第51話 尾行者


 ……やはりこちらをつけてきているようだな。


 探索の魔術を使用して周囲の状況を探ってみると、ここ数日俺が学園の外に出るたび俺の跡をつけていた輩が今日もいる。どう考えてもセラフィーナ伯爵家の手の者だろう。


 普段なら尾行なんかには気付けないと思う俺だが、さすがにイザベラの両親が学園に来た日からは相応の警戒をしていた。尾行だけでなく、実力行使をしてくる可能性も考えて、その対策はしっかりとしている。


 探索の魔術は周囲に存在する生物の位置がわかる魔術だ。大まかな姿くらいしか探知できないが、同じ者がずっと俺の跡をつけている時点で尾行されていることがわかった。しかも面倒なことに、その尾行者2人の跡をつける者までいる。


 二重尾行というやつか。俺を尾行している2人を排除しようとしたら、その2人を尾行している者には逃げられるかもしれないな。相手もいろいろと徹底しているようだ。


「ふむ、意外だが手は出してこないのか……」


 俺はあえて人気のない路地の方へと歩みを進めた。ここまで来たら俺を亡き者にしようと襲ってくるのかと思ったが、そういうつもりはないようだ。


 あるいは、向こうもここまで誘い込んだのが罠と思い警戒しているのかもしれない。


「それならば……」


 パチンッ


「「……っ!?」」


 路地裏の角を曲がったところで、隠密の魔術を使用して俺への認識を限りなく低くし、風の魔術によって建物の上へ飛ぶ。建物の上から見ていると、俺の跡を追ってきた2人は俺の居場所を完全に見失ったようで焦っていた。


 さて、お次はこっちだな。




「これはセラフィーナ伯爵家の執事様でしたか。こんな場所で奇遇ですね」


「……これはギーク先生。こんな場所で会うとは本当に奇遇ですね」


 俺を追っていた2人の跡をさらに追っていた尾行者は以前にイザベラの両親と一緒に学園を訪れた老執事であった。


 突然後ろから姿を現した俺に多少は動揺しつつも、その動揺をほとんど漏らさぬように振る舞っているのは見事だ。やはりこの老執事はそういった経験が豊富なようである。


「それにしても最近は物騒ですね。私は一介の臨時教師なのですが、なんだか誰かに跡をつけられている気がしましてね。まあ、気のせいだとは思うのですが」


「なるほど、それはお困りのようですね。とはいえ、ギーク先生の技量がありましたら、それくらいのことは何でもないように思えます。どうやら臨時教師とは思えないほどの実力を持っているようですからね」


「それほど大したものでもありませんよ。それにあなたの方こそ相当な実力者のようですね。気配の消し方なども完璧ですし、身のこなしも相当なものです」


 そう、この老執事の方こそただ者ではない。魔術師ではないようだが、その身のこなしは明らかに一般人のものではなかった。魔術を使わなければ、俺ではその存在に気付くことすらできなかっただろう。


 隠密のすべを知っているようだし、どうやら執事以外の裏の顔を持っているようだ。


「いえ、とんでもない。私などそこいらにいるただの老ぼれですよ。ただ、他の者よりも少しだけいろいろな経験を積んでいたにすぎません」


「……そうですか。そういえばマルキウス伯爵様にお伝え忘れたことがあったのですが、この機会に伝言をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんですとも」


 この様子だと俺が尾行者に気付いていることも理解しているし、その尾行者を振り切って直接会いに来たこともわかっていることだろう。


 今回尾行はされたが、俺の命を奪いに来たわけではなさそうなので、警告ですませるとしよう。まあ、この老執事が腹の中でどんなことを考えているかまではわからないがな。


「もしも先日の件で私のことを調査しているようでしたら、ほどほどにしていただけると助かります。一度目は許しますが、これ以上のことをされるようであれば、伯爵家に直接直訴させていただくかもしれませんね」


「………………」


 今回がその一度目だということは執事さんにも理解できているだろう。


「それとイザベラの件についてですが、自主退学されるようでしたらあと2週間後までにお願いします。それを過ぎましたら、学園の方から退学処分とさせていただきますとお伝えください」


「……承知しました。必ず旦那様にお伝えいたします」


「よろしくお願いします。それでは本日はこれで失礼しますね。お互いにとって納得できる形で終わることを心から祈っております」


「そうですね、私も心の底からそうなることを祈っております。ギーク先生、本日はお会いできてよかったです」


 そう言いながら、執事さんは俺に向かって深く頭を下げた。


 尾行者2人を振り切って俺の実力をこの執事さんに多少なりとも見せることができただろう。穏便な形で向こうが納得してくれることを祈るしかないな。


 ……もちろん執事さんと別れたあとも後ろからいきなりブスリとやられないように最大限に警戒は忘れない。

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