第33話 真面目


「実は私がこちらに来ようとした際に私と同行したいと望む者が大勢おりましたが、おそらくギーク教諭に教えを乞うというよりも、第三王女である私と接点を作りたいという目的の者が大半だと思われました」


 まあ、そうだろうな。さすがに一度大規模な魔術を見せて多少の実力を見せたとはいえ、放課後まで魔術を学びたいと思う学生はそう多くないだろう。


 肩書としても俺はただの臨時教師だし、この年頃の子供は放課後に友達と遊びたいものだ。もちろんそれは悪いことではない。友達と遊ぶことによって学べることもたくさんあるからな。


「ですので、僭越ながら本当にギーク教諭の授業を学びたいのか、こちらの方で確認させていただきました」


「……んっ、それはどういうことだ?」


「私たちと同行を希望する方に、どういったことをギーク教諭から学びたいのかを事前に確認させていただきました。ですが、明確に答えられる者はおりませんでしたので、皆様には同行をご遠慮していただきました」


「さすがにエリーザがそこまでしなくてもよかったんだが……」


「いえ、真剣に魔術を学ぶ気がないようでしたら、ギーク教諭に失礼です。ギーク教諭の貴重なお時間をいただくわけですからね、そういった目的の方々にはもったいないです」


「「「………………」」」


 いくらなんでも俺のことを高く買い過ぎだ。というか、エリーザはこんな真面目過ぎる性格をしていたのか……


「私も微力ながら姫様のお手伝いをさせていただきました」


 いや、ソフィアも止めろよな!


 さすがにエリーザとソフィアに挟まれたSクラスの生徒が可哀そうになってくる。絶対にそこまで覚悟を持ってエリーザと同行したいと言ったわけじゃないと思うぞ。


「……次からは2人がそこまでする必要はないからな。参加したいという生徒がいるなら、とりあえずまずは連れてきてくれ」


「ギーク教諭がそう仰るのでしたら承知しました」


「了解です」


 さすがに俺の方から取り巻きは連れてこないでほしいと言った手前、あまり強くは言えない。


 2人がそこまで俺のことを考えてくれているとは思っていなかったからな。


 とはいえ、本気で魔術を学びたいと思うなら、ひとりでもう一度来るか、2人のいないところで俺へ相談に来てくれるだろう。






「さて、そろそろ時間だな。今日はここまでだ」


「はい。ギーク教諭は魔術のことでしたら、専門の教師以上の知識があるのですね。もちろん疑っていたわけではございませんが、とても驚きました」


「まあ、魔術に関してのみだがな。それに俺にだってわからないことはある」


 いくら知識があるとはいえ、俺だって知らないことは知らない。


 エリーザの方はさすが学年主席というだけあって、かなりレベルの高いことを質問してきた。防衛魔術の実戦演習での動きもすべてが高い水準で他の生徒とは頭ひとつ抜けていたし、どうやら魔術を本気で学んでいるようだな。


 ソフィアの方は座学の方は少し苦手といった感じだ。ただ、防衛魔術の実戦演習では魔術の構成速度がかなり早くて非常に優秀だった。理論を組み立てるのが得意というよりも、感覚で魔術を使っているようだ。


「しばらくは習い事などもありますので毎日は参加できませんが、できるだけ通わさせていただきたいと思います。それでは私たちはこれで失礼します。皆様、お先に失礼いたします」


「失礼します」


「ああ。気を付けて帰れよ」


 そう言いながら、エリーザとソフィアは会釈をして教室を出ていった。


「……ギーク先生、どうしてエリーザ様がここに来られたのか、説明を求めます」


 2人が教室を出て行って少しした後、シリルがジト目で質問してくる。


 まあ、そりゃ気になるよな。とはいえ、先日の誘拐事件のことは説明できない。


「実戦演習の時に見せた大規模な魔術がよっぽど印象に残ったらしいな。まあ次の授業でみんなにも見せるとしよう」


「……たった1回大規模な魔術を見ただけで、あの真面目で信実なエリーザ様があそこまでギーク先生へ従順になるものですか?」


「従順って……」


 確かにこれまでのエリーザの授業態度はそんな感じだったか。真面目なんだけれど、少し堅い感じなんだよな。


「た、確かにギーク先生をすごく信用している感じでした! ギーク先生が優しくてとっても頼りになることまでは知らないはずなのに……」


 そこはメリアと同じで誘拐犯から助けたこともあるから、多少は信用もしてくれてはいるのかもな。


「まさか、洗脳魔術? あるいはギーク先生の腕で作った惚れ薬のようなもので……」


「ええええっ!?」


「アホか!」


 そもそも洗脳魔術なんて魔術は今のところ存在しない。記憶を読み取る魔術とは異なり、人格をいじるような魔術は人が扱える領域を遥かに超えている。


 ……惚れ薬的なものは興奮作用のある魔術薬があるから、その強力な物ならできるかもしれないが、そんな薬を作る気などないぞ!


「まあ、2人とも本気で魔術を学びたいというのは本当らしいし、同学年で同じ魔術の道を志す同士として、少しずつでいいから仲良くしてくれると助かる。もちろん身分を出してなにか言ってくるようだったら、迷わず俺に教えてくれ」


「わかりました。ギーク先生がそう言うのでしたら、僕はギーク先生を信じます!」


「わ、私もちょっと怖いけれど大丈夫です!」


「……少なくともエリーザ様は己の身分を振りかざすような方ではないようですし、承知しました」


 うむ、いきなりは難しいかもしれないが、共に仲良く学んでくれると教えるこちら側も嬉しいものだ。仲良く共に魔術の道を進んでくれることを祈るとしよう。


 さて、俺の方はこれから残業が残っている。アノンのやつもそろそろ準備が整った頃だろう。

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