第52話 モンスターペアレンツ


 今週も平日の授業が始まる。ただその前に学園長室へ行き、昨日のことをアノンに報告した。


「……というわけで、やはりセラフィーナ伯爵家で俺のこと調べているようだった。学園の方へなにか動きはあったか?」


「今のところは怖いくらいに何もないのじゃ。騎士団の方へも訴えってはいないようじゃな」


「ふむ、例の映像をイザベラに見せて、そっちの方で訴えるのは諦めたか? それで俺の方を調査している可能性はあるな」


 明らかに分かる証拠映像と音声が残っているし、そちらで俺を責めるのは難しいだろう。


 できるとすればあの映像と音声を捏造だと言い張ることだが、そもそも映像を撮って記録するだけでもかなりの技術が必要なので、それを捏造するのはそうとう難しいと思うぞ。仮に俺がやるとしても結構な時間がかかるだろう。できないことはないが。


「あの様子じゃあ、たとえ俺の身が潔白だとわかっても、娘の退学処分は認めないだろうな。大人しく自主退学してくれればそれでいいんだが」


「ああいった古い貴族はまだ多く存在しているからのう……自分の娘が可愛いという気持ちはわかるのじゃが」


「まあ、平民の臨時教師なんかに退学処分を言い渡されるのが気に食わないという気持ちなのかもな」


 娘の純潔を気にしていたようだし、貴族至上主義のああいった家がまだあるのも事実だ。


「子供を大切にするのは良いことだけれど、それが行き過ぎるとモンスターペアレンツになってしまうんだよ」


「もんすたーぺあれんつ?」


「俺の世界だと、行き過ぎた親のことをそう言うんだ」


 子供のいない俺にはわからない感情だが、俺も両親からは愛されて育ってきた方だと思う。モンスターペアレンツというのも境目が難しい場合もある。自分の子供を愛することは悪いことではないのだが、それが行き過ぎると問題になってしまう。


 本気で子供のことを考えているという表れでもあるのだが、他人の子供のことを考えなかったり、責任をすべて教師に押し付けようとするヤバい親もいる。


「酷い親だと自分の子供だけを優遇して目立つように配慮しろ、給食で自分の子供の嫌いな食材を出さないようにしろ、自分の子供の勉強ができないのはすべて担任のせいだから担任を変えろ、24時間いつでも親から連絡を受けて対応できるようにしろなんて無茶を言ってきたりするからな」


「う、うむ……ギルの世界もいろいろと大変だったのじゃな……」


 思わずアノンへ話す言葉に熱がこもってしまった。モンスターペアレンツという言葉が生まれた辺りの時期は本当に酷かったな。そういった親が一クラスにひとりだけでなく、何人もいたことがあった。


 その大半の親は自分たちがモンスターペアレンツであると自覚していないのが一番の問題なんだよな。常識的に考えれば、自分たちが明らかにおかしいことを言っていることが子供のことを考え過ぎて、それがわからないのだ。


「こっちの世界よりも生徒が平等に扱われるからこそ、今度は自分の子供だけを優遇しろという親が出てくるのだろうな。なんとも難しいところだ」


 モンスターペアレンツの特徴として、教師や他の生徒への配慮のなさが挙げられる。自分の子供を優遇しろだの、学校の行事のスケジュールを自分の都合のいいように変更しろと訴える親は他の生徒やその親のことを考えていない。


 そして教師もひとりの人間で何十人もの生徒を預かっているわけだし、24時間ひとりの生徒に構うことは物理的にも不可能だということをわかってほしいところだ。


 他にも責任をすべて学校側に押し付けたり、感情的になってめちゃくちゃなことを言い出す親もいる。自分の子供の勉強ができないことをすべて教師のせいにしたり、少し怪我をしただけで学校に怒鳴り込んできた親もいた。


 もちろん教師の責任である部分も多少はあると思うが、子供のやることすべてに責任を取れるわけがない。学校と家庭が協力をして、子供たちを育てていかなければならないのである。


「とりあえず、俺も外に出る時は気を付けるから、そっちもなにか動きがあったら教えてくれ」


「うむ、わかったのじゃ」


 セラフィーナ伯爵家のことにも気を払いつつ、通常の授業やこの学園のことも進めていかなければならない。


 今回のことは他の生徒には関係のないことだからな。そちらをおろそかにすることがあっては駄目である。


 本当に面倒なことを起こしてくれたものだ。あとは大人しくこちらの要求を受け入れることを祈るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る