第40話 実戦経験
「うう……緊張します、シリルちゃん」
「大丈夫ですよ、メリア。なにかあれば、それはすべてギーク先生の責任になりますから」
……もちろんシリルの言う通りなのだが、本人の前でそれを言うなよ。まあ、それでメリアの肩の力が抜けるならいいのだが。
「おい先公、やるのならさっさとしろ。時間が勿体ない」
「……まったく、おまえは相変わらずだな。まあ、確かにゲイルの言う通りだ。学園からここまで来るのに時間もかかったことだし、早速実戦演習を始めよう」
今日はBクラスの授業からだ。この学園のクラスは15~20人ほどの生徒で構成されている。4クラス一遍にすべての生徒を見ることは俺でも無理だから、1クラスずつおこなう。
学園から街の近くにあるこの森までは20分程度かかる。往復で結構な時間がかかるから、のんびりとしている暇はない。少なくとも1人1回以上は魔物と戦ってもらう予定だ。
パチンッ
「……あちらの方向に複数体の魔物がいるな。それでは事前に決めていた順番で魔物との戦闘をおこなってもらう」
捜索の魔術を使用し、周囲の状況を把握して魔物の方へ向かう。時間も少ないことだし、魔物を探す時間はカットだ。
「……ゴブリンが3体いるな。ゲイル、ハゼン、クネル、1体ずついけるか?」
「誰にものを言っている。ゴブリンごとき余裕だ!」
「ああ~わかった、わかった。それじゃあ、いってみろ。他の者は周囲を警戒しておくように」
捜索の魔術で魔物を探した先にはゴブリンがいた。濃い緑色の肌をした小柄で醜悪な顔をしている魔物はゴブリンだ。ボロい布切れを腰に巻き、手には木の棒や石を持っている。
この世界には元の世界には存在しない様々な魔物が存在する。このゴブリンはすぐに増えて田畑を荒らす害獣に分類される。素材もほとんど価値がないため、見つけたら駆除するというレベルだな。
「ゲギャギャ!」
「ゲギャ!」
3人がゆっくりとゴブリンたちに近付いていくと、敵もゲイルたちに気付いたようだ。そのままこちらの方へ向かってくる。
「ライトニングバレット!」
「ファイヤーランス!」
「ストーンバレット!」
「「「ギャギャ!」」」
3人の放った魔術は見事にそれぞれのゴブリンへ命中した。
「ふむ、魔物に怯える様子もなく、魔術の構成も早くて威力も申し分ないし、狙いも的確だ。3人とも実に素晴らしいな」
「……ふんっ、当たり前だ」
「ゲイル様なら当然のことだ!」
「こんなの余裕だ!」
……やれやれ、せっかく褒めたのに相変わらずの3人だな。
とはいえ、この年齢にしては3人とも見事なものだ。相手はゴブリンとはいえ、まったく怯むことなく魔術を当てた。おそらくこの3人は魔物との戦闘経験があるのだろう。
どうしても戦闘経験がない者は殺意を持って襲ってくる敵に怯えたり、敵の命を初めて奪うという行為には躊躇してしまうものだ。こればかりは本人の資質もあるが、経験をしたことがあるかどうかが大きい。
そういった理由もあって、何回か実際の魔物と戦うことは重要なのだ。この魔術学園に通う生徒の大半は貴族だから、魔物との戦闘経験のない者がほとんどだろう。
……元の世界であれば、教室でメダカや昆虫を飼ったり、学校内で飼っているウサギやニワトリなどを育てて命の大切さを学ぶことが重要なのだが、この世界では凶暴な魔物や犯罪者などが多く存在する。命の大切さよりも、自分の身や大切な人を守ることが何よりも優先される世界なのである。
この世界に来て、いかに日本が安全だったのかを痛感した。世界や国によって、考え方や教えることが変わるのは当然のことである。
「きゃああ!」
「メリア、落ち着いて! 敵の動きをよく見るのよ!」
パチンッ
「ゲギャ!?」
メリアの周囲に防御魔術が張られ、コボルトの木の棒による攻撃を弾く。
「メリア、一度落ち着け。ゆっくりでいいから、防御魔術の外から魔術で敵を攻撃してみろ」
「ひゃ、ひゃい……」
敵意を持って襲ってくるコボルトにビビッて攻撃魔術を外してしまい、接近を許してしまったメリア。外野からは木の棒を振り回しているだけのように見えるかもしれないが、実際に敵を目の前にするとパニックになってしまうのも仕方がない。
もちろん生徒に怪我をさせるつもりはないので、危なくなったら今回のように防御魔術を使用する。
「ウ、ウインドランス!」
「ゲギャアアア!」
「ひっ!?」
メリアの風の魔術がコボルトの腹を貫き、そこから血が流れる。
「メリア、大丈夫?」
「シ、シリルちゃん、ありがとう……」
無事にコボルトを倒すことはできたが、メリアは腰を抜かしてしまった。シリルが手を差し出してメリアがその手を取る。
2人は魔物との戦闘経験がなかったようだな。シリルの方は恐怖に耐えながらコボルトを倒したが、メリアの方はパニックに陥ってしまったようだ。
メリアは平民特待生に選ばれるくらい優秀だが、性格的に誰かと戦うことは苦手らしい。家のことがなくてもガリエルたちに逆らえなかったかもな。逆に今こうして安全に魔物との実戦を経験させることができてよかった。
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