第26話 大規模魔術


 子供の見本であるべき大人が金や腐った政治の為に前途ある若人を利用するなど決してあってはならないことだ。


「くっくっく、何を言い出すかと思えばくだらない。さて、こいつはひとりでも場所を知らせているかもしれません。増援が来るまでにさっさと移動しますよ。エリーザ第3王女以外は殺しても構いません! いきなさい!」


「紅蓮の炎よ、鋭き槍となりて我が敵を貫け! ファイヤーランス!」


「風の奔流よ、我が敵を飲み込む暴嵐と化せ! ウインドバースト!」


「くたばりやがれ!」


「「……っ!」」


 傷の男の合図で、周囲にいた魔術を使えるやつらが完全詠唱の魔術を放つ。それと同時に他の者はナイフ、弓矢を放ってきた。身を守れる仲間がいる場合には完全詠唱の魔術の方が威力も上がるからな。


 ……とはいえ、この程度か。これなら問題はない。


 パチンッ


「「「んなっ!?」」」


 こちらが詠唱破棄した魔術を放って、向こうの詠唱を止めることもできたが、俺は敵の魔術の完成を見送った。魔術師同士の戦いでは先手がすべて有利という訳ではない。


 こちらは俺一人だ。むやみやたらと魔術を撃ってこちらの手札を晒すべきではない。


「ふむ、エリーザを殺せないとなればこの程度の威力か。とはいえ、一層目にヒビを入れたやつもいるようだな」


 俺とエリーザ、ソフィアの周囲に半透明のドーム状の障壁が3重に張られている。


 すべての魔術、ナイフ、矢は一層目の障壁によってすべて弾かれた。とはいえ、一層目の防御魔術にヒビが入っている。数が多いこともあるが、さすがに敵は学園の生徒とはレベルが違うらしい。


「ば、馬鹿な!? 複数の完全詠唱による魔術をたかが1人の詠唱破棄した防御魔術ごときに防げるわけがない!」


 パチンッ、パチンッ、パチンッ


「なっ!?」


「「「ぎゃあああああ!」」」


 俺が障壁魔術の外に放った火、氷、雷の大規模な広範囲魔術が順に発動し、半分程度が被弾する。


 しかし、要である敵の魔術師たちは身体能力強化魔術を使って回避したようだ。ふむ、こちらが少人数で油断していたとはいえ、戦闘の基本もできているようだな。


「あ、あれほどの大魔術を3つも同時に無詠唱だと……貴様、そんな格好をしているが、高名な魔術師だったのか!?」


「白衣こそ至高の魔術師である証明だ。貴様らにはそれくらいのこともわからないらしいな!」


「なっ、そんな話は聞いたこともないぞ!?」


「「………………」」


 後ろの方からも2つの視線を感じるが、今はそれを気にしている暇はない。


 キンッ


 防御魔法が再び敵の攻撃をはじく。


 敵も多少腕はあるようだ。飛び道具ではなく、威力のある武器で直接防御魔術を攻撃してくる。


 同じ箇所を何度も攻撃して、防御魔術を貫くつもりか。それに早く動いてこちらの的を絞らせない。やはり生徒とは違って実戦経験が豊富な犯罪者や暗殺者だけはある。


 パチンッ、パチンッ


「がはっ!」


「ぐはっ!」


 しかし、その動きは見えている。敵が防御魔術へ攻撃するところにカウンターの要領で、土魔法を使用して地面から生やした柱をぶつけると敵が吹っ飛んだ。これで敵も安易に防御魔術へ突っ込んではこれないだろう。


「くそっ、化け物か!? ……仕方がない、あれを使え! こうなってしまえばエリーザ王女諸共、皆殺しにしてしまいなさい!」


「お、おう!」


「了解だ!」


 傷の男の合図で残っていた襲撃者たちが俺たちから大幅に距離を取る。そして魔術師を守るように他の者が壁となる。


 さすがにここから魔術を放っても対応されるか。


「「「炎の力よ、我らが奥底から湧き上がる熱情を受け止め、全てを焼き尽くす力を与え……」」」


「ふむ、複数人の詠唱によって発動する大規模魔術か。なかなか優秀じゃないか」


 複数人によって詠唱を行い構成される大規模な魔術。ひとりで魔術を構成するよりも遥かに難易度は高く、魔術を構成する詠唱もかなり長くなってしまうのが難点だが、構成した魔術の威力も跳ね上がる。


 なんでこんな犯罪組織に加担しているのかわからないくらいには優秀な魔術師たちである。この魔術の腕をまともに使えば世の中のためになっただろうに。


「ギ、ギーク教諭……大丈夫なのでしょうか?」


「に、逃げた方が良いのではないか……?」


 エリーザとソフィアが心配をしている。2人にもこれから先ほどまで抑えていた攻撃とは異なる本気の攻撃が来ることは分かっているようだ。


 確かに詠唱が長い分隙は大きいが、他の奴らがそう簡単に逃がしてはくれないだろう。それに逃げるつもりもない。


「問題ない。そうだな、2人には少し早いが、ちょうど良い課外授業だ。これから放つ俺の魔術をよく見ておくように」


 防衛魔術の授業で安全な実戦演習が終われば、実際に魔物などと戦う実戦訓練も行う予定だ。一足先に深淵なる魔術のほんの一端を見せるとしよう。


「天の雷鳴、地の震動……」


「おいっ、やつが何かするつもりだ! 早く詠唱を止めろ!」


「おうっ!」


「任せろ!」


 俺が初めて見せた完全詠唱の魔術の構成を止めるべく、魔術師たちを守っていた残りの賊が一斉に攻撃を仕掛けてくる。


「轟く紫なる雷よ……」


 パキンッ、パキンッ


「よし、防御魔術はあと一枚だ!」


 ひび割れていた防御魔術の半透明な壁が砕け、もう一枚の防御魔術も砕けた。


 先ほどまでとは異なり、敵も本気のようだ。だが――


 パチンッ


「んなっ!?」


「馬鹿な! 完全詠唱の魔術を構成しながら無詠唱魔術だと!」


 2枚の防御魔術が破られたが、俺が指を鳴らすと新たに2枚の防御魔術が再構成される。


 無詠唱魔術の利点のひとつとして、構成が早いだけではなく完全詠唱と同時に発動できることも挙げられる。その分魔術を同時に構成する難易度は跳ね上がるが。


「「「……全てを焼き尽くす波動となりて我が敵を包み込み灰へと還せ、『灼熱の波動』!」」」


「……我が呼び声に応え、獣の姿をもちてここに顕現せよ、『紫雷狼』!」


 敵の長い魔術の詠唱が終わり、それに少し遅れて俺の魔術の構成が完了し、互いの魔術が発動した。

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