第34話 黒幕


「……馬鹿な、ブラッドヴェイルにシャドウゲートまでもが壊滅状態だと! いったいどういうことだ!」


「わ、わかりません! 私にも何が何だか……。ただ、例の計画に関わった組織がすべて壊滅しているとなると、王族の手の者の仕業かと……」


 とある屋敷の一室。


 高価な内装をしたその部屋の中で、紺色の高価なローブを着た小太りの男がもうひとりの男から憤慨しながら報告を受けている。


「くそっ、あれほど金を払って協力してやったのに、計画失敗どころか組織ごと壊滅だと! 使えないにもほどがある!」


 小太りの男はイライラした様子で机に置いてあった花瓶を地面へ思いきり叩きつけた。花瓶の割れる大きな音が室内に鳴り響く。


 報告をしていた男はその音に驚いてビクリと反応する。


「……ふう、まあいい。少なくとも今回の件に当家が関わった証拠は何ひとつ残してはいない。損失は大きかったが、次こそはもっと念入りに用意をすればいいだろう。おい、もう行っていいぞ」


「は、はい!」


 小太りの男がそう言うと、報告をしていた男が退出した。


「ちっ、私を見下していたあの忌々しい第三王女を亡き者にし、目障りなあの侯爵家を潰すという私の完璧な計画が狂うとはな……」


 小太りの男が、自ら割った花瓶の始末をさせるべく、屋敷の使用人を呼ぶためのベルを鳴らす。


「……くそっ、遅い! 呼ばれたらさっさと来いというのに!」


 ベルを鳴らしてしばらくしても使用人は来ない。


 小太りの男が再びベルを何度も鳴らすが、それでもこの部屋には誰もやってこない。


「どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって! おい、さっさと誰か来い!」


「そんなに叫んだところで、ここには誰も来ないぞ」


「うおっ!?」


 小太りの男が独りで怒鳴っているところに突然返答があった。


「貴様、どうやってここへ!? 見張りの者は何をして――むっ、まさか貴様はギーク臨時教師か……?」


「勝手お邪魔しているぞ、マナティ先生。いや、先ほどあんたは懲戒処分となったから、もはや教師ではないか」


 いつの間にかマナティの目の前に一人の男が立っている。その男はボサボサの髪に無精ひげを生やした男で、この世界ではあまり着られていない白衣という真っ白な上着を着ていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――




「き、貴様は一体何を言っている! おい、侵入者だ。早くこの不届き者をつまみ出せ!」


「見張りや屋敷の者は寝ているぞ」


「ば、馬鹿な!?」


 この部屋へ来るまでにこの屋敷の門で護衛をしていた者と屋敷の中にいる使用人はすべて眠らせてきた。


 エリーザが学園の関係者に協力者がいるかもしれないと言っていたが、まさか基本魔術担当のこいつだったとはな。


「第三王女であるエリーザとその護衛であるソフィアの誘拐。その目的は身代金というのもあるが、本命は身代金を受け取った後にエリーザたちを殺害し、貴様たちクロード伯爵家の邪魔となるシャトーフォール侯爵家へその罪をなすりつけることか。現場やそれぞれの犯罪組織にシャトーフォール侯爵家が指示したと思わせる偽の証拠を置いておくとはだいぶずる賢いな」


「き、貴様、なぜそこまで!?」


 そりゃ直接記憶を読み取っているのだから、偽の証言や証拠などに騙されるわけがない。推理をする必要もなく、直接指示している者の記憶を読み取っていけば、当然ここまで辿り着くわけだ。


 徹底的に自身の証拠は残さず、偽の証拠を散りばめておく。この異世界の捜査技術ではこいつらの目論見通りになっていた可能性が高い。こういうくだらないことを考える頭だけはあるようだ。


「残念ながらその目論見は邪魔させてもらった。偽の証拠は回収し、お前たちの痕跡になりそうなものをわかりやすところに置いておいたから、騎士団たちもすぐにクロード伯爵家が黒幕だと気付くだろう」


「んなっ!?」


 当然下っ端の実行犯たちはその目的を知らずに金目的だと思っていたようだから、俺も本当の目的に気付くのは遅れたが、そのあとはこいつらが用意した偽の証拠を回収しつつ、クロード伯爵家が残したほんのわずかな痕跡をわかりやすくしておいた。


 記憶を読み取っていけば、なんらかの痕跡は残っているものである。


「な、なんてことを……貴様、殺してやる! 紅蓮の炎よ、今こそその赤き――」


 パチンッ


「ぎゃああああああ!」


 マナティが完全詠唱の魔術を構成しているところを遮り、詠唱破棄した俺の炎の矢がマナティの四肢を貫いた。


「口上が長い。そして相手が魔術師であるからといって、実戦で前衛もなしに完全詠唱の魔術なんてまともに使えると思っているのか? まったく、今の生徒たちの方がまだましだぞ」


 これなら新入生であるゲイルの方が実戦では強いだろう。


 多少は強力な魔術を構成しようとしていたようだが、構成速度も遅いし、何よりこの状況で完全詠唱の魔術を選択する時点で実戦経験がなさすぎる。


「痛い、痛い……!」


 おそらくこいつは多少魔術の才能があることに胡坐をかき、魔物と戦うなどの実戦経験は一切せず、くだらない政治工作ばかりに精を出していたに違いない。


「利己的なことしか考えず、あまつさえ生徒を導くはずの教師が生徒を殺そうとするとは許されざる大罪だ。クロード伯爵家共々さっさと退場してもらうとしよう」


 第三王女誘拐の黒幕であるこいつとクロード伯爵家には相応の処分が下ると思うが、その前にこいつにはエリーザとソフィアが受けた苦痛をほんの少しでも味わってもらう。


「ま、待て、何をする気だ! わ、私はクロード伯爵家の――ぎゃあああああああ!」

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