第21話 問題の所在


 2日めの休みは久しぶりに魔術の研究をして過ごした。教師生活も思ったより悪くはなかったが、やはり魔術の研究は良いものだ。


 臨時教師になってから2週目。今日はBクラスの演習の授業である。


「……はあ、はあ。くそがっ!」


「真正面から一撃当てたい気持ちもわかるが、それが無理な相手に対してはもっと攻撃を当てる工夫をするんだな」


「ちっ……」


「だが、魔術の構成速度と精度は微量だが先週よりも間違いなく上昇している。俺に攻撃を当てたいがために自主鍛錬をしたのかもしれんが、そのまま続けることを勧めるぞ」


「………………」


 基本的に演習の授業は対魔物や対人戦で役に立つ魔術を俺が実演し、それを動く的や俺を相手に当てる練習。危険な脅威に遭遇してしまった際の身の守り方なんかを教えている。


 もしも危険がある場合には即座に逃げることも大事だ。騎士の場合は身を挺して戦わなければならない時もあるが、それ以外の場合は自分の実力を正確に把握し、自分では無理だと判断した時には撤退をする決断をすることも重要である。


 あとは課題を与えて、それに取り組んでもらう。その際に課題を解く時間には個人差はあるので、早く終わった生徒は自習をしているか、生徒同士で模擬戦をしたり、希望があれば俺が模擬戦の相手をしている。生徒同士の模擬戦も怪我をしないこの演習場があればこそだ。


「しかし、毎回よくやるな。その根性は認めてやる」


「……いつかは必ず貴様に一撃与えてやるぞ、先公」


 演習場で膝をついているのは最初の授業で散々突っかかってきたゲイルである。


 こいつはそれ以降の演習の授業もすべて参加し、与えた課題を早々にクリアして、必ず俺に模擬戦を挑んできている。俺も手加減をしているとはいえ、魔術による痛みのフィードバックはあるし、本当によくやるよ。


 やはり魔術の才能はあるのだろう。まだ1週間しか経っていないのに早くも動きや戦術を修正してきている。


 なんでゲイルがSクラスではなかったのか少し不思議でアノンのやつに聞いてみたら、実技はかなりの得点だったらしいが座学が酷かった。……こいつ、座学はサボっていやがったな。


「それにしてもその呼び方はなんとかならないのか? まあ、俺はいいが、他の先生には使うなよ」


 この世界に転生した時から、なぜかこの世界の共通語と呼ばれる言語のみ日本語に翻訳されて聞こえる。


 先公って、俺の世代のヤンキーたちが使っていたけれど、今の若い子は使っているのか? この翻訳の能力はどうなっているのかもいつかは研究してみたいところだ。


 一応は先生呼びになるという判断で、クソガキ呼びから名前で呼ぶことにした。それに模擬戦の前に礼はするようになったからな。


「ふん、貴様の貴族に対する口の利き方は最悪だが、実力があることだけは認めよう。だが、他の教師の中にはロクな実力を持たない者が多い。あれなら家で雇った家庭教師に習った方がマシだ。授業など聞く価値もない。歴史あるバウンス国立魔術学園に入り、初めて授業を受けた時にはだいぶ落胆したものだ」


「口の利き方に関してはゲイルにそっくりそのまま返すぞ。……だが、教える立場の教師の実力が伴っていないのは学園側の問題だな。それについては俺からも学園長に進言しておこう」


「少なくとも基本魔術と魔術薬学の教師はクビにしろ。魔術の実力と知識がなさすぎる。特に魔術薬学の方はあの教師の言う通りに授業を受けていたらいつか事故が起こるぞ」


「……情報提供感謝する。学園側でも調査をしてみる」


 ゲイルもシリルと同じで教師にはだいぶ不満があるらしい。基本魔術の教師はメリルのSOSを無視したマルティ先生だったな。どうやら教師としても本当に失格らしい。


 そして魔術薬学か……魔術薬学とは様々な薬を調合したり精製する授業だ。この異世界では回復ポーションや毒消しポーションなど、魔術の力を込めた薬を作り出すことができる。魔術学園の生徒の中には将来そちらの道へ進む生徒も少なくはない。


 薬は運用方法を誤れば事故にもつながる危険なものだ。その分魔術薬は難しい国の資格を取らなければ教師になれないはずなのだが、それが無能なのはどういう理由なんだ?


「ゲ、ゲイル様!」


「大丈夫ですか!」


「問題ない、行くぞ」


 取り巻きのハゼンとクネルやってくると、ゲイルは2人を連れて演習場のフィールドから出ていった。


「ゲイル様、もうあの臨時教師に関わるのはやめましょうよ」


「あいつがマルセーノ侯爵家長男を退学処分にしたって噂です。いつか俺たちも退学にさせられちゃいますよ!」


 去り際に2人の声が聞こえてくる。陰口を叩くならもう少し離れてからしてほしいんだがな。


「……ふん。口の利き方で処分を受けるのなら、初日で俺は退学処分となっている。あの先公は他のやつらの邪魔さえしなければ、そういった手段は使わないやつだ。侯爵家長男は平民どもを使って悪趣味な遊びをしていたのがバレたのだろう」


 ゲイルのやつも俺のことがよく分かってきたようだな。あいつも喧嘩っ早いところを除けば賢いやつではあるんだよ。


 ……というか、学級崩壊した原因は生徒側にあるのではなく、教師側にあるのではないかと思えてきた。そりゃ期待して入った学園の教師の実力が家庭教師よりも低かったり、自分とほとんど変わらないくらいだったら授業を受ける気もなくなる。


 授業を受ける気がなくなれば、別のことをしたりお喋りをする。それを別の生徒も真似てその生徒に同調する者が増える悪循環へ陥り、俺が来た時のような状況になるのだろう。そしてそれは別の授業へと広がっていくわけか。


 ふ~む、どうやらこの学園にいる教師の情報も必要になりそうだ。ひとつ手段はあるが、さすがにそれは難しそうなんだよな。あとはその分野について俺よりも適任なやつがいる。アノンに相談してみるとしよう。

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