第8話 Sクラス


「どうした、さっきの授業で分かりにくいところでもあったか?」


「いえ、ギーク先生の授業はとても分かりやすかったですし、非常に勉強になりました。昨日の模擬戦も含めて、無礼なことを言ってしまった非礼をお詫びします」


 まずはシリルからのようだ。


「いや、謝罪は不要だ。どうやら俺の前任の教師が酷かったことは事実だし、新しく入った臨時教師の実力を疑うのも当然だ」


 昨日アノンのやつに聞いたら、俺の前任の教師はコネで入ってきたなんの実績もない教師だったらしい。アノンのやつが学園長になってからはちゃんとした教師を雇ってくれると思うが、まだそういった教師もこの学園にはいるようだ。


「それはよかったです。あの、それで防衛魔術とは別の質問がいくつかあるのですが、授業が終わった後にお時間を取って頂いてもよろしいでしょうか?」


「ああ。17時までだったら構わないぞ。授業が終わったらこの教室に残っていてくれ」


「はい、ありがとうございます」


 ちなみに俺の勤務時間は17時までだ。元の世界もそうなんだが、公立の教員は残業代が支払われない。この世界では魔術学園の教師は結構な給料をもらっているからまだいいけれど、元の世界の教員は絶対に給料と実働時間を考えたら割に合っていないと思う。


 そのうえ、部活の顧問なんかを受けてしまえば安い部活手当だけで、休日にまで出勤しないといけない始末だ。さらに今時は生徒の親がちょっとしたことですぐにクレームを入れてくるし、精神的に休まる暇もない。


 教師は過酷な職業なのだ。ぶっちゃけ元の世界の教員の給料は倍くらいにしてもいいと思うぞ。


「メリアはどうした? 次の授業もあるだろうし、何か質問があるなら、シリルと同じように授業が終わったらこの教室で待っていてくれ」


「い、いえ! 魔術の質問ではないのですが……」


 ぶんぶんと勢いよく首を振るメリア。小柄なこともあって、小動物のようで少し可愛らしい。


 ただ、その外見とは裏腹に何やら少し暗い表情をしている。


「何か急ぎの用件でしたら、私の質問は後日でも大丈夫ですよ、メリアさん」


「あ、あの、やっぱり大丈夫です! 失礼しました!」


 そう言い残すと、一度頭を下げてから走り去っていった。


 「どうしたんだ? 何かおかしなことを言ったつもりはないのだが……」


「ギーク先生が怖かったからとかですかね?」


「いきなり失礼なことを言うな、君は」


「そう思うのなら多少は身だしなみにも気を遣った方が良いと思いますよ。髪もぼさぼさで無精ひげ、おまけに白衣姿では女生徒から見てちょっと怖いです」


「……正直なことは実に結構だが、面倒なんだよな。まあ、授業には支障をきたさないよう努力するよ」


 魔術の研究をしていたころから、あまり身だしなみには気を遣ってこなかった。研究室に1週間缶詰とかも普通だったし。


「まあそれは2割くらい冗談です」


「8割も本気なのな……それよりも彼女のことについて何か知っているなら教えてほしいのだが」


 というか、この子は一気に距離を詰めてきた。昨日と今日で多少は俺を教師として認めてくれたのかもしれない。


「申し訳ないのですが、私の口からは言えません。下手をすると私の家にまで迷惑が掛かりますので」


「……ふむ、それなら仕方がない。まあいい、彼女については気にかけておくことにしよう」


「意外ですね。ギーク先生は生徒のプライベートなことなんて無関心だと思っていました」


「さすがに家同士の争いとか、家族間とかの問題に首を突っ込む気はないぞ。ただまあ、メリアはやる気もあって真面目に授業を受けているようだし、そういった生徒は個人的にも応援したくなるものだろ」


 彼女は昨日と今日の2回とも真面目に授業を受けていたし、俺と同じ平民の特待生枠だ。個人的にも多少応援したくなるのは人情というものだろう。もちろん成績の贔屓とかをするつもりなんてないが。


「なるほど。つまりギーク先生はロリコンということですね?」


「……人の話を聞いていたか?」


「彼女のような小柄で可愛らしい女の子は個人的に援助したいと言ってました」


「悪意のあるとらえ方をするな! 別にメリアが男だったとしても応援するぞ!」


 あと援助って言い方は悪意しか感じられないからやめい!


「なるほど、男もいけるということですね」


「……おまえなあ」


「冗談ですよ。それでは後ほどよろしくお願いします」


 そう言いながらシリルは去っていった。


 まったく……この学園に来てから初めて怒鳴ってしまったぞ。






「今日から防衛魔術の臨時教師となったギークだ。短い期間だがよろしく頼む。さて、それでは授業を始める」


 1限を挟んで次の授業は特別クラスであるSクラスの授業となる。


 このクラスは他の3クラスとは異なり、一応は席について俺の話をちゃんと聞いてくれているようだ。


「この授業では対魔物や対人戦を想定した防衛魔術を学んでいく。基本的には演習場での実技と、この教室での座学を1回ずつ交互に行う予定だ。まず今日は君たちの実力を見せてほしいので、演習場へと移動しよう」


 俺がそう言うと周囲がざわつく。他のクラスと同様の授業だし、別に変なことを言ったつもりはないのだがな。


「……ギーク教諭、ひとつよろしいでしょうか?」


 スッと1人の女生徒が右手を挙げた。


 サラサラとしたこの世界ではほとんど見かけない銀色のロングヘアに燃えるような真っ赤な瞳。まだ顔と名前を一致させていないこのクラスでも唯一知っている生徒。


「君はエリーザ=バウンスだね。もちろん、どうぞ」


 そう、彼女こそがこの国の第3王女、その人である。


「私たちに防衛魔術は必要ありません」

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