外は全て白い布で覆われていて、表情が読み取れない。本当に悲しんでいるのかも、読み取れない。
「わかりました、上層部にそのことを——」
「すでに私が直接説明しておいたよ。君が伝える必要はない。するとならば、君は偉大なるものへの信仰をしっかり行うこと。いいね」
「おーい、荒川ー、こっち来てくれ」
警官は向こうで呼び出しがあったので一瞥して去っていった。
「まぁ、大丈夫か」
彼は両肩を揺すぶらせた。
フローリングの床に彼はこっそりとペトリ皿を取り出し、赤黒い粘膜をピンセットで掴んで回収すると、しっかりと蓋をして、パックに入れて密閉すると、持ってきた小型のアイスボックスに三重にしまった。
「私も、上層部に報告、か……」
よく見ると天井に赤い血が手形で押し付けられていた。何個も何個も。
被害者が捕食された際に、もがいた痕跡だろう。巨体のためにあんな天井に幾つも奇妙な痕跡が残っている。
水野は陰暗いリビングを抜けて、パトカーの隣に止めてる白いワンボックスカーに乗った。パトランプも無く、表示もなく、無地の白の車体なので、警察直轄ではない独自の団体であると示している。
車内は彼と白装束ではなく、反して黒い背広の若い運転手のみ。
「どうでしたか?」
「これがまた、厄介なもんだよ。今回の眷属は研究で問題なければ、機動隊でも対処できるはずだ。偉大なる神のためならね」
「了解です」
冷たく、アクセルを踏む。
「にしても、今晩にも被害は出るだろう。なにしろ、水道管を渡っているからな」
「水野さん、一応生贄となる準備は整ってます」
「そうか、まだ初期段階だし人間ではなく、動物で済んでいるからこそ少しは安心だろうかな。しかし気は抜いてはいけないな」
「おい、樋口遅いなぁ! イチャイチャいてて遅れたんだろ」
鼻声まじりで啖呵を切ると、同調し嘲笑が響く。
秋は日が暮れるのが早い。日が沈みきり、赤みが消えゆく夜空に、冷たく風が吹き続けている。今日は見事な満月で、珍しく月明かりがかなり強かった。
樋口の周りには金髪のやつ、ニキビまみれなやつ、細めで人相が悪いやつ、デブで気だるそうに鼻ほじっているやつ。
今時のヤンキーばかりで学校にも通っているのか怪しい鼻つまみ者が多い。バイクではなく自転車であることが幼稚さを強調している。
樋野はたった一人だけ徒歩で来た。
「お前、マジでやる気あるのか、一番乗りって、真面目でつまんねぇの」
「いいじゃねぇの。まぁその分、先に行っておかしたらいいじゃんか」
とリーダー格の茶髪にニキビまみれのやつが耳打ちをする。樋野は日の出ただただ突っ立ている。
「おい、ノムッチやだよ、最後は嫌だよ」
「後に行って
「いいのか、そんなことして」
「まあ俺らに罪問われることもないだろ、大丈夫だって、健吾」
自転車同士で固まった密談が終わると、唯一の街灯の根本で佇む樋野に声をかけた。
「お前一番な」
また同調し下品な笑いが響く。
一応彼は言われた通りにポケットに油性ペンを入れている。
不法投棄された目印となる大きな青い、ドラム缶があって、そこにチェックマークを書き、それをラインで送れというルールだ。
そうすることでズルなどの不正をしないということだ。
この真夜中であると言うことが彼らをより一層気分を異様に好調していた。やるなと言うことをやることは十代にとって劇薬みたいな物だった。
樋野は躊躇いもなく頷くと、ズカズカと草むらに入っていく。
「まじかよ……」
樋野はスマホのライトを照らしながら、闇へ突き進む。
倒れたバリケードを跨ぐと風化でひび割れたアスファルトに。ひび割れた部分に生えた雑草が風もないのにずっと蠢く。
少し進むと植物に覆われた大きな古城が身構えていた。
