第8話

「はぁ…はぁ…」



ちょっとのぼせたかも…頭がぐらぐらする。

朦朧とする意識の中なんとか浴室を出てバスタオルを手にしたものの、ベッドまで行く気力もなくその場にしゃがみこんでしまった。

冷りとした空気とタイルの感触が肌に伝わり気持ちが良い。

ぽたぽたと雫の落ちる音はいつもより大きな音に聞こえる…怖いぐらいにここは静まり返っていた。

誰もいないしなにもない。いるのは私1人だけ……



「あぁ…余韻に浸ってるところ悪いが、そんな格好でいると風邪引くぞ?それともあれか?俺を誘ってるのか?」


「…!?」


「ほら、こっち来い」


部屋の奥から突然現れた謎の男。

黒のスーツに暗めの紺色のコートとグローブを身に付けており、洋服のせいもあるのだろうか?私達とは何かが違う…そんな異様な雰囲気が滲み出ていた。

男は私の体を乱暴に起こし顔を掴んだ。

そして私の目を見てこう言った…



「俺が誰かわかるか?」



会ったこともないし名前も知らない。

知らないけど知ってる…目の前にいるこの男は…



「薔薇とカードの……」



1ヶ月以上私を悩ませ、どうやって知ったのかは知らないが突然私に電話をしてきたあの男。



「あぁそうだ…やっと会えたなぁ綺麗なおねぇさん。初対面の気分はどうだ?ん?それにしてもほんとに綺麗だ…」



今まで味わったことのない恐怖が私を襲った。

凍りつくような冷たい瞳…その瞳に睨まれると全て見透かされているようで怖くて体が震えた。

寒い…すごく寒い。

逃れたくても男の力にかなうわけもなく思うように身動きがとれない。



「よしよしよしよし…震えているな?怖いのか?」


「……っ」


「こっちを見ろ」


「…やっ」


「ちゃんと見るんだっ」



男の瞳に映った私の目には大粒の涙が溢れていた。

怖いから?殺されるかもしれないから?私は男の狂気に押しつぶされた。



「それでいい、これが本当の恐怖だ。どうだ?今までに味わったことあるか?ん?あぁ、あの日の夜もこんなだったか?」


「!?…どうしてっ」


「俺はお前のことなら何だって知ってる。日本人の父親とアメリカ人の母親をもつお前は、毎日幸せな日々を送っていた。ところがぁ、ある晩いつものように家に帰り扉を開けるとそこにはっ!?…そこには変わり果てた父親と母親が無残な姿でゴミのように転がっていた。すぐに逃げればよかったのになぁ、まだ家に潜んでいた男にお前は…」


「やめて…」


「可哀想になぁ…初めてがそんな男なんて」


「やめてやめてっ!もう聞きたくないっ!!聞きたくない……」



思い出したくもない完全に消したい過去、そして優翔にも誰にも明かしたことない私の過去。

それを明かされてしまった…こんな男にっ!!

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