第13話 等しい苦痛


「せ、先生! 私たちのことは大丈夫ですから!」


「俺たちのことは放っておいてください!」


 侯爵家からの報復を恐れたメリアとベルンが俺の前に立ち、必死に俺を止めようとしてくる。


 俺は2人の方を向き、頭をそっと撫でた。


「気付いてやれなくて本当にすまなかった。苦しかったのによく耐えたな。これ以上はベルンとメリアだけでなく、2人の家族にも絶対に手出しはさせない」


「えっ!?」


「ギーク先生は私たちの家族のことも……」


「ああ、お前たちが兄妹や両親の職を守るため、どれだけの苦痛に耐えていたのかも全部知った。2人のことをすぐに気付けなかった愚鈍な俺だが、あとは任せてくれ」


 本当に俺は教師としてまだ未熟だ。


 この世界ではまだ子供であっても魔術という強大な力を持っている。それに加えてくだらない権力を盾にして、こんな悪質な犯罪行為をしていることに気付くことができなかった。


「死ね!」


「ウインドバースト!」


「ファイヤーランス!」


「……っ!? 先生!」


 パチンッ、パチンッ


「はっ、馬鹿が油断しすぎだ! 高貴なる私の顔をよくも!」


「どうせマルセーノ侯爵家に逆らった罪で極刑ですよ!」


「平民ごときが貴族に逆らうとこうなるんだ!」


「……ベルンとメリアを巻き込む攻撃魔術。これで殺人未遂罪も追加だな」


「馬鹿なっ!? なぜ生きている!?」


 備品室の様々なものが破壊され、周囲に舞った埃や物の破片の中から俺が張った半透明の防御魔術による壁が現れる。


 もちろん3人の攻撃魔術ごときでは傷ひとつ付いていない。


「ガリエルは無詠唱の氷魔術か。ただでさえ難易度の高い氷魔術なのに構成速度も早い。他の2人もその年で十分な魔術の出力だ。それだけに実に惜しい。貴様らは私利私欲のために魔術を悪用した。よって貴様らを退学処分に処す!」


 こいつらに魔術の才能があることは事実だが、その魔術の才能を人を痛めつけるために悪用した。


 この世界で魔術は元の世界の科学のように人の生活を豊かにしてくれる素晴らしいものだ。それを犯罪に悪用したこいつらの罪は非常に重い。


 そしてこのベルンとメリアの貴重な時間を奪い、前途ある魔術への道を邪魔したこいつらの罪は許されざるべきではない!


 パチンッ


「「「ぎゃあああああ!」」」


 備品室に散弾ほどの小さな氷の礫が100近く一瞬で生成され、そのまま3人の身体を撃ち抜く。3人の身体からは血が流れるが、ちゃんと急所は外してある。


 3人の悲鳴が響き渡るが、すでにここには防音の魔術を構成しているため、その声は教室からは漏れない。


 パチンッ


「はっ!? 怪我と痛みが消えた」


 パチンッ


「「「ぎゃあああああ!」」」


 一度回復魔術を使用して3人の身体を治療したあと、続けて放った雷の魔術が3人の身体を貫き、3人は黒く焦げてビクンと跳ねた。


「ひっ……」


「おっと、すまない。2人にはちょっと刺激が強かったな」


 ベルンとメリアが俺の魔術に怯えてしまった。


「悪いが少しだけ外で待っていてくれ。こいつらは退学処分の上で衛兵に突き出すが、その前にほんの少しだけでもこいつらが君たちにしてきたことを身体に刻み込む。おっと、見張りをしていた2人にも同じ苦痛を刻んでやらないとな」


 見張りをしていたロッフとルイスはこいつらが今まで2人にしてきたことを読み取って、魔術で眠らせてある。


 こいつらは数週間ほど前から平民の特待生である2人をこの部屋に呼び出し、権力を盾に逆らえば家族に危害を加えると脅し、何度も暴力を振るったり魔術の的にしていた。


 メリアは少し小柄というか、まだ幼い容姿でこいつらの趣味ではなかったこともあって、暴行までは受けていなかったのは不幸中の幸いである。もしも暴行を加えていたら、二度とアレを使えないようにしてやったところだ。


 服を着て見えない範囲だけ痛めつける陰湿なやり方だ。数人の生徒や教師にも見つかり、メリアはある教師に相談までしたのだが、みな侯爵家の権力を恐れて問題にはならなかった。


 その教師についてはあとで対処するとして、この2人が受けた苦痛をほんの少しでもこいつらに刻み付ける。人の痛みがわからないやつにはその痛みを本人にわからせない限り、何度でも同じことを繰り返すからな。


「ギ、ギーク先生。僕はもう大丈夫です!」


「わ、私もです。それにこんなことをしたらギーク先生が……」


「2人とも優しいな。だが、俺は許すつもりはない。こいつらをここで許せば、間違いなく同じように他の者が傷付くことになる。俺のことも大丈夫だから気にしなくていい。15分くらい2人は部屋の前で待っていてくれ」


 ほぼ強制のようにベルンとメリアを備品室の外に追い出し、代わりに外へいた2人を備品室に入れてその扉をそっと閉めた。






「さて、待たせて悪かったな。それじゃあ、こいつらを連行して学園長に報告してくるとしよう」


「「………………」」


 備品室の扉を開けて、拘束した5人を風の魔術で宙に浮かせて運ぶ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


「許してください……すみません……許してください……」


「ブツブツ……」


 うん、さすがにベルンとメリアも若干引いている。


 ちょっと2人に与えた痛みを短時間で経験してもらっただけなんだがな。今は傷を回復して身体と服は元通りだ。


「き、貴様……こんなことをして絶対にただではすまさんからな……」


「ふむ、この状態でまだまともに喋れるとは精神力もなかなかだ。下らないことに魔術を悪用していないで、魔術の道に没頭していれば良い魔術師になっていたかもしれないものを」


 他のやつらはしばらくしないと正気に戻らなそうだったが、ガリエルだけはこの状況でも正気を保っている。貴族のプライドか俺への怒りかは分からないが、何かがこいつの精神を支えているのだろう。


「貴様もそこの平民も家族まとめて地獄に落してやる!」


「その威勢だけは見事だ。ガリエル、お前に最後の忠告を与える。大人しくこいつらと一緒に自分たちがしてきたことの罪を受け入れろ。そうすればこれ以上俺はお前らに関わらない。だが、もしもこの2人やその家族に手を出そうとしたら、お前は一生後悔することになる」


「はっ、くたばりやがれ!」


「……忠告はしたからな」

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