平成に入って使用されなくなった浄水場は建て壊されず、ずっと放置されていてから、人気も無くずっと異様な雰囲気を漂わせていた。
強靭な精神に、小さくなる彼の背を連中らは、無言で見るほかなかった。
そこから大きく時計回りに回るとドラム缶がちょうど建物後ろに転がっているので、持っている油性ペンで印つけてそれを写真で撮って送る。
しかし厄介なのが、迂回しようにも倒木で道が歩けないので、浄水場の建物にはいっってそこの廊下を通って、さらに大きく迂回しないといけない。それがまた、より一層恐怖の感覚を刺激させる。
スマホの小さなLEDライトが命綱。しかも段差もあり、転倒しないように気をつけないといけない。
樋野は何度も通っていたかのように、恐れることなく、ただずっと遠くを見るように目は虚のまま、コンクリートの城塞を突き進む。
蜘蛛の巣や瓦礫やガラスの破片など、人気もない長く暗い廊下を進む。
そうすると大きな観音開きの重厚な扉があって、潤滑油が切れた蝶番が悲鳴を上げながら、開いた。
正方形の白いタイルが無数に壁床一面に広がる広い部屋があり、中央に何十メートルというタンクの巨体が鎮座している。
海底に蔓延る軟体生物の触腕のように配管が壁と床に広がっている。
樋野は何かに引き寄せられるように、瞳の虹彩は黒く濁っていた。
一方、自転車連中らは、非道なことに樋野を放置するという考えに思い立った。
生意気なつもりが、親には迂闊に頭が上がらない
「俺さ、明日兄貴の誕生日だから、早く帰りたいんだけど……」
野村は不敵に笑みを見せ、
「てか、あいつだけ肝試しさせて置いてけぼりにするつもりだから、別に関係ないし、変えていいよ」
「え、まじ。てかさ、あいつが最初じゃなかったら、破綻するって」
指摘するやつの自転車のタイヤに蹴りを入れ、
「うっざ」
と吐き捨てた。乗っていた太ったやつは大きな音を立てて転倒するのを、また彼らは悪口混ぜながら笑い飛ばした。
が、間一髪入れずに破裂音が鳴った。
一気に闇が押し寄せる。この辺唯一の該当の電球が爆ぜたのだ。
パニックはすぐさま全員に罹患する。
しかも月は雲に隠され、漆黒で視界がかなり狭まった。
「おい、やべえぞ、なぁ。どうしよう」
「おい、なんか、雨が、て——」
雨足がかなり強く降り出し、一気に血流が止まるような悪寒。しかし降っているものは雨のようで雨ではなかった。
ニキビのやつが、
「おい、あれ、あれ見ろよ「」」
その暗闇よりさらに漆黒のモノが連中を覗いていた。
降り頻る雨に寸胴で丸っこい巨体がズルズルと柔らかいものを無理やり地面に引くったような異音。
一同の悲鳴が木霊する。
「ついに来たかッ!」
彼はここから離れた小さな公園にいた。この辺で不明生物の気配を感じていて、被害を出さないために探していたのだが、時すでに遅し。悲鳴の方角である浄水場跡地だ。
暗闇に目線をやる。
怒りを滲ませながら下唇を強く噛むと、丸眼鏡を外しポケットから青黒く煌めく鉱石を取り出した。
鉱石といっても蛇腹が螺旋のようにぐるりと円を描く、アンモナイトの貝殻の形状。
何かを呟きながら、青い化石をまるで自ら拳銃で頭を撃ち抜くように、右こめかみに当てる姿勢でもつ。
口の広い開口部の部分から電子機器のようなコードが右頬、顔、そして全身に捕食するように伸びて絡まる。
学ランで黒い格好は青白い光に覆われ、そしてアイスマスクの仮面を被った。
久遠寺忍は変身した——。
4
浄水場跡地の巨大タンクが、激しい金属音を立てながら爆発した。
白いタイルを大量に粉砕しながら、激しい風が吹く。
俺が目を醒めた時には全身に鈍い痛みが走った。
「イテテテテ、あれ、どこ、どういうことだ……?」
激痛おかげで一気に意識は戻った。顔や体を触ってみたが、流血はしていないみたいだ。
