第29話

食べ始めたのはいいもののまりあの手は緊張で震えた。

スプーンでシチューが上手くすくえない…それに、先程聖也が自分の背中に手を添えて歩くという光景を思い出してしまい余計彼の事を意識してしまう。




「ごちそうさまでしたっ。ママー、明日お散歩だから今日は早く寝るね」




今からお風呂に入ると言い、食器をキッチンへ運びそのまま浴室へと姿を消した。

取り残されたまりあと聖也…彼は平然と食事を進めているが、とうとうまりあの喉はシチューが通らなくなりスプーンを置いてしまった。




「具合でも悪いのか?」




声をかけられたため反射的に横を向くも、先程並んで歩いた時とは比べ物にならないぐらい彼は近くにいた。

彼女はとっさに目線を下げ、なるべく聖也の顔を見ないよう意識。

その際髪の毛がハラハラと落ちてきたので、右手を出し耳にかけようとしたのだが、それよりも彼の手の方が先に髪に伸びた。

驚いて顔を上げると今度はもっと近くに彼が…あと数センチで触れてしまうのではないかという距離に彼はいた。




「やっと目が合ったなぁ」




自分の体温が一気に上がるのを彼女は感じた。




「大丈夫か?」




思わずうんと頷くも内心全く大丈夫ではなかった。

恐らく今自分の顔は真っ赤で、この激しい動悸は目の前にいる聖也に聞こえているのではないかというぐらいうるさい。




「悪い、俺が急に来たから疲れたんだろう…」


『そんな事ないです!翔人も喜んでたみたいなので嬉しいです』


「ありがとう。まりあは優しいなぁ」




洗い物は自分がするから休んでいろと言いキッチンに立つ聖也。

彼なりのせめてものお礼なのだろう。

不器用ながらも一生懸命洗い物をしてくれる聖也がかっこよく見えた。

普段家でゆっくりする時間は滅多にないため、貴重な時間をゆっくりソファーの上で楽しむ事に…とは言っても特にこれといってする事はなく、明日出かける時に着る服装を考える事にした。

実は明日まりあは仕事が休みなため、気分転換にショッピングセンターに行き化粧品を買い足す予定を立てている。

それを聖也に伝えると、自分も一緒に行っていいかと言われ迷わずOKの返事をした。

返事をしてから思ったのだが、良く考えれば2人きりで出かけるなんて…これはデートというやつではないのかと思い若干パニックに。

けれどこんな事は学生の時以来なので楽しみにしているのも事実だ。

すると洗い物が終わったようで聖也が隣に腰を下ろした。

袖口が濡れていたので普段家事をしない事は一目瞭然…それでも自ら洗い物をしてくれた彼に感謝。

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