第9話 第3王女と護衛メイド


 真っ赤な瞳でまっすぐとこちらを見つめているエリーザ。


「ふむ、防衛魔術が必要ないとはどういうことか、具体的に説明をしてもらってもいいかな、エリーザ?」


「ぶ、無礼者! この国の第3王女様であらせられる姫様を呼び捨てだと!」


 エリーザの隣にいる女生徒がガタンッと勢いよく机から立ち上がり机を叩く。


 ……というか、何でこいつは学園の中でメイド服を着ているんだ?


「ええ~と、まずは君の名前を聞いてもいいか?」


「……ソフィアだ。姫様の護衛兼メイドをしている」


 ソフィア=クレダ。たしか男爵家の令嬢だったか。


 白と黒を基調とするメイド服を着ていたから一瞬学園の生徒ではないかと思ったけれど、どうやらこの学園の生徒のようだ。


 そもそもこの学園には護衛といえど立ち入りが禁止されている。その分学園内のセキュリティは元の学校とは比較にならないほど厳しいから、不審者が入る心配はないらしい。


「そうか、ソフィア。すまないが、学園内の生徒は一律名前で呼ばせてもらっている。気に障ったのなら申し訳ないが、どうか了承してほしい」


「了承できるわけないだろうが! この国の第3王女様である姫様を他の生徒と一緒にする気か!」


「私も了承しかねるな。たかが臨時教師如きに侯爵家次期当主の私が呼び捨てにされるとは屈辱だ」


 ふむ、混じり気のない綺麗な金髪をなびかせている長身で整った顔のこの男子生徒はガリエル=マルセーノか。


 この1学年では唯一の侯爵家の者になる。王族のエリーザと侯爵家のガリエルこの2人が家柄だけで言えば1年で一番偉いことになるな。もちろん、家柄だけでなく、成績面でも優秀なのでこのSクラスに在籍しているわけだが。


「そうだ! たかが臨時教師ごときが高貴な我々を呼び捨てにするとは俺たちを愚弄しているのか!」


「そうですわね。少なくとも平民とは区別して呼んでほしいですわ!」


 ……ああ~やっぱり面倒くさいな、貴族どもは。


 他のクラスでは動物園状態だったが、こっちはこっちで選民思想や貴族上位の思想が鬱陶しい。まったく、どうして貴族っていうのは親が偉いだけで子供もこう増長するんだか……


「私は別に呼び捨てでも構いません」


「「「………………」」」


 そんな空気の中、呼び捨てで呼ぶことを許したのは一番立場が高いはずのエリーザだった。


「呼び方などは些細な問題にすぎません。私に関しては侮蔑した名称でなければギーク教諭の好きにお呼びください」


 これは意外だな。まさか本人がそう言うとは思ってもいなかった。


 ぶっちゃけまた苦情が山ほど来ると思っていたぞ。まあ、苦情が来たところで無視するんだが。


「さすが姫様です! 庶民の者にも慈愛をかける優しさ……やはり人の上に立つべき存在です! おい臨時教師、姫様の優しさに免じて特別に私も呼び捨てで呼ぶことを許してやる」


「さすがはエリーザ王女、まさに人の上に立つ者! その姿勢は是非とも学ばせていただきます! おい、庶民。仕方がないからこの場に限っては私のことも名前で呼ぶことを許してやる!」


「………………」


 エリーザが呼び捨てで呼ぶことを許可すると、ソフィアやガリエルもそれに倣う。なるほど、どうやらこのクラスの発言権を持っているのはエリーザのようだ。


 それにしてもこのソフィアとガリエルというクソガキはいちいちムカつく。


「それはありがたい、感謝する。それで本題に戻るが、防衛魔術が必要ないとはどういうことだ?」


「貴様、感謝の気持ちがこもっていないぞ!」


 ……まったく、いちいちうるさいメイドだな。


「ソフィア、構いません。ギーク教諭、このクラスにいる上流貴族の者は先ほど教諭が仰っていた対魔物や対人戦の機会がございません。そのため、防衛魔術の必要はないと言ったのです」


「ふむ……確かにその機会は少ないだろうが、むしろ王族や上流貴族こそ命を狙われる可能性があることだし、自衛の意味でも防衛魔術を学べば役に立つことはあるはずだ」


「はっ、笑わせてくれる! そんなものは護衛に任せておけばいい。そもそも我々は領地経営を行ったり、魔術省や魔術執行省といった実戦などとは無縁な将来が約束されている。防衛魔術など特に不要だ」


「……確かにガリエルのように将来的には実戦とは無縁な者も多いかもしれないが、そこにいるソフィアのように防衛魔術が必要な者もこのクラスにはいる」


 侯爵や王族なんかは常に護衛がいて防衛魔術を使用する機会はほとんどないかもしれないが、それ以外の者は自分の身は自分で守らなければならなかったり、自分の領地を守るために魔物なんかと戦う機会があるかもしれない。


「馬鹿め、護衛のすべは貴様のような臨時教師から学ぶよりも、家の者から学んだ方がずっと役に立つに決まっている!」


「そうですわね。私も優秀な護衛がいますし、防衛魔術は不要ですわ」


「俺も必要ねえな。臨時教師から学ぶよりも家の護衛に聞いた方がマシだ」


「………………」


 防衛魔術の授業は不要だという意見が広がっていく。このSクラスの者の大半は家が裕福な貴族だし、護衛のいる者がほとんどだ。


「座学の方は多少なりとも学べることはあるかもしれませんが、少なくとも実技などは不要だと思います。可能であれば、その時間は自習に当てていただきたいのです。私たちには他にも学ばなければならないことはいくらでもありますので」


「……ちなみに俺の前任教師は授業でどんなことを教えていたんだ?」


「前任の教諭による防衛魔術の授業はすべて自習でした」


 本当に無能だな、俺の前任者!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る