第11話 シリルの頼み


「ふ~む、わからん」


 放課後、誰もいない部屋へ来いねえ。


 これがもし漫画やゲームの中だったら、シリルからの愛の告白ということになるのだろう。だが、実際にはそんなことがありえないことくらい、俺にだって理解できる。


 若くして大賢者の称号を持つ俺はこれまでモテなかったというわけではない。とはいえ、この学園に来てからまだたったの2日しか経っていないし、シリルの真剣な表情からそんな内容でないこともわかる。


「真面目な人生相談か、あるいは教師か生徒の不正でも見つけてしまったってところか」


 直前に俺が権力に屈しないか聞いてきたし、おそらくはそういうことだろう。彼女は俺の知識量がすごいと言っていたが、あいつの魔導具の知識も学生レベルのものではなかった。


 まだ予想だが、きっと将来はそういった職に就きたいのだろうけれど、家がそれを許してくれないのかもしれない。貴族の令嬢が魔道具に関係する職に就きたいなんて言っても許されないだろうからな。


 とはいえ、もしそうだとしたらぜひ応援してやりたい。身分や家のこともあるだろうけれど、若人の夢は誰にも邪魔をする権利なんてないのだから。


「まあ、明日シリルの話を聞いてからにしよう」




「……おい、今日は20件もの苦情が来ておるぞ。一体どんな授業をしておるのじゃ、貴様は!」


 そして夜。今日も昨日と同様に教師用の寮にある俺の部屋にアノンのやつが来ている。労働後の至高の冷えたビールとうまい飯を味わっている最中なんだけれどな。


 ……こいつ、俺が思っているよりも暇なのか?


「本当に無駄に仕事が早いやつらだなあ。安心しろ、クソガキどもにチョークを投げたり、Sクラスの連中を敬称を付けずに呼んだだけだ。それほど大した問題じゃない」


「……お主、馬鹿なのか? しかも今日は侯爵家からも苦情が来ておるぞ」


「ああ、ガリエルも普通に名前呼びしたからな。許すとか言っていたけれど、わざわざ即日で苦情を入れるとか、みみっちいやつだ」


「しばらくは大丈夫じゃが、さすがにこれがずっと続くといくらギルでも問題になるぞ」


「クソガキども根競べというわけだな。安心しろ、とりあえず授業の方も多少はまともになってきたから、そろそろそれ以外の問題に対しても動く予定だ」


 唯一Sクラスの授業をどうするかの問題が残っているが、多少はこの学園の授業にも慣れてきた。空いている授業の時限にも多少動けるようになったし、ぼちぼち俺もいろいろと動くとしよう。


 メリアの方も何か相談事がありそうだったし、そっちの方も調べてみるか。


「……意外とギルもやる気なんじゃな」


「まあな。俺も昔教師をやっていた時の感覚が少しだけ戻ってきたみたいだ。真剣に魔術を学ぼうという生徒もいる。そういった生徒に学ぶ道を作ってやるのが教師や大人としての役割だ。少なくとも、そういった生徒の邪魔になる要因はすべて排除していく」


 シリルやメリア、他のやる気のある生徒のためにも、くだらない身分やそれを邪魔する教師たちの壁をぶっ壊していくとしよう。


「……やる気のあることは大いに結構なのじゃが、女生徒に手を出したら絶対に許さんからな!」


「今俺としては珍しく真面目な話をしていたんだが……」


 ……いきなりこいつは何を言っているんだ?


「妾だって大真面目じゃ! いくら結婚ができる年齢とはいえ、女生徒に手を出したらクビどころか、妾がぶっ殺してやるからな!」


「出すか、色ボケババア! 人がせっかくやる気になっているんだから、ちっとは真面目に話を聞け!」


 まったく、珍しく俺がやる気になっているというのに、こいつは何を言っているんだ。


 ちなみにこの国では15歳から結婚が認められている。在学中に結婚する者も多少はいるようだ。


 だが俺に限っていえば、女とイチャコラするよりも魔術の研究をしている時の方が楽しいんだよ!




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「さて、3日目のAクラスとCクラスの授業も無事に終了と。問題は明日のSクラスの授業か……」


 今日の授業も無事に終了。


 昨日のBクラスのクソガキどもと同様にまだわめくガキがいたが、俺のチョーク弾で黙らせてやった。一応はこれで俺の授業で騒いで他の生徒を邪魔するというやつはほとんどいなくなった。


 だが、おそらくは俺の授業以外では騒いでいるだろうし、まだまだ先は長そうだ。


「さて、この奥が備品室か」


 昨日シリルに言われた通り、授業が終わって16時に校舎の3階にある備品室へとやってきた。


「げっ、臨時教師!?」


「なんでここに!?」


 使われていないはずの備品室の部屋の前になぜか2人の男子生徒がいた。


「ふむ、1-Sクラスのロッフとルイスだな。お前たちの方こそ、こんなところで何をしているんだ?」


 確か侯爵家のガリエルとつるんでいた生徒だ。


「……ちっ、どうするよ」


「どうするって言われた通りにするしかないだろ。ああ~センセ、悪いけれどこの教室は今使用中だから帰ってくれ」


「備品室が使用中? そんな話は聞いていない。まあ、使用中であっても少し備品を取って来るだけだ」


 よくわからんが、こいつらは何かを隠している。きっとそれがシリルの頼みとやらだろう。


「空気の読めねえ先公だな! いいからさっさと帰れと言っているんだよ!」


「ここはマルセーノ侯爵家のガリエル様が使用中だ! 臨時教師風情が侯爵家に逆らうのか!」


「……何か見られたくないものでもあるようだな。悪いが通らせてもらう」


「ちょっ、おいやめろ!」


「なんだよ、他の教師みたいにさっさと帰れよ!」


 俺が先へ進もうとするのを魔術を使って止めようとする2人。


 悪いが俺はその程度の魔術では止まらんし、侯爵家の名前が出ても止まらん。


「ぐあああああ!」


「お願いします……もう許してください!」


 俺が備品室の前に進んだところで、部屋の中から男子生徒の悲鳴と女生徒の懇願する声が聞こえてきた。


 そこでようやく俺は現状を理解した。

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