一体何が起こったのかよく思い出せない。うっすらと浄水場の中にいたことは断片的に脳内に浮かぶが、今はなぜかコンクリートの瓦礫が広がっていた。
立ちあがろうとついた時鋭いコンクリ片があった。
「変なとこだし、これドッキリか、なんだよこれまじで」
「助けてくれー、樋野許してくれー!」
向こうからあいつらがこっちに向かってくる……、というより逃げている。
「何から逃げているんだ、おい、何してんだ」
「おい、食い殺されるぞ、お前のせいだ。みんな逃げろーっ、
「え、どういうことだ」
後ろに何かがいる。しかも妙に粘りっこい液体が、雨となって降ってきた。
気味の悪い感触が頬伝った。
「やばいことが起こって、あれ、おい、おいどうした!」
シュッという風切り声が連中の一人を捕まえた。どんどんそいつは後ろに引っ張られていく。よく見たら足に黒い太いチューブのようなもの絡まっていた。
「死にたくないっ、死にたくないっ、助けてくれーーッ!!!!!」
尋常ではないスピードで上半身が振り回されながら、林に吸い込まれる。
そして、人が死に際に出すという断末魔を初めて聞いた。こんなに長く悍ましいんだと思った。
それに合わせてグジャリグジャリグジャリグジャリグジャリと、硬いものと柔らかいものをすりつぶしたような耳を塞ぎたくなる異音が混ざって息ができないほど身震いした。
どんどんと連中らは宙を舞いながら引っ張られいていき、人数を減らしていく。
彼らはどこへ行ったのかようやくわかった。
黒く半透明な影が林から現れた。
「本当に不明生物が、あ、あ……」
腹の中で彼らが蠢いていた。苦しそうな顔は、頬が削がれて、歯は剥き出し、ひん剥いた目は、眼球が取れて、頭蓋骨が露呈し、そして骨全体はかき消されていく。
「このヤロウ! 死ね」
廃材の鉄パイプを持った野村は、果敢に倒そうとしたが、そんな武器で人間か敵うはずがなかった。
そいつは大きく開いた口を小さくすぼめると、液体の塊を彼の顔面に当てた。
ぎゃあぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁ!
肉が焼ける音と共に彼の頭部は溶けたアイスクリームのように崩れていき、声帯も解けて声でもない激しい呼吸音を何度か繰り返し、その後崩れ落ちた。首無し死体の最後のもがきだった。
残されたのは
「や、やめろ、助け——」
——————————————————
「まさか、久遠寺がアイスマスクだったとは……」
恐怖から解放された後は困惑の嵐だった。
「僕のしたことが……」
久遠寺は子供みたいに目に涙を浮かべていた。
「俺は別に言いふらさないって、そんな性格の悪い奴らじゃないし。黙っておく」
「待って」
「どうした、何か悪事でも言ってしまったか」
「まだ死んでない」
よくわからなかった。黒い水溜りを久遠寺はずっと見つめていた。
「いや、もう大丈夫だって——」
がその時、シュルシュルという嫌な風切る音が。しかも粘りっこい雨がまた降り出した
「うわーーーー」
久遠寺の右足に、今度は赤黒い触手が巻き付いた。
「おい、久遠寺! やばい、やばいって!!」
赤黒いあの
宙に引っ張られる瞬間に、彼のポケットから青い物が転がった。
「奴は一匹じゃないってことさ——」
「お前やけに冷静すぎないか!」
「いいから早く、アメフラシの
「なんだよそれ!」
「青いやつだ! アンモナイトみたいな形のやつ!!」
「わかった!」
もう一本触手が俺の方へ向かってきた。
一か八か、俺は飛び跳ねた。青いのを掴んだが勢い余って何度もでんぐり返りした。
「早く!!!」
もう口を大きく開いていた。助けてくれた奴が殺されてしまう!
「掴めーーーーツ!!!」
バスケをやっていた自分を褒め称えたい。青のアンモナイトは綺麗に流線型の軌道を描き、久遠寺の拳の中に見事に入った。
青白い閃光が一気に広がった。
「本当に倒すことができた。数学の先生の仇も取れた」
「まさか、お前に二回も助けてもらう——」
久遠寺は俺の耳に手を押し当てると、片方の手には青黒い液体が入った試験管を垂らしながら
「悪いけど、忘れてもらうよ。これ以上巻き込んでしまうと悪いからね」
「え、ちょ——」
耳の中になんだろう、生暖かいものが蠢いて、あ、あ……。
「あー、忍ぅー遅かったじゃん。もう帰るの毎回遅いんだから。正義の味方でもきちんと晩御飯は食べるんだよ、な?」
玄関前に、長い髪をタオルで拭きながら、彼女は仁王立ちしていた。
蠱惑的に湯気立っているし、タンクトップでかなりラフな加工でニヤリと白い歯を覗かせていた。
「姉さ——、
「っんでだよ、ほら何はともあれ一応家族だしさ、それにねーちゃん呼びでいいって何度言ったらわかるのさ」
久遠寺は思春期らしく頬を赤らめた。
「で、どうだったの」
「顔バレした……」
「え?」
と柔和な表情から鋭い剣幕で睨んだが、
「ちゃんと記憶は、深遙さんのいう通りに消去術を使ったし、見られた相手の家にきちんと帰したよ」
「それは本当……、嘘ついてないね、よーしよし頑張った、頑張った!」
「ちょっと、そんなハグしないで恥ずかしいよ」
恥かしさからか丸メガネも曇った。
「とりあえず風呂、ほら沸いてるから。入りな」
「うん」
荷物を詰めたバックを置いて脱衣所に向かった。
「ちょっと扉絞閉めなくてもいいのに……」
ピシャリとドアを閉める忍を深遙は、少し指を傾げて母性溢れる笑みを浮かべた。
湯船の中で、白く、細く、たくましい筋肉質の鍛えられた肉体と四肢を、伸ばしてゆっくり浸かっていた。ところどころ擦り傷がある。
縁に後頭部をつけて天を見る姿勢で、黄昏てゆっくりと深呼吸をついた。
赤い怪我は徐々に薄まり、元の白い肌へ急速に回復していく。
入浴を終えて、晩御飯を食べ、彼女のだる絡みを避けて、自室へ入った。
「もっ、可愛くないやつ……」
久遠寺はスイッチをつけた。ベットに勉強机にたくさん本をしまった本棚。
しかしそれよりももっと目に引くものが実験器具のようなものがもう一つに机の上に広がっていた。
彼は青いアンモナイト型のネクロノミコンを、電気コードや小さなライトが点滅しているた。
ポツポツと柔らかい光を放ちまるで充電しているようだった。
そしてカバンからペトリ皿二つを取り出した。黒いものと赤黒いものがそれぞれ入っていた。
「ジョゴスの分析、改良、そして利用方法。いつもいつもこればっかりだ」
綺麗に二つに割れて破損してしまったアイスマスクの仮面をまじまじと見ながら。
「樋野凪斗くん。1−5の出席番号12番。彼は気づいていないが複数人をわざとジョゴスに食わせた……。流石に姉ちゃんに言えないけれど」
卓上ライト以外電気を消して、黙々と調合などガラスの軽やかな音がずっと鳴っていた。
クトゥルー・クトゥルー 〜幻惑邪神戦記怪奇的青春譚〜 空黒白郎 @shiroukarakuro
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