第19話 タヌキ教師
「さて、明日と明後日は楽しい休日か」
俺が臨時教師としてこの学園に来てから5日目。この学園は元の世界と同じように5日間授業があり、2日間は休日となっている。つまり今日を乗り越えれば2日間の休日が待っているわけだ。
もちろん教師の仕事はそれだけではなく、休日も次の週の授業の準備をしたり、テストなどの採点、部活動の指導など休日といいながらもやらなければいけないことは多い。この異世界では結構な給料がもらえるからいいけれど、元の世界ではもっと給料をもらっていいほどの重労働だ。
まあ、俺の場合は17時の定時までには毎日終わらせているけれどな。
「おはようございます、ギーク先生」
「……おはようございます、マナティ先生」
朝の授業へ向かう途中で後ろから声をかけられる。振り向くとそこには紺色の高価そうなローブ着た小太りの男がいた。
彼はこの学園の基本魔術担当の教師である。
「いやあ、聞きましたよ。例のマルセーノ侯爵家からの解雇要求は取り下げられたようですな。いったいどのような手段を使ったのですか?」
「さて、何のことでしょう? きっと彼の父親も自分の息子が犯した罪の重さをようやく理解してくれて、私への陳情を取り下げられたのかもしれません」
「……なるほど、もしかしたらそんなこともあるかもしれませんね。いやあ~彼は以前にもいろいろと問題を起こしている問題児でしたからねえ。それよりもギーク先生よろしかったら今日の放課後は飲みにでも行きませんか? もちろんギーク先生の就任祝いということでご馳走させていただきますよ」
「お誘い光栄に思います。ただ、大変申し訳ないのですが、今週こちらの街へ引っ越してきたばかりということで、週末にやらなければならないことが溜まっておりまして……またの機会にぜひお願いいたします」
「ふ~む、それは残念ですな。承知しました、また別の機会に行きましょう」
「はい。お誘いありがとうございます」
そう言いながらマナティ先生は授業へと移動していった。
「……タヌキ教師とでも言うべきか」
俺が臨時教師として就任した時はまったく興味を示していなかったのに、俺が侯爵家長男であるガリエルを退学処分として、それに対する俺の解雇要求が取り下げられたコネや権限があると知った途端にこれだ。
そして何より、やつらの記憶を見た時に知ったことだが、メリアが魔術による暴行を受けていたことを相談されていながらも何もしなかった教師がこいつだ。
とはいえ、やつらの記憶を見たことは違法行為でもあるので、それを証拠にしてあいつを罷免することはできない。そしてマナティ先生の家は伯爵家の有名な名家ということもあるので、そう簡単にはクビを切ることもできないようだ。
ああいった権力に屈する無能な教師もどうにかしていきたいところだが、それには少し準備が必要そうだな。
「ぶっちゃけ、この1週間の俺の評判ってどんな感じなんだ?」
時刻は放課後。
今日の授業が終了し、昨日と同じようにシリル、メリア、ベルンの3人が俺の借りている研究室へ集まり、各々が学びながら俺に質問をして俺がそれに答えるという時間を過ごしていた。
質問が一段落ついたところで、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「え、え~と、ギーク先生の授業はとても分かりやすくて、演習もすごく勉強になると思います!」
「ギーク先生は実戦に重きを置いているので、特に魔術騎士や冒険者を目指している人にはとても勉強になります。僕もそのどちらかを目指していきたいので、このままの授業方針でお願いしたいです」
「ふむ、なるほど」
メリアとベルンが言うにはそこまで大きな問題はなさそうか。前世では教師の経験があったが、この異世界では教師の経験がないから少しだけ心配していたが問題なさそうだ。研究や実戦ができても、それを教えられるかは別問題だからな。
「そうですね、ガリエルが退学になったこともあってギーク先生は侯爵家であっても容赦なく処罰をするとみんな震えています」
「……A~Cクラスの生徒の授業態度が明らかに変わったのはそういう理由か」
昨日と今日の授業でSクラス以外の生徒が演習の授業を全員が参加して、反発をしてくる生徒がいなかったのはそういうことか。昨日は俺に対する苦情もなかったとアノンのやつが言っていたな。
掲示板にはあいつらが退学処分になったことだけで、俺が処罰したことまでは知らされていないのに、すごい情報伝達速度だ。まあ、あいつらを拘束して学園長室へ連行する際に多少の生徒に見られたからそれもあるだろう。
「あと女生徒からはボサボサの髪に無精ひげで白衣を着た怪しい男として見られていますね」
「ちょっと、シリルちゃん!?」
「………………」
そっちの方はあんまり知りたくなかったな。
いいじゃん、白衣! この異世界では白衣の研究員とか教授とか格好いいと思わないのか。
「ギーク先生はかっ、格好いいと思います!」
……うん、フォローしてくれるのはありがたいのだが、優しいメリアがこの状況でそう言ってくれてもお世辞にしか聞こえない。
「確かに身だしなみを整えれば、それほど悪くないと思いますよ」
珍しいことにシリルのフォローが入った。
「ふむ、そんな時間があるなら魔術の研究か魔道具の開発の時間に当てた方がいいな」
「人がせっかくアドバイスしてあげたのに……マイナス5ポイントですね」
謎のシリルポイントがまた下がってしまった。
「えっと、実戦魔術の授業もそうですけれど、放課後にギーク先生が色々と教えてくれるのはすごく助かります。僕の家は家庭教師を雇うこともできないですし、どんな質問をしても専門の先生以上に詳しい答えが返ってくるので本当にすごいです!」
「私もそう思います! 私の苦手だった魔術薬学にも詳しくてびっくりしちゃいました!」
「……確かに魔道具の授業よりも遥かに有益な時間であることは認めます」
身だしなみはともかく、一応は教師としてやれている感じか。このまま頑張るとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふむ、今日と明日は何をするかな。趣味の魔導具作りは教師の仕事が終わった後になんだかんだで毎日やっているし、やはり重力魔術の研究でも進めるか」
5日間が過ぎ、今日と明日は学園の授業は休みだ。
ピンポーン
「……俺の部屋を訪れてくるやつと言えばあいつしかいないか」
何をして過ごそうか迷っていると、教師寮の俺の部屋のインターホンが鳴った。
ちなみにこのインターホンも魔道具で、俺がだいぶ昔に作った物だ。やはり前世の知識があるというのは大きい。
「おはようなのじゃ! ギル、今日は休みじゃろ? 妾とデートするのじゃ!」
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