第15話 被害者の方が大事


「……まさか当日に俺や2人に報復しようと動くとはな。やはりあいつは救いようがないらしい」


 時刻は夜、場所は学園長室。


 さすがに今日は俺の部屋ではなく、アノンがいる学園長室で話をしている。


「そこまで愚かだったとはのう……。まったく、マルセーノ侯爵家の子息を拘束してここまで連れて来た時にはめまいがしたものじゃが、理由を聞いて納得したのじゃ。そこまで卑劣なことをしていたことに気付けなかった妾もギルと同罪じゃ……」


「アノンは直接生徒と話をする機会なんてほとんどなかったから仕方がない。むしろ気付くべきだったのは俺だ。今回の件は本当に反省しないといけない」


「ギルもまだ3日目なのじゃから、あまり自分を責める必要はないのじゃ」


 あれからガリエルたち5人のことを学園長であるアノンに報告した。


 それから処分についてを話し合った結果、退学にすることはできても衛兵に突き出して罪に問わせることは難しいという結論になった。やはり侯爵家というものはそれなりの力を持っているらしい。


 それとは別にベルンとメリアを守るために動いていたのだが、まさか今日動くとは思わなかったぞ……やはりああいう性根が腐ったやつは更生の余地がないな。


「……それにしても、まさかギルが元生徒であるガリエルの国外追放まで望むとは思わなかったのじゃ。相当頭に来ていたようじゃな」


「一応最後のチャンスは与えたつもりだ。ベルンとメリアのためにも、やるとなったら徹底的にやる。ガリエルは無駄に魔術の才能と家の権力があったから、逆恨みで俺じゃなくて2人の方へ報復してくるとさすがにまずい。被害者の2人が安心して生活するためにも、加害者の方は徹底的に排除する」


 あいつのように他の者へ害を与えるやつの将来なんかよりも、被害者であるベルンとメリアの将来の方が100倍大事だ。


 元の世界でいじめ問題が表面化した際に、被害者の方が引っ越しをすることもあると聞いた。被害者である生徒が去らなければならず、加害者が今ものうのうとそこで生活しているなんて理不尽すぎる。


 2人やその家族を守るためにも、権力を剥奪して二度とこの国の地を踏ませないように追放するしかない。


 あんまりこういう手段は好きではないのだが、向こうが権力を行使してきたので、俺は俺なりの手段を使わせてもらった。


「マルセーノ侯爵家が条件をのまなかったらどうするつもりだったのじゃ?」


「確実にのむと思っていたが、万一自分の息子が何よりも大事で、条件をのまないようだったら撤回するつもりだったぞ。さすがにマルセーノ侯爵家の領地にいる無関係な市民まで巻き込む気はなかった。その場合は別の手段を用意していたが、可能なら今回のように侯爵家の方で処分を下してもらったほうがよかったからな」


「なるほどのう……まあ、さすがにあの条件なら飲まざるを得ないじゃろうな。なにせギルの発明した魔道具は便利な物ばかりじゃからのう」


「前世であった物を魔道具で再現した物ばかりだから、ちょっとずるいけれどな」


 俺は魔術の研究をしている研究者だが、趣味で魔道具を作っている。この異世界にも特許権のようなものがあり、発明した物を販売する権限は俺が持ち、売れればお金が入ってくる。これまでにコツコツと様々な物を作っていたこともあって、研究だけしていてもお金には不自由しない生活を送れている。


 元の世界に存在した家電や調理器具の知識なんかも使っているから完全にチートだな。元の世界にある物を魔道具で作るのは結構面白いのだ。他にも魔術の研究の成果であるポーションなんかも俺が発見した技術を使用していたりする。


 どちらかといえば俺の名前は大賢者というよりも、便利な魔道具の発明家として広まっているかもしれない。


「今のところは他の4人が俺や2人に報復しようとしているという情報は入ってこない。さすがに明日ガリエルの処分の情報が流れれば、もうおかしな真似はしないだろう。そもそもあの4人はすでに心が折れていた気がするしな」


 ガリエルが退学どころか侯爵家の継承権を失い国外追放となったことを知れば、あの4人も大人しく退学処分を受け入れて、ベルンとメリアにはもう手を出さないだろう。


「確かにあやつ以外の4人は死んだ魚のような目をしておったからのう」


 しばらく警戒を怠るつもりはないが、おそらくこの件についてはこれ以上なにも起きないと考えていいだろう。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「今回の件は気付いてやれなくて本当に申し訳なかった」


 翌日の朝。


 昨日ベルンとメリアには少し早めに学園へ来てほしいと伝えており、まだ他には誰もいない教室の中で2人に頭を下げた。


 たとえ大人であろうと、教師と生徒という関係であっても、間違ったり悪いことをしたら頭を下げるのが人としての礼儀である。


「せ、先生、頭を上げてください! 先生が謝ることなんて何ひとつありません! 本当にありがとうございました!」


「メリアさんの言う通りです! 僕たちを助けてくれて感謝しています!」


 そう言いながらメリアとベルンが俺に向かって頭を下げた。


「いや、今回の件はあいつらのしでかしたことを止められなかった学園側の責任だ。昨日の結果についてだがあの5人は退学。ガリエルのやつは俺の忠告を破って2人や家族に手を出そうとしてきたこともあって、マルセーノ侯爵家から勘当されて国外追放の処分を受けるらしいから、2人とも安心してくれ」


「た、退学はすでに掲示板に貼られて知りましたけれど、勘当に国外追放ですか……」


「ああ。貴族間での情報共有は早いから、おそらく他の4人は大人しく退学を受け入れるだろう」


「……えっと、侯爵家の人間を退学にしたり国外追放できるなんて、先生は本当に何者なのですか?」


「何者もなにも、この学園の臨時教師だぞ」


「「………………」」


 う~ん、2人ともまったく信じていなさそうな顔だな。


 確かに俺は大賢者の称号を持っているが、今はただのしがない臨時教師である。


 さて、今日の授業が終わったらシリルにも礼を伝えないといけないな。